ブリュンヒルデの自己犠牲
俺と明日香はすぐさまウォーカーを降りた。敵が意識を取り戻さない内に、ウォーカーから引っ張り出して拘束するためだ。だが俺は明日香の持つ物を見て驚かされた。 "Extensible Spear"、通称『バトル・スピアー』と呼ばれる本物の戦闘で使う槍だったからだ。
このバトル・スピアーと呼ばれる伸縮自在の槍は、普段は1メートルもない脇差し程度の長さだが、そのカーボン製の槍は最大10メートルまで伸ばすことが出来る! ドパージュを受けた者の運動能力と併せ持てば、その攻撃力は拳銃などを遥かに凌ぐ。しかも明日香が持つスピアーは剣の部分に枝刃の付いた鎌槍と呼ばれるタイプ。殺傷能力は格段に高い!
「火鷹、驚いた顔をするな――。ドパージュを受けた人間と相対する時は武器を持つのが鉄則だ。相手が何か武器を持てば、どんなに腕が立とうと素手ではこちらがやられるぞ」
「それは分かっているけど、さっきのウォーカーの闘い方といい、随分慎重だな――?」
「それを理解してもらうのもこの訓練の目的の一つだよ。戦闘の際の手順と慎重さを学んでもらう為にな――。戦闘では如何なる油断も許されない。火鷹、中の人間を頼む――」
だが幸いにも倒したウォーカーの二人は完全に意識を失っていた。明日香が念の為にバトル・スピアーを持って監視しつつ、俺がこの馬鹿野郎共をウォーカーから引っ張り出し拘束していると、さっきまで蜘蛛の子を散らすかの様に逃げて行った作業員達がそろりそろりと戻ってきた。
全く今頃……。まあ暴れるウォーカーなんて止められっこないし、仕方ないけどさあ。まあこれでこの二人を警察に引き渡せば俺達の仕事は完了だな――。
そんな俺達が安心しきった時だった――。
「動くなーー!」
突然後ろから大きな声が聞こえてきた。同時にパン、パーンと甲高い音が鳴り響く!。
何だ? 今度はまた何だーー?
俺はその声と音の元へ目をやると、さっきの工事現場の作業員達が武器を持ち、俺達の周りを囲んでいた――。
どういうことだ、これは? どうして作業員のオッサンらが武器を――? いや、こいつら作業員なんかじゃねえ! 鈍い俺にもそう確信させるに十分な光景だった。何しろ連中が持つ武器は拳銃なんてもんじゃない。全員がアサルト・ライフルかサブマシンガンを持っていやがる! 武器がハンパ無さ過ぎる。アメリカの銀行強盗だって、こんな銃使わねえぞ! こいつら一体何者だ? 何でこんな危な過ぎる連中に俺達が――?
「火鷹! ウォーカーの隙間に隠れろっ!」
俺は明日香の声で我に返り、直ぐにウォーカーの陰に隠れた。
「貴様ら、出て来い! 逃げることは出来ん。完全に包囲してある――」
四方から、パパパパッ、パパパパッと銃が放たれ、俺達のそばで銃弾が弾けた! 奴らの銃が本物だと見せつけているんだ!
やっと理解できた。こいつらテロリストだ! しかもハンパな連中じゃねえ!
「明日香、何でこんなヤバイ連中が俺らを――?」
「心当たりはある――。おそらく狙いはわたしだろう……。このウォーカーの乱闘はわたしを誘い出す為の罠だったようだな……」
「なっ! 何でお前が狙われるんだよっ?」
「この神眼が狙いだな……。わたしを拉致してこの目について調べるつもりだろう。殺す気なら既にわたしに対して直接撃っていたはずだ」
神眼が狙い……。確かに明日香の神眼は世界中から注目されてるって……。いや、今はそんなことはどうでも良い! それよりここからどうやって逃げるかだ――?
「もう逃げることは無理だな……。既に連中に囲まれている。サブマシンガンを持った連中に対し中央突破など自殺行為だ。まだ投降した方が可能性があるかもな――」
俺も周りを見たが、確かに囲まれている。四方から3人づつ小隊を組んでやって来やがる。その整然とした動きは素人には見えねえ。テロリストってもっと統率が取れてなくてバラバラに動くもんだと思ってた。 しかしこいつら手際が良過ぎる――!
「何だよ、こいつら……。テロリストってこんなスゲえ連中なのか? まるで隙がねえ」
「違うな……。こいつらはテロリストではない。日本人と見分けがつかない顔をしている。おそらく中国か北朝鮮辺りの軍の者だろう。それにもうすぐ日が落ちる……。おそらくわたしを拉致してそのまま海から逃げるつもりだな。逃走計画も考慮しての襲撃だ……。敵ながら見事だよ……」
「だったら、暗闇に紛れてって行けるんじゃねえのか?」
「……足元に何があるか分からん工事現場でどうやって走る? リスクはかなり高いぞ」
畜生――。何も言えねえ! ウォーカーに戻ればとも考えたが、ウォーカーまで跳んでハッチを開けてなんてモタモタしてたら、確実に撃たれてアウトだ。
投降って言っても、テロリスト相手で、しかも神眼が狙いなら無事に解放されるなんてありえねえ! やっぱり突っ込んで命懸けのギャンブルに賭けるしかねえのか――? 降伏か、特攻か……。一体どっちが生き残る確率が高い……?
「安心しろ、火鷹。わたしが行く――」
「おい、待てよ、明日香! 投降するつもりか? 帰って来れねえかも知れねえぞ?」
「安心しろと言ったはずだ。投降するつもりなどない。それに逃げるつもりもない――」
明日香は制服のジャケットから取り出したあるものを俺に見せた。
「何だこれは――? 手榴弾?」
「小型のスタングレネードだ。これを見るな、目をやられるぞ」
「逃げるんじゃないって、明日香、戦う気か? 無茶だ! 武器でもないスタングレネードで何が出来る? やられるぞ!」
「わたしにはこの神眼がある! 奴等などこの神眼の敵ではない――」
明日香がそう言った時、俺は見た。明日香のガーネットアイが赤く輝いていくのを――。
「行くぞ!」
明日香がスタングレネードを空中に投げた。爆音と共に突然真夏の太陽の様な閃光が辺りを覆う。その瞬間、明日香がウォーカーの陰から飛び出した――!
止めろーー! 明日香、この光の中で何が出来るーー!
俺はスタングレネードの光を直視していない。それでもスタングレネードの余りに光の強さに一瞬世界の全てが真っ白になる感覚に襲われた。同時に腹を突き抜ける様な爆音が身体を揺さぶる! 音の衝撃が内臓や肺まで届き、ボディブローを受けた様な感覚だ。爆音で鼓膜が揺さぶられ、平衡感覚さえなくなる。立っていられない――。
明日香はこんな状況で何故飛び出したんだ――? 明日香も俺と同じ様に何も見えなくなってるはずだ。明日香は無事か――?
その後どれ位の時間が経ったのだろう? スタングレネードの衝撃を初めて喰らう俺には、わずか数秒の時間がとんでもなく長く感じられる。光が収りかけてきた時、俺の目に一つの影が浮かび上がってきた――。
バトル・スピアーを持つ背が高く細身のシュルエット――。そして長いロングテールの少女の影! 間違いない! 明日香だ――。
明日香――、無事だったか? 良かった――。
だけど敵は――? 何故明日香が敵のど真ん中で立っていられる? いくらスタングレネードで目を潰そうと、敵は銃を持っているんだ! 一体、明日香は何をしているんだ?
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ