ブリュンヒルデの自己犠牲
長く赤い髪が扇の様に広がり、白い制服が泥で黒く、そして血で赤く染まっていた――。
* * *
火鷹、ジークフリートとブリュンヒルデの物語を知っているかい――?
不死身の英雄ジークフリート
怖れを知らぬジークフリート
神々の子孫、そして《勝利》の名を持つジークフリート
彼は最強の剣ノートゥングを蘇らせ、巨神竜ファーフナーを倒し、
あまつさえ彼は最高神ヴォータンを退け、
その力は宇宙の真理を刻む神の槍さえをも砕くのだ――。
彼は全てを手に入れた。
巨神竜ファーフナーを倒し、ラインの黄金から作られた世界の王たる力を得る『ニーベルングの指輪』を。
怖れを知らぬ者だけが通り抜けられる神の焔を越え、囚われの女神ブリュンヒルデを。
そして彼女の愛を――。
ジークフリートに救われた女神ブリュンヒルデは彼を守るため、不死身の魔法をかけた。
だが彼女はジークフリートの強さを信じるが故に――、
いや、彼の強さと勇気を疑いさえしなかった故に、不死身の魔法をその背にかけなかったという……。
そして『神々の黄昏』が始まる――。
ジークフリートは怖れを知らぬ故に、その不死身の身体を誇るが故に、敵の偽りの誓いを安易に信じ――
そして敵の姦計に堕ち、不死身の力を持たぬその背を突かれ死んでしまうのだ――。
なんて可哀そうなジークフリート
なんて脆く儚い英雄ジークフリート
そして『ジークフリートの葬送行進曲』の後、
ブリュンヒルデはジークフリートの後を追い業火の中に身を投げて死んでしまう――。
最後は彼女が持つニーベルングの指輪の力にて世界は滅び、神々の時代は終焉する――。
火鷹、聞いているかい?
そんな物語だよ、ジークフリートの物語は――。
* * *
『ジークフリートの葬送行進曲』
テロリスト襲撃事件からおよそ二カ月後のとある朝――。白鳳学院のホームルームで秋月春菜、柏木一馬、匂宮薫のいるクラスは担当教官から伝えられたあることを聞きクラス中が騒然となった。
「葛城明日香及び火鷹の両名は、本日より当学院に復学し登校を開始する――」
報道や学院の発表によれば、二人は十数名のテロリストを撃退したものの、その攻撃により重傷を負ったと――。しかし学院の生徒達が見た爆発跡の状況から二人が命の危険に晒されていた事は明らかであり、また二カ月もの間一切連絡が取れなかったことから二人の怪我の回復などありえず、死亡説の方が信憑性が高いと同じクラスの学友達も二人の生存を絶望視していた程だったからだ。
「教官、それは本当の話ですか!?」
「ああ、たった今連絡があった。現在、校長他、学院関係者と面談中であり、復帰に必要な手続きが済み次第、授業にも復帰する――」
おおおおぉーーーっ! やったあああーーー!
クラスメート達から驚きの声が一斉に漏れ、同時に誰もが喜びの気持ちを伝え立った。
「よかったなあ」「ああ、もうダメかと思ったよ」「ああ、本当に生きていたんだ、良かった――」「嬉しい……、あたしももうダメだと思っていた……」
クラスの女子達の中には涙を流しながら明日香や火鷹の無事を喜ぶ者もいた。明日香と最後に諍いを起こしたまま別れた千早や三國らも、安堵の表情が涙交じりの喜びに変わるまでさほど時間がかからなかった。
クラスの生徒が喜びに浸る中、担当教官は改めて話を続けた――。
「わたしも本当に嬉しい。本当に良かったと思う――。だが両名ともテロリストに襲撃による怪我からの復帰である。二人の活躍により被害を最小限に食い止められた事に感謝し彼らを温かく迎え、今後の学院生活でも彼等を助けて行くように!」
「「ハイッ!!」」 クラス全員が起立、敬礼し一斉に返事をした。
「ううっ、カオルン、良かったよぉーー。明日香っちと火鷹っちも無事でえーー。わたし二人共もうダメだと思ってたあーー」
春菜は顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら薫にしがみ付いていた。そんな薫も春菜を優しく抱き締めながら、目に涙を溜めつつ微笑んだのだった。
「ええ、二人とも無事で本当に良かったわ……」
一馬も思わず涙ぐみ、「ああ、良かった。春菜、本当に良かったなあーー」と鼻を啜りながら、春菜の肩を叩いていた。
「うっ、うっ……、わたし明日香っちとケンカしたままだったら、もう本当にどうしようかと思ってたよおーー」
「ええ、でももう大丈夫よ。きっと元気な姿を見せてくれるわ……」
「ぐすっ、でも……、明日香っち、わたしのこと許してくれるかなあ……? あんなに怒られたのにい……」
「大丈夫だって、春菜! 俺が何度も言ったろう? 明日香ちゃんはお前のことを待ってるって――」
「うう……、だって……、明日香っちすごい怒ってたんだもん……」
「心配することはないわ、春菜の気持ちを伝えれば大丈夫よ。それより明日香も火鷹くんもまだ怪我の回復だって完全じゃないわ。一緒に二人のことを助けてあげましょう。そうすれば春菜の気持ちも伝わるわ――」
「うっ、うん……、カオルン、ありがとうお……」
「でも、火鷹も一緒に復帰かあ……。あいつもどうだったのかなあ? もしかして入院中もずっと明日香ちゃんと一緒だったのか? 全く羨ましいヤツだ!」
「ひっく、ひっく……。カズマーン、こんな時に何言ってるのよおーー?」
「ふふふ、まあ良いじゃねえか。こんな馬鹿な事が言えんのも久しぶりなんだからな。火鷹が戻ったら思いっ切りイジリ倒してやろうじゃねえか?」
「もう、カズマン……、明日香っちはダメだからねえ……。ホントに怒るからあ……」
「そりゃあ分かってるって。でも火鷹の野郎も明日香ちゃんも病院ばっかで退屈だったろうし、みんなでいっぱい楽しませてやろうぜ。その方が明日香ちゃんにも喜ぶって!」
「ぐすっ、そうだね……。明日香っちを元気にしてあげなくちゃね……」
薫や一馬の言葉で、春菜も涙を拭きながらだが、微かな笑顔を浮かべられる様になっていた。そんなぎこちないながらも久しぶりに見せる春菜の笑顔をみて、一馬も少しほっとした様だった。今まで春菜を気遣い努めて明るい話を持ち掛けていたが、もうその必要もないと安心したのだろう。
しかしすぐに一馬の笑顔も不満な表情に変わる――。肩の荷が降りて心に余裕が出来たのか、また春菜のための作り笑いをする必要がなくなったためか、回りのクラスメートを見て一馬の本音が出たのだった。
「薫ちゃん、それにしてもさあ、このクラスの連中って何か冷静なもんだなあ? 仲間が怪我から戻ってくるんだぜ? 普通もうちょっと喜ぶんじゃねえか?」
どうも一馬は本音は、こいつら冷てえ連中だと言いたかったようだ。確かに会話の内容が、一馬や薫とは明らかに様相が異なっていた――。
「でも怪我の具合ってどうだったんだろう?」
「二か月なんてよっぽどだろう? 二人とも一体どんな怪我したんだ?」
「俺が骨折した時だって、成長促進剤を打つからな。複雑骨折だったけど、一カ月もしないで歩くことぐらいは出来たよ」
「リハビリはどうだったの――?」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ