ブリュンヒルデの自己犠牲
でも……、親父は命懸けでパイロットをやってるなんて一言も言わなかったよ……。『実戦もしたことのないパイロットがそんな威張れるかよ? 爺さん達に笑われる――。平和な日本、大切にしなきゃなあ――』ってな……」
「そうか…………」
「命懸けだなんて簡単に口にすることじゃないし、人に強制することでもないさ……。だから春菜や一馬の気持ちが俺達とズレてるのは分かってたけど、何も言う気になれなかったよ……」
「……だが、ウォーカーに乗るなら決めなくてならない。そうだろう――?」
「ああ、お前の言う通りだ……。お前の言う通りだよ……」
「ならば火鷹、お前はどうする――? 叔父上の様な覚悟はあるのか――?」
静かに明日香はその赤い瞳で俺を見つめ、俺に答えを促した。
「……さあな、俺には言葉が見つからねえよ……。何か命懸けなんだか、どんな覚悟が必要なのかな……。ただウォーカーを乗る事を止める気にはなれねえ……。訓練を止める気もねえ……。それだけさ――」
確かに明日香は間違ったことを言っている訳じゃない。いつか俺も何かを決める時が来るかも知れない――。でも今、全ての覚悟を決める必要はないと思う――。
「きっと覚悟ってのは、親父が何も言わなかった様に言葉じゃ語れないもんなんだよ…」
「そうだな……、わたしも言葉が見つからない……。だが今はそれで十分だ……」
明日香はさっきまでの鉄の様な表情が和らぎ、少し笑みを浮かべ俺を見た。
「ふふふ……、しかし案外お前もキザな事を言うのだな? 似合わないぞ?」
「なんで笑うんだよ? 俺だって本気で言ったんだ!」
「ふふっ、そうか、本気と言うのであれば、お前の覚悟は訓練で見せてもらうとしよう。今日は厳しく稽古を付ける。異存はないだろう――?」
「なんだよ――? こんな時ぐらい優しく教えてくれるとかねえのか?」
「手加減はしないが、折角の機会だ。ウォーカーのセットアップはわたしが教えよう」
そして明日香は俺のウォーカーのセットアップを手伝ってくれた。だがいつもの明日香とは微妙に違う……。今日の明日香はいつもよりなぜか優しく、努めて明るく話をしようとしてくれた。やはり春菜のことが気になっているんだろう。春菜のことは本当にどうなるか分からねえけど、明日香が明るく振舞ってくれたことは、きっとこれから良くなっていくと俺に思わせてくれる出来事だった……。
そうだ、こんな明日香だ――。春菜とだって上手くやってくれるに違いない。
俺はマシンを立ち上げ訓練場を歩きながら、何気ないフリで明日香を誘ってみた。
「なあ、明日香、この演習が終わったら、春菜の処に行ってみねえか?」
『しかし……火鷹……。わたしはさっき春菜にあの様なことを言ったばかりだ……』
「だからだって! そりゃ春菜もすぐには機嫌を直すとは思えねえよ。でも少なくとも俺達が待ってるって伝えなきゃ、戻ってくるのが余計に遅くなっちまう。一馬も匂宮もいるはずだし、ちょっと行ってみないか……?」
『……そうだな。正直あまり気は進まないが、行かないよりは良いかも知れん……。たまには火鷹の言う事を聞くこととしよう……』
「そうだって、たまには俺の言うことも聞けよ! ついでに訓練は優しく頼むな!」
『――何を言っている、火鷹? そもそもウォーカーの実戦訓練で優しくなどありえん! シミュレーターでは体感できん対ショック訓練こそ、実機を使う訓練の目的だろう』
「何が対ショック訓練だよ……。結局いつものサンドバックじゃねえか……」
『それがウォーカーの操縦で最も重要なことは分かっているはずだ! ショックに耐えられずウォーカーを倒されれば完全に無防備な状態に晒される。たとえ数秒と言えど実戦では命取りだ!』
うう、ちくしょう……。明日香のヤツ、折角、人が慰めてやったって言うのに、何てツレない女だ……。
『ふ……、だが安心しろ、火鷹、今日はお前一人だからな。十分に時間もある。念入りに指南をしよう――』
くそおお……、念入りなんて言っても、嫌な予感しかしねえーー。 だがこうなったらもう気持ちを切り替えてヤルしなかない――。
俺はウォーカーの盾を前面に出し、剣を後ろに構え突撃に備えた。
『火鷹、来い!』 そう言って、明日香のウォーカーは剣を構える。
「おうっ! 行くぜ!」 俺は声を上げると同時に、ウォーカーを明日香に対して突進させた! 遅れて明日香もウォーカーを突進させる!
ガキイイィィーーーン!
俺と明日香のウォーカーが激突し、耳が避ける程の金属音がコックピットに木霊する。同時に俺の身体全体が前方に叩き付けられた!
数十キロで走っていた車が壁にぶつかった様なもんだ! 身体を包む保護パッドがあるとは言え、頭にショックを受ければ一瞬意識が遠のく! それだけじゃない、肺と内蔵すべてに衝撃が走り呼吸も出来なくなる! かすかな呻き声が俺の喉から漏れるだけだ。
だがこれで倒れる様じゃ、明日香にデカイ顔なんで出来る訳がねえ!
まだまだああぁぁーー!
俺は遠のく意識を取り戻すため、心の中で叫び声を上げた! 内蔵と横隔膜が悲鳴を上げて、実際に声なんか出やしねえ。
それでも気合いを入れて剣を再び構え、明日香のウォーカーに向かって叩き付ける。
うりゃあああーーー!
キイイィィーーーン!
だが明日香の動きは速い! 明日香のウォーカーは俺の剣を盾で受け流すと、フットワークを使い即座に俺のサイドに回り込んだ。逆に俺は剣を払われ隙だらけの体勢になる! 明日香はその無防備な状態を狙いすました様に鋼鉄の剣を俺に叩き付けた!
ガシイイィイーーン!
うぐっ――!
今度は俺のウォーカーが横殴りに吹き飛ばされ、俺の右脇腹から肝臓に衝撃が響く! ボクシングのレバーブローと同じだ。苦しさのあまり再び呼吸が止まる!
ちくしょう……、またこれだ……。明日香の動きが早い。追いつけない……。これが俺と明日香のパイロットとしての腕の違いなのか……。
そんな俺の苦悶を見透かすかの様に、明日香は攻撃を止めて無線で話しかけてきた。
『……火鷹、聞こえるか? あの衝突でも良く倒れなかったな。それにこの訓練時間でそれだけウォーカーを動かせれば大したものだ。褒めておこう――』
「ちっ、こんなやられっ放しで褒められたって嬉しくねえよ……。それにしてもお前は随分と余裕じゃあねえか……?」
そうだ……。ウォーカー同士がぶつかり合ったんだ……。明日香だって俺と同じ衝撃を喰らっているはずなのに、女の明日香がどうして平気でいられるんだ……?
『ふっ……、火鷹、不思議に思うかい――? 今後のために一つ教えておこう。敵ウォーカーとの衝突時には機体ではなく盾を敵にぶつけるのだ。ボクシングのカウンターの様に敵の動きに合わせ、盾を持つ手を瞬間的に加速させ敵の攻撃を受け止めるのだ――』
「身体をぶつけるんじゃなくて、パンチを当てるってことなのか――?」
『そうだ――。ウォーカーの機体を直接敵と衝突させれば、パイロットへその衝撃が直接跳ね返ることになる。半ば自殺行為と言えるものだよ――』
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ