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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「ちっ……分かってるよ、そんなこと……。お前に散々痛め付けられているんだ。心配しなくなって、そんな気になれねえよ」
「ふふふ……、わたしもお前が弟の様に見えるよ。そのせいかお前の世話を焼くのも思いの他、嫌でではない――」
「何が弟だよ……? お前の方が少し早く産れただけだろ? それに身長だって俺の方が上だ……」
「だが、わたしより弱い。そうだろう――?」
そんな嫌味なことを言いながら、明日香はいつもの凛とした表情のまま優しく微笑んでくれた。それなりに俺を認めていると言いたいのだろう。だが俺の方が弱いことは確かな事実。こっちも複雑な気分だ。
「はあ……、昔は俺の方が運動神経も上だったのになあ……」
「だが、その分お前は頭が悪かったな――。ふふふ……体力自慢もほどほどにしておいた方が良い――」
「お前の頭が良過ぎたんだよ……。まあ千鶴さんも、お前の親父さんも頭良いし……。お前んちはみんなそうだよな……。それと比べるとウチは親父も俺も馬鹿ばっかりだ……」
「家族は似るものだ……。父上と叔父上も兄弟共に目が良いではないか? そのお陰で叔父上は空軍のエースとまで呼ばれたのだ。お爺様がよく話してたよ……。自慢の息子達だとな……」
「まあそうだな……。俺の目も運動神経も親父譲りで……、ずっと自慢のつもりだったけど、お前に追い抜かれちまったなあ……」
「火鷹……、その様な卑屈な言い方をする必要はない……。神眼を開眼すればすぐに追い付くだろう……」
 神眼を開眼すればか……。確かにこの目が変われば明日香に追い付く事も出来るだろうし、憧れだった親父を超えるパイロットにもなれるだろう。でもこのドパージュが本当に成功するのかという不安も常に付きまとう。明日香もこんな不安に耐えていたのだろうか……?
「なあ、明日香、お前どうしてこのドパージュを受けたんだ……? こんな痛いだけじゃない……、怖い思いまでしてさ……?」
「……このドパージュは母さまと姉さまが作ったものだ。それを形にしたいと思った――。だからわたしから希望してこのドパージュを受けたのだ……。期待に応えたいと思う気持ちが怖さを上回っていた処もある。それに姉さまがいつも側にいてくれた……。だからもしかするとあまり怖くなかったのかも知れないな……」
「そうか……。俺は怖くて仕方ねえよ……。男のくせに臆病なもんだな……」
「別に怖いと思う事は恥ではないよ。怖れも知らぬ愚か者では困るくらいだ。
 ――火鷹、ジークフリートとブリュンヒルデの物語を知っているかい?」
「いや……、なんかそんな名前は聞いたことがあるけどな……」
「北欧神話の一つでな、女神ワルキューレの一人ブリュンヒルデは愛する英雄ジークフリートに不死身の魔法をかけたと言う。その不死身の身体と最強の剣ノートゥングの力により最高神ヴォーダンさえ退ける強さ故、ジークフリートは怖れを知らず、また自らの背にその魔法がかけられていなかったことに気付かなかったという……。そして不死身の英雄ジークフリートは怖れを知らぬが故に――、自らの不死身の身体を誇るが故に、敵の姦計に堕ち、その背を槍で突かれ死んでしまう――。最後には恋人のブリュンヒルデもジークフリートの後を追い業火に身を投げてしまうのだ――」
「……………………」
「神話の英雄でさえ不死身にはなれない――。まして人が怖れを知らぬなどあり得ない――。怖れの中で知恵と勇気を振り絞り、最後に勝利する者こそ本当の英雄だと思うよ……。火鷹、わたしにそんな物語を聞かせて欲しいものだな……」
「ふふふ……、ジークフリートか……。ありがとうよ――。何かすげえ褒めてもらった気がするぜ……」
「火鷹、勘違いするな。別にお前がそうだと言った訳ではないぞ――。それにお前がジークフリートとはルックス的にも言い過ぎだ――。うふふふ……っ」
 明日香は静かに笑い、そして俺の顔を見てまたクスクスと笑うのだった――。
 ……ひでえ女だ……。そんな話をされれば、誰だって自分がそのジークフリートとかみたいいに聞こえるじゃねえか? あれだけ持ち上げといて、俺の顔を見て笑うなんて……。
「そんな笑うことねえだろ……。人から笑われる程、ヒデエ顔じゃねえぞ……」
「だが、自慢する程ではないな――。この学院の男達は総じてルックス的にもレベルが高い。特にウチの芸能課の男達と比べるとまた落ち込むことになるぞ――」
「ちっ、あれはやり過ぎだ。男のくせに化粧までしやがって。俺はそこまでナルシスになれねえよ」
「ふっ、それはわたしも同感だ――。まあお前も不貞腐れる余裕があるなら、もう心配はいらないな。また明日も訓練がある……。今日はゆっくり休むと良い……」
「ああ……、せいぜい頑張るさ……、不死身の英雄様になるためにな……」
「そうだな、せいぜい頑張ってくれ……。だが火鷹、一言だけ言っておこう」

 わたしはお前のブリュンヒルデになるつもりはないぞ――



* * *


『それぞれの覚悟』


 そんな明日香のお伽話の後は、いつもそれが現実なのか、それとも夢だったのか区別がつかなくなる。頭痛で意識が朦朧としているせいで記憶が定かでないことも原因だが、明日香が静かに優しく語りかけるその姿が、いつもの明日香と全くイメージが違うからだ。ツンでも、デレでもない、あの明日香の優しい姿は日曜日のあの時以外は見る事ことも出来ない。
こんな風に現実と夢の区別が付かなくなることを「胡蝶の夢」と言うらしい。明日香が“夢”の中で教えてくれたことだ――。後で明日香にどんな話をしたのか聞いてみるのだが、明日香は「それは夢に違いないな――。胡蝶の夢だ――」と、笑いながらとぼけるばかりで教えてくれない。意地が悪い奴だ。だが全く明日香らしい。
 まあ夢でも良いさ。明日香が頑張れって言ってくれるんだ。それなりにヤル気にはなる。
もう頭痛は特に感じない。今日からまた授業と訓練が始まる。特に今日はウォーカーの実戦訓練だ。頑張らねえとなあ……。
 だがそんな俺の良い気分やる気を台無しにしてくる奴らがいる。春菜と一馬だ。
「ねえ、ねえ、火鷹っちーー! 昨日は明日香っちとどうだったーー? 男の子と女の子が狭いお部屋で二人っきりいーー。何にもないはずないよねえーー?」
「そうだ、火鷹! 昨日は明日香ちゃんと何をした? イイい事をしたんだろ? 教えろ、それも出来るだけ具体的にだ!」
 こんな具合に月曜日は春菜と一馬のヤツが、明日香との「胡蝶の夢」を踏み躙ってくれるのがお約束だ。ついでに俺のヤル気もダダ下げにしてくれるので、マジで殺意が湧いて来る。お前ら、ちったあ俺の身体を心配しろ――!
「一馬レポーター、火鷹さんは何もおっしゃいませんが、どう思いますか――? 若い男女が二人切りですよ? 何もないなんてありえませんよねーー?」
春菜め……。そんなことないのを知っているくせに。いちいちウルサイ奴だな――。
「春菜レポーター、火鷹くんをからかってはいけません。彼も健全な高校生。仮に若さ故の過ちがあったとしても責められるものではありませんっ! 多少ぎこちないこともあったかも知れませんが、それも若さ故――」