ブリュンヒルデの自己犠牲
『火鷹、ぐずぐずするな! 行くぞ!』
そう明日香が叫び、ウォーカーを動かそうとした時だった。
ピピーー! ピピーー! ピピーー!
突然外部の通信回線からエマージェンシーコールが鳴り響いた!
『葛城明日香、葛城火鷹の両名、聞えるか? 聞こえるなら返事をされたし! 今、両名がウォーカーに搭乗していると思う。返事をされたし!』
明日香は戦闘を中断し、緊急通信に返事をした。
『ハイ――。葛城明日香、火鷹、共に訓練場にてウォーカーに搭乗中です!』
『そうか、突然ですまないが、訓練を止め警護活動に出動して欲しい!』
『警護活動ですか――?』
『そうだ。警視庁よりこの学院近くの工事現場で、ウォーカーが乱闘していると言う連絡が入った。警察より我々の方が現場に近い。当学院にそのウォーカーの稼働を停止させるよう依頼が入った。どうだ行ってくれるか?』
『了解しました。葛城明日香、火鷹の両名。現場に急行します。火鷹、異存はないな?』
「もちろんだ、明日香。実戦なら望む処だぜ――」
サンドバックよりはマシだ……とは流石に言わないが、俺は心が軽く躍るのを感じていた。警護活動と言っても実戦の様なものだ。こんな機会を逃がすつもりは全くない。
『では詳細を伝える――。移動しながら聞かれたし! 現場の住所は湾岸2―6。乱闘中の二台の機体等詳細は不明だが、いずれも工事作業用のウォーカーであり――』
* * *
『無敵のジークフリート』
夕暮れが近づく中、俺と明日香がウォーカーを走らせ、その乱闘現場に着いてみると、まあ何とまあ酷い状態だった。建築資材なんかはぐちゃぐちゃに散らかっているし、プレハブ小屋なんかも潰れているし、如何にもウォーカー同士が乱闘しましたって後だ。ウォーカー二台がケンカをすればもう誰も止める事が出来ない。一方が逃げれば残された人達が殺されかねない。だから二人とも闘うしかなく、こんな風にエスカレートしちまう。ガキのケンカより始末が悪い。
これだけのことをやらかしてくれた二台のウォーカーも、幸いケンカは小休止状態だ。だけどその機体が如何にも殴り合いをしましたって感じで傷だらけ。作業用ウォーカーのパワーなんて高が知れている。双方とも決定打を与えられず、殴られるショックが嫌になり睨み合いって訳か。
明日香が早速、ウォーカーからスピーカーで投降を呼びかけた。
『乱闘中のウォーカーに告ぐ。我々は防衛大付属高の者だ。警視庁よりお前達二人の乱闘及びウォーカーの作動を停止させるよう要請を受けている。よって我々は警察と同様の権限を持つ。今から3分以内にウォーカーから降りろ。でなければ我々はお前達のウォーカーを強制停止させる。なおこの強制突撃は合法的なものだ――。お前達の先制攻撃を許せば、我々が圧倒的な不利になりかねない。この強制突撃はウォーカーとパイロットの生命の保護のために正当な行為として認められている。繰り返す、ウォーカーを降りなければ即座に攻撃する――』
うわあ……。投降しろと言いつつ、エースの明日香様が嬲り殺し宣言かよ!? 血も涙もねえなあ……。
『明日香、本当にそんなすぐに突撃するのか?』 俺は明日香に通信回線で呼び掛けた。
『無論だ――。もちろんわたしなら一人でも勝つ自信はある。だが作業用ウォーカーと言えど兵器であり凶器であることに変わりはない――。戦闘中に相手に譲歩することなど、危険を増やすだけだ。本来なら予告もなしに攻撃を仕掛けたい処だよ――』
明日香の言う事は正論だ――。俺達がヤツ等に同情して危険を冒す必要はない。俺は『分かった――』と短く答え、明日香の言う通り突撃の準備をした。
多分この二人がウォーカーを降りることはないだろう。ケンカした相手の恨みを買っている分、ウォーカーを停止し無防備な処を攻撃されたら、本当に死にかねないからな。
お前等運が悪かった。悪いが俺の訓練のために成仏してくれ――。
『火鷹、まず手前のウォーカーから倒す。わたしに続いて突撃してくれ。いいか、相手が作業用ウォーカーとて油断はしない。二対一のフォーメーションで攻撃する。後は分かるな――?』
『成程――、了解した!』
『行くぞ! 突撃――!』
明日香の掛け声と共に、俺達は敵のウォーカーに対して突進した。俺達の突撃を見て相手のウォーカーもH型の鉄棒を構える!
だが明日香の動きは速い。フットワークで華麗に相手の側面を取った。
さっきもそうだが、明日香のウォーカーに特異な動きは一切ない。だが一つ一つの動きがとてつもなく早く、そして正確だ――。単に反射神経や動体視力が良いと言えるのかも知れないが、それにしても他のパイロットと比べ際立っている。
そして明日香に遅れて突撃した俺は間合いの外だが、相手の正面に立った。
敵のウォーカーは一瞬だが二人の敵に挟まれ、俺と明日香のどちらを攻撃するのか迷う――。明日香はその隙を逃さず剣で相手を叩き一瞬動けなくさせた後、大外刈りの要領で相手を地面に叩き落とした。
ドスウウゥゥーーーン!
ウォーカーが倒される巨大な音が響く!
まず一台目――。油断する訳じゃないが、やはり楽勝だ。
この圧倒的な戦闘力の違いはパイロットの腕の違いだけじゃない。ウォーカーの性能に寄る処も大きい――。作業用と戦闘用のウォーカー違いは、装甲や武器、パワーなど色々あるが、一番の違いは作業用ウォーカーの方がコケにくい設計――、具体的に言うと足を重くして重心を低くし、転び難い様に作られていることだ。端的に言えばノロマってことになる。
そんな作業用のウォーカーに対し、明日香は圧倒的なスピードで相手の注意を引き付け、瞬間的に二対一の状況を作り出す――。ウォーカーの性能差に加えて、これだけの操縦技術に差があれば、今の俺達みたいに一瞬で、しかもノーリスクで倒すことが可能だ。
『次だ、火鷹! 右へ回れ――!』
『おう!』
次は俺だ――。二台目のウォーカーに突撃し相手の右側に跳んだ。右に跳ぶのは相手の左手側――、つまり武器を持つ利き腕とは反対の方だからだ。
続き明日香は左へ跳び、その瞬間、相手の意識も明日香へと向かう。またも二対一、しかも明日香が危険な相手が武器を持つ側を引き受けてくれる。
今だ――。俺は敵のウォーカーに突進し剣を相手に叩き付けた!
ガキィーーィーーン!
大剣とウォーカーのボディの衝突音がこの工事現場一帯に響き渡る!
続いて俺がショルダータックルをかますと、ウォーカーは受け身を取れずそのまま地面に仰向けに倒れた! ドォスゥーーーン!と大きな振動が俺達のウォーカーにまで響く。だが中の人間の衝撃はこんなもじゃない。可哀相に、おそらく意識を失っているだろう。
『火鷹、ウォーカーの電源を強制遮断しろ。中のパイロットを救助する』
「ああ、分かった――」
俺は気持ちを切り替え、明日香の指示通り、敵のウォーカーの首元にあるスイッチをオフにしウォーカーを完全停止させた。
ふう、まずは第一段階の終了だ――。まあ油断する訳じゃないが、明日香との訓練に比べたら楽なもんだぜ。
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ