ブリュンヒルデの自己犠牲
そんな疑問が俺の脳裏を過ったその時、明日香は空中へ何かを投げた――。
再度、爆音と閃光が光る――。またスタングレネード! 世界の全てを白色に変える眩い閃光だった――。
だか俺は見たんだ――。何も見えるはずのない白い世界で明日香が長槍を持ち、長い髪をたなびかせ疾駆する姿を、いやその影を――。
驚くことに明日香はこの閃光の中、全てが見えている様だった。何処かへ風の様に疾駆すれば、その長槍で人らしき影を貫き、またその柄を横凪ぎに振り回し敵を叩きのめす!
誰かが銃を乱射した。だがそんなものは当たるはずもない。明日香は銃の向きを見極めた上で背後から敵を倒している。
全てが一撃で決められている! その動きに一切の迷いはない。間違いない――。誰もが何も見ることが出来ないこの眩い光の中で、ただ一人明日香には全てが見えている――。
何秒かすると光が弱まった――。それに合わせ、明日香は再び何かを宙に投げた。今度もスタングレネードだ――。
再び、爆発音――。そして閃光――。
明日香はこの眩い光の中敵を見つけ、一人一人確実に倒している。敵は光で明日香を視認することも出来ない。そんな中、明日香一人が全てを見て、そして敵を倒しているのだ!
俺は綺麗だと思った――。思わず心を奪われた――。
その太陽の光よりも眩い世界で、一人翼を持つかの様に疾駆する明日香の姿を――。
余りにも眩しい光の為、明日香を影として見ることしかできない。だけど天上から舞い降りた神はもしかするとこんな姿かも知れない。きっと余りにも眩しく白く輝いて、その姿を直視など出来ないのだろう――。
神の目を持つ少女――。神眼――。そして明日香の赤い瞳――。
全てを俺は信じた――。明日香の全てを――。
そして4度目の光が止んだ時、明日香は静かにその場に立っているだけだった――。
「明日香、大丈夫か――?」
思わず俺は明日香に駆け寄った。もちろん明日香に怪我などないことは分かっている。でも何かどうなっているのか? 明日香に何を聞くべきなのか分からなかったのだ。
「火鷹――、安心して良い。全員、既に倒している――」
「……殺したのか……?」
「……いや、殺してはいない……。だがかなり重症のはずだ。急所こそ狙ってはいないが、銃を持つ相手の上、こちらも時間が限られていた。手加減をする余裕はなかった……」
おそらく明日香も相手を直接殺傷する様な戦闘は初めてなのだろう。いつもの歯切れの良さはなかった。それに心なしか震えている様にも見える……。
「それにしても明日香、よくあんな敵を正確に……」
「……何だ、火鷹? わたしが見えていたのか――?」
「……ああ、見ていた。お前がその槍で敵を倒していく様を――」
俺はゴクリと息を飲んだ。その神眼のあまりの力に圧倒されたからだ。
明日香、お前は本当に神なのか――?
その眼の力は――? そして一体どうやってあの光の中を――?
「火鷹、お前にも見えていたなら答えておこう……。
自ら神眼などと呼んでいるが、別に神の力ではない――。これはドパージュの力だ。そして人間本来に備わっている力に過ぎない――。
人間は光の強弱に合わせ目の瞳孔を拡大縮小することで、網膜と呼ばれる視神経細胞に届く光の量を調整出来る。本来、無意識の内に行われていることだが、わたしの場合意図的にそれを行うことが、そして通常の人間以上に瞳孔を小さくすることが出来る。それに虹彩の毛細血管を活性化させて光の入射量を低下させた。天然のサングラスの様なものだ――」
そうか、それで明日香の目が赤く見えたのか……。
「この力は魔法でも超能力でも、まして神の目でもない。ドパージュによる神経群の発達と訓練の成果だ!」
『神経を活性化させることで、何か不思議なことが出来るらしいの……』
以前、匂宮が教えてくれた言葉が頭の中を駆け巡る。そんなことが本当にあったのか……。魔法じゃない、これが人間の力なのか……。
「だがそれじゃあ、この前の『神眼の太刀』は何なんだ――? それにあのウォーカーの操縦は……?」
「それは――――」
そう明日香が答えようとした時、
バシューッ! バシューッ! バシューッ!
突然、海の方から何かの音が聞こえた! スタングレネード程ではないが、何かの爆発と空気を切り裂く音だ。
ハッ! 明日香が急に険しい顔に変わる!
焦りと恐怖に支配された明日香の表情が、俺にも見て取れた――。
その瞬間、地を揺るがす轟音と共に、黒い爆風が俺と明日香を地面に叩き付けた――!
ドオオォォォーーーゥゥゥンン! ドオオォォォーーーゥゥゥンン!
ドオオォォォーーーゥゥゥンン! ドオオォォォーーーゥゥゥンン!
何だ――!? 俺は思わず叫んだ! だがそんな声も爆発と轟音でかき消される!
あまりの爆発の大きさに俺達が倒れている地面までもが揺れている。
俺は見た――。船の上にあるロケットランチャーと、灼熱で赤く輝く噴射ガスを。
ロケットランチャーに火が灯ると同時に不吉な風切り音が響き、そして俺達の回りで大爆発が起きる――。それが地面に突き刺さる都度、辺りから衝撃波と爆発物が飛び散り、黒煙と炎が立ち登った。
一体、何だ――? これは現実の光景なのか――? 一瞬で全てを火の海に変えていくこのあまりの暴力的な光景をこの世の物と思えるはずがない! 暗闇の中、大量の地対地ロケット弾が無差別に発射されているのだ! 回りに倒れている味方である筈のテロリスト達さえも吹き飛ばされている!
何だよ――? この攻撃は――? こんなことってあるのか――!
このままじゃ絶対に死ぬ――。直撃を食らわなくても、爆炎と飛散物で絶対にやられる。
「火鷹――。ウォーカーの陰に隠れろ――!」 明日香が叫んだ!
そうだ、唯一の逃げ場はさっきの倒れたウォーカーの陰だ。ウォーカーの装甲なら直撃さえ食らわなければ――。
「今だ!」 地に伏せていた俺達は、ランチャーの光が止んだ一瞬の隙を狙い、ウォーカーの元へ走った! だがその時だった!
バシューーーッ! バシューーーッ!
ロケットランチャーに再び火が灯り、風切り音が聞えた――。
マズイ!
俺達が走り出したわずか一瞬の出来事だっった――。
だが最悪のタイミングだ――!
夕闇を切り裂くロケットの炎の軌跡を見た瞬間、また爆音が響いた――。
ドオオォォォーーーゥゥゥンン!
地を揺るがず爆音――。
いや、音よりも先に黒く熱い爆風が、俺の身体を宙へ吹き飛ばした――。
「火鷹――――!」
明日香のそんな叫び声が聞こえた瞬間、俺は見てしまったんだ――。
光り輝く神とまで見間違えた明日香が爆風で吹き飛ばされる姿を――
世界の時間が再び止まった――。
「明日香! 明日香ーー! 明日香ーーーーー!」
だが俺の叫び声が明日香に届くことはなかった――。
一体、どれ位の時間が経っていたのだろう――?
俺が意識を取り戻した時、目に飛び込んで来たのは地に伏せた明日香の姿だった。
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ