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ブリュンヒルデの自己犠牲

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その深紅の瞳から溢れる大粒の涙は、まるで血の涙の様に、明日香の白い頬を染めているようだった――。
「見てくれ、この脚を――! もう二度と元には戻らない――!
 これが神眼を得た代償だよ! それでも君はこの目の力を望むのか!?」
 明日香は涙声で訴える様に俺に叫んだ。それは明日香の心の声だ……。あの日以来、ずっと嘘をついて……笑顔を作り……、静かに堪えてきた明日香の悲しみの声だった――。
「わたしはこの目を手に入れて有頂天だったよ……。神眼などと自惚れ……、無敵と信じて……。それがこの様だ……。わたしがこの力を見せたばかりに、こんな結果になってしまった……。火鷹、笑ってくれ……。とんだジークフリートもいたものだとな……」
そして明日香は、力なく崩れる様に車イスに寄りかかりながら呟いたのだった……。

わたしはただの愚か者だよ――。

 精神的に追い詰められ、自らの心の内を曝け出すことに疲れ、明日香の声は次第に泣く様な声に変わっていた……。
「火鷹……、敵の狙いはこの神眼だ――。もし君が神眼を手に入れれば、わたしと共に狙われるだろう……。わたしはもう檻の中に籠るしか身を守る術がない……。籠の中の鳥も同然だ……。君がわたしと同じ道を選ぶことはない……。火鷹、わたしの身勝手な行動で、君を巻き込んで済まなかった……」
「お前が危険なことは知っている! だからお前に頼みに来たんだ! 明日香、お前のことは俺が守る――! だから……、だから俺に神眼を――!」
「火鷹、もう諦めてくれ……。これはわたしだけではない。父さまも母さまも……、そして姉さまも同じ意見だ……。この話を聞いた以上、この学院に居させる訳にはいかない……。もし君が沖縄に帰らなければ、退学処分とするよう父上に頼んでおく……。叔父上も拒否はするまい……」
 そんな……、退学……? 沖縄に返される……!?
「待て! 待ってくれ、明日香―――!」
「ありがとう、火鷹……。君の気持ちは本当に嬉しい……。心から感謝している……」

 さよならだ……。

 俺は明日香の元を去り、独りで寮の部屋に籠った……。
俺は無力だ……。いや、俺だけが無力だ……。
明日香が狙われる……。匂宮が犠牲になる……。一馬が、春菜が闘おうとしている……。なのに俺だけが何も出来ない……。
明日香ぁぁぁぁーーーー! 明日香ぁぁぁぁーーーー!
 何でだよおおおぉぉぉーーーー! こんなことってあるかよぉぉーーーー!
ちくしょおおおぉぉぉーーーー! ちくしょおおおぉぉぉーーーー!
 俺は初めて泣いた――。今まで明日香の前で流せなかった涙を――。
明日香の涙を思い出しながら大声で叫び、抑えることもなく涙を流し続けた……。

* * *

その日から俺は毎晩夢に魘され続けた……。見る夢は決まっている……。あの忌まわしい事件、そしてあの時の痛みと恐怖、そして明日香が倒れた姿をだ――。
 その夢を見る度、涙を流し、頭痛に苦しみ、そして吐き気を催す――。
 ちくしょう! 止めてくれ! もう頼むから止めてくれ――!
だがそんな俺の命乞いにも似た願いを、神も悪魔も聞き入れることはない。俺が一番思い出しくもない時のことを何度も何度も夢に、いや現実に起っている様な感覚として俺に襲いかかってくる――。
そう、俺が爆風で飛ばされ意識を失った時からだ――。

 ドウウゥゥーーーン! ドウウゥゥーーーン!
「ちくしょう……。うるさい……。何だこの音は……?」
 そうだ……、この音はロケット弾だ……。俺は確かこのロケット弾で吹き飛ばされたんだ……。
 そうだ! 明日香は? 明日香は――?
 俺が意識を取り戻すと同時に、明日香が爆風で吹き飛ばされる姿が俺の脳裏に蘇った!
 爆炎と共に木の葉の様に宙を舞う明日香の姿が――!
『火鷹―――!』 そう、そして俺の名前を叫ぶ明日香の姿が――。
 そうだ! 明日香はどこだ? 無事か――? どこに居るんだ――?
 俺はようやく目を開くが、身体は地に伏せたまま――。首も身体も動かせない。助けを呼ぶ声も出せない。どうなってやがるんだ――? 俺はわずかに指を動かし、自分が生きていることをようやく確認できた程だった。
 徐々に身体が末端から、指から腕へと意識と神経が連動を始める! 良かった――、俺は動ける! そして意識の回復と共に視界も徐々に開けていったその時、俺の目の前に飛び込んで来たのは地に倒れ横たわる明日香の姿だった!
 赤い髪が扇の様に広がり、白い制服が泥と焼け焦げた煤で黒くで汚れ切っている――。
 何より俺の恐怖を呼び覚ましたものは、明日香の身体にまとわりつく赤い鮮血だった!
明日香――! 明日香――!
マズイ! ハンパな出血じゃない! 早く止血をしねえと!
待ってろ、明日香! 今助けてやる――!
ようやく俺の腕が動く様になるまで回復した! だが、俺が徐々に身体を起こそうとした時、脚に思いもかけぬ激痛が走った――。
「あああぁぁぁーーー! 痛ええぇぇーーー!」
 俺は情けない程大声で叫びながら悲鳴を上げた! 人間は予期しない痛みを堪えることなど出来ない!
 何だあぁーー! この痛みはああぁぁーー !?
苦痛と疑問が脳神経を交錯する中、俺は自分の脚に目をやると俺の左脚から大量に血が流れていた! 制服が破れ、傷口も見えない程血で溢れている――!
 何だよ、これは――? こんな怪我に気付かなかったのか? こんな痛みが吹き飛ぶ程、俺は意識を飛ばされたのか? それとも痛みを感じない程、ヤバい怪我なのか――!?
 マズイ! 本当に――、本当に死ぬ――!
 そうだ、早く……、早く止血をしないと――! このままじゃ本当に死ぬ――!
 俺は制服のベルトを取り出し左の太腿に縛り付けた。だが太腿をベルトで締め上げると、脚の傷も悲鳴を上げる!
「ううっーーっ! うがああーーー!」
 俺は歯を食い縛り痛みを堪えるが、激痛が止んだ後も、全身の筋肉を強張らせた疲れがドッと身体を襲う。「はあ……、はあ……」と肩で息をする有様だ。
 畜生! こんな処でぐずぐずしてらんねえ! 早く明日香を助けないと!
「明日香! 明日香ーー! 聞こえるかあーーー!」
 ……だめだ……。本当にマズイ! 明日香も完全に意識を失っている! 早く応急処置を! 止血をしないと――!
 だが今の俺は立つことさえ出来ない――。俺と明日香はただかだ2、3メートルの距離しか離れていない。いつもならそれこそ手を伸ばすだけで届く距離だ。 なのに、なのに――!
 ちくしょう! 這ってでも進むしかない!
 俺は両腕で身体を引きずりながら、地を這って明日香の方へ向かった。
「うがあぁーーーっ!」 俺は再び悲鳴を上げた!
這って進むだけなのに脚に激痛が走る! 脚が僅かでも動けばその筋肉と骨が動き、傷口を抉るのと同じ効果があるからだ!
 俺は歯を食い縛り、全身を硬直させて痛みに耐える――。余りの激痛ため呼吸さえも出来ず、ハア、ハア……と息が上がる始末だ。