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ブリュンヒルデの自己犠牲

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匂宮の細く痩せたその身体……。華奢と言うよりも儚げな感さえ漂うその細い手足。両手を開いたその姿はまるで十字架に架けられたキリストの様だった……。このドパージュの時代では珍しい程に細い。以前から思っていたが、まるで病人の様な身体だった――。
「こんな華奢な身体、この学院じゃ見た事ないでしょう……? わたしはね、今の明日香と同じ身体なの……。明日香の怪我の状況は聞いたわ。脚の筋肉や腱がもう除去されてるって……。二度と以前と同じ様には動けないって……。
わたしもそう……。事故で体中の骨が折れて筋肉もボロボロになったわ……。再生出来なかった筋肉もあるの……。この細い身体と体力の無さはその事故のせいよ。リハビリだって、普通の怪我の時とは全然違ったわ……。今まであった筋肉がないんだもの当然よね……。どうしたって身体がちゃんと動く訳ないわ……。
明日香はこれから長いリハビリの生活になるわ……。それを教えることが出来るのは同じ怪我をしたわたしだけなの……。わたしの保健の知識もこのリハビリのために医学療法を学んだものから来ているの……」
 そんなことを匂宮から聞くのは初めてだった。匂宮の事故、そして明日香との繋がり――。だが全て合点が行く……。通常ドパージュに関する知識と運動能力はほぼ比例する。匂宮の場合、ドパージュのための薬学、運動生理学だけでなく、医学の知識まであった……。なのにその知識と比べ、彼女の運動能力の低さは奇妙としか言えなかったからだ。
 だが匂宮の言う事が本当なら、確かに明日香の回復の助けになるはずだ――。
 でも、でも――、
「止めろ! 匂宮、本当に止めろ! 怪我をしたお前なら俺が味わった怖さを知っているはずだ! 本当に、俺みたいに襲われるんだぞ!」
 そうだ、一馬や春菜の様に武装課に入るだけとは訳が違う。あいつらは仮に明日香の警護任務を負うとしてもまだまだ先の話だ。だけど今、明日香の側に居ることは本当に――。
「火鷹くん……、明日香からジークフリートとブリュンヒルデの話は聞いたことあるでしょう?」
「ああ……、その話か……。御伽話みたいに何度も聞かされたよ……」
「ブリュンヒルデがジークフリートの後を追って死ぬのは、ブリュンヒルデが彼を愛していたからだけじゃないの――。ブリュンヒルデはね、罪の意識に耐えられなかったからよ――。
 ブリュンヒルデは敵のハーゲンに騙され、ジークフリートの背中に不死身の魔法がかけられてないことを敵に教えてしまうの……。
 最愛の人、ジークフリードを死なせてしまった罪の意識から、ブリュンヒルデは自ら炎の中に飛び込むの――。『ブリュンヒルデの自己犠牲』と言われる『ニーベルングの指輪』の最後のシーンよ……」
「『ブリュンヒルデの自己犠牲』――? そんな! 『自己犠牲』ってまさか……?
 止めろ、匂宮! そんなことは止めろ――!」
「ごめんなさい、火鷹くん……。もし今、明日香を助けなければ、わたしもきっとブリュンヒルデの様に後悔してしまうわ……」
「だからってお前が……。明日香だってお前を犠牲にすることなんて望んじゃいない! 明日香だって、お前がパートナーになるなんて断るはずだ!」
「……明日香はわたしのことを断れないわ……。自分が狙われているなら尚更ね……。自分の身を自分で守るために一刻も早く身体を動かせる様になる必要があるもの……。わたしの助けを必要とするはずだわ……」
 そんな……、匂宮は本気だ……。明日香の為に本当に自分を犠牲にするつもりだ……。
「火鷹くんは明日香のために十分闘ったわ……。そして怪我もしたわ……。今度はわたしの番よ――」
「やめてくれ……、匂宮! 俺は何もしちゃない! 俺は明日香を助けられなかった! だから俺が、今度こそ俺が――!」
「だめよ……。明日香は火鷹くんのことを断ったでしょう……?」
その通りだ……。明日香は俺に沖縄に帰れとまで言った……。それにドパージュは受けさせないと……。ウォーカーも使えないと――。
「火鷹くん、心配してくれてありがとう……。火鷹くんはわたしと違って未来があるわ……。だから自分の為の道を選んで頂戴……」
匂宮が俺の説得に耳を貸すことはなかった……。

ダッ、ダッ、ダッ、ダッ…………。
俺は校舎の中を走り回り明日香を探した。
ハア、ハア……、ハア……。 明日香は……? 明日香はどこだ……?
怪我をして以来、明日香は独りでいる事が多くなった。明日香自身は否定するが、やはり自分の怪我を見られるのが辛いのだろう。この学院の敷地は広大だが、明日香が独りでいられる場所は限られている。俺は明日香が寮にいないことを確認すると千鶴さんの研究室へと走った。
 バンッ! とドアと開けると、そこには独り明日香が車イスに座り静かに佇んでいた。
「……火鷹、どうした……? またわたしを探していたのか……?」
 俺の突然の来訪に驚くこともなく、明日香は車イスごと静かに俺の方を向いた……。こうして俺が独りの明日香を探し走り回るのはもう何度目か分からない……。
「……もうわたしの心配をしなくて良いと言ったじゃないか……。君のパートナーはわたしではない……。薫と一緒に居てくれ……」
「明日香……、匂宮から話は聞いたか? お前のパートナーを志願したって……?」
「薫からその話を聞いたのか……。すまないな、火鷹……。わたしから薫をパートナーに薦めておきながらこの様なことになってしまった……」
「それで明日香……、お前はどうするんだ……? 匂宮とパートナーを組むのか?」
「勿論、断ったよ……。薫を巻き込む訳にはいかないからな……。だが薫の力を駆りなければならないことも事実だ……。正直、答えが出せない……」
 明日香は思い詰めた様な表情で答えた――。
確かに匂宮の力を借りれば、明日香も早く回復するかも知れない。俺の様に巻き込まれる犠牲者も最小限で済むだろう。だか匂宮が一番の危険に晒される――。そんな他人の命の選択を――、こんな冷酷な選択を明日香が出来るはずがない。
 それなら――、それなら――!
「明日香、頼みがある! もう一度俺にあのドパージュを受けさせてくれ――!
 匂宮は本気だ――。でもあいつは闘えない。お前を守ることも出来ない!
 だけど俺なら――、神眼があれば――、お前を守れる! お前を助けることが出来る――!
だから俺にお前を守る武器を! 俺に神眼を――!」
だが、明日香はそんな俺の声に耳を傾けることはなかった。
「火鷹……、君の気持ちは本当に嬉しい……。だがそれは出来ない。君が一番知っているはずじゃないか? わたしの側に居ることがどんなに危険か……。そしてどれだけの苦しみを味わうかを……」
「そんなことは分かっている! だけど匂宮まで犠牲にして……、お前を見捨てて……、そんなこと出来る訳ねえじゃねえか!」
「ああ! 火鷹! わたしを見捨ててくれて構わない――!
 いや、むしろそれがわたしの願いでもある――。
 君を……、薫達を巻き込み、そして危険に晒す事がどれだけ辛いことか分かっているのか――!?」
 明日香は二つの神眼で俺を見据えた。明日香の赤い瞳が美しく、そして悲しく輝き――、