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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「えへへーー、わたしこそ喜んで貰えて嬉しいよっ。じゃあ、明日香っち、ちょっとじっとしててーー。わたしがピアスを付けてあげるーー!」
 春菜が明日香にそのピアスを付けると、みな明日香の姿を見て溜め息を付いた。
「きゃああーー、カワイイー! 似合ってるよお! 明日香っち――!」
「素敵よ、明日香。すごく綺麗――」
「明日香ちゃん、最高!」
「良かったわね、明日香――」
「ありがとう……。春菜……、姉さま……、それにみんな……」
 確かにそのガーネットのピアスは、明日香の赤い瞳に良く似合っていた。 
 明日香の白い肌に、風にたなびく長く赤い髪、太陽の光に輝く金色のピアス。全てが美しく輝き、そして鮮やかなコントラストを描いて明日香をより一層綺麗に見せてくれた。
 いつもは凛として厳しい表情を崩さないが、今日は頬を染め嬉しそうに笑っている。
俺はこの時ほど明日香の綺麗な姿を、そして明るい笑顔を見た事がなかった――。



* * *


『胡蝶の夢』


 毎週土曜日に俺達が集まるのには理由がある。まあ春菜や一馬は実は飯を食いに来ているだけなのだが、その日に集まる本当の理由は、俺が例のドパージュを受けるためにある。その日の午後授業がないため、長時間このドパージュの為に千鶴さんを初め明日香も時間を費やせるからだ。
単にドパージュを投与するだけなら、そんな時間はかからないし、千鶴さんもその為にわざわざ俺達に付き合う事もない。だがドパージュは単に薬を投与するだけは完成しない。その後の訓練も重要だが、最も大切なのは投与後の身体を定期的に検査しその能力の変化、薬の効能を分析することにある――。
それともう一つ土曜日に行う理由があるのだが、それについてはあまり言いたくない。
「それじゃあ、明日香。火鷹くんのドパージュの投与を――」
「分かりました、姉さま。――火鷹、良いな?」
「ああ、やってくれ――」
 そう言うと、明日香が俺の目の回りから奥に注射針を差し込んだ。
 うぐぅぅ……、痛えぇ…………。
極細の針で傷は残らないが、目の奥にまで突き刺さるだけあって、抉り込まれる感覚でかなり痛い――。もちろん目の奥と言っても眼球に直接注射針を打てる訳がない。失明しちまう――。だからあくまで目の周りに打つだけだ。
 この学院でパートナーを組ませる理由は幾つかある。まず第一にドパージュの投与のために注射を打つ必要があるからだ。
当然ながら、自分で自分に注射を打つ事は難しい。麻薬の中毒患者の腕を見た事あるだろう? あんな傷だらけになって、下手に打てば血管を付き抜いちまう。そりゃあ大怪我をするってことはないが、失敗すると後々がやっかいだ。
 それにドパージュも局所的に投与する場合も少なくない。今回の俺の様に、目の周りに打つとなったら、そりゃ無理だ。
もう一つ、薬の摂取量の相互監視という理由も大きい。ドパージュも摂取量がその個人の受容量をオーバーすれば副作用は間違いなく出る。まあこの学院の連中は副作用の危険性もちゃんと分かっているのでそんな無闇に薬を投与する馬鹿はいないが、昔から世間ではドパージュを過剰に摂取し能力を上げようとするヤツも少なくない。
そういった過剰摂取を防ぐために、パートナーがお互いの身体を検査し相互に監視し合う訳だ。もっともドパージュの効能も、そして副作用も個人差があるから投与できる量も一定じゃない。その適正量を把握するために専任のパートナーが互いの身体を定期的に検査するのだ。またその体質や適性に合ったドパージュを研究し合うという学習目的の側面もある。無論俺はこのドパージュを教わるだけだが、今日の訓練とその検査の数値はしっかりと学習させられることになる。
「火鷹くん、これが今日の検査結果の数値とグラフよ。外眼筋が発達して眼球の運動速度が向上しているのが分かると思うの。火鷹くんは自分でこの変化を自覚していたかしら?」
「すいません、俺にはさっぱり……。大した変化はない様に思えるんですけど……」
「そうね、まだドパージュの初期段階。すぐに何かの変化が出る訳じゃないわ――。それに視覚の変化も徐々に生じてくるから、”慣れ”で火鷹くん本人が自覚しないことも多いはずなの。だから火鷹くんも保健の教科書からでも良いわ、目や神経群に関する事を学習して出来るだけこの検査結果を理解してちょうだい――」
「……はい、千鶴さん……」
「逆に明日香は数字に表れない火鷹くんの様子を見て欲しいの。数字は嘘を付かないわ。でも数字が全ての事象を捉えている訳ではないの。わたし達が気付かない微細な変化、計測すべきものを対象から漏らしている可能性もあるわ。検査のデータや数値を過信するのは禁物――。特にこのドパージュの様な研究事例の少ないものなら尚更よ。だから明日香は日頃から火鷹くんの様子を見て、異常がないか常に確認して欲しいの。それが出来るのは同じドパージュを受けたあなただけよ。そして火鷹くんのパートナーであるあなただけ――」
「……はい、姉さま……」
「だから火鷹くんも何か身体に異常を感じたら、すぐわたし達に言ってちょうだい。身体の変化に関することで我慢はしないでね。わたしたちはその僅かなサインを読み取って、原因を手繰り寄せるの。何か不安なことや曖昧なことでも大切な情報なのよ――」
「分かりました、千鶴さん……」
「それじゃあ、今日の訓練を初めましょう――」
 そしていつもの訓練が始まった。最初にテストを受けた時、似た様な文字の羅列から間違いを探す様なことをしたが、今はそれだけじゃない。数字や文字が並ぶのは同じだが。それを一瞬で識別し回答する訓練を何度も何度も繰り返しやらされる。モニターに出される文字にはこの前の『いろは歌』程度のもので深い意味はないものばかりだ。別に数学の公式や英単語の様に後々まで記憶する必要はない。
共通するのは左右に、また上下に並ぶ、複数の文字や数値を一瞬で識別すること。ほんの1秒にも満たない一瞬の間に、これらの意味のない文字を記憶し回答しなくちゃならないことだ。しかしこれは一体何の訓練だ?
 だが千鶴さんに言わせると、これはテストであって訓練ではないらしい。このテストで俺のドパージュの成長の度合いが分かるので定期的にチェックをする必要があるのだと言う。
 次はウォーカーの訓練だ。これは最初の訓練より格段にキツイ。
 シミュレーターでの訓練なのだが、訓練内容が春菜や一馬の時とは全く違う。とにかく複雑な操作をやらされる。走行しながらハンドガンを打つ練習をしたかと思えば、後ろに歩きつつ前面の敵と闘ったりと難易度特Aの訓練ばかりやらされる。一馬や春菜が基礎的な運動を一つ一つ習得していくのとは全く別だ。
 その最たるものがウォーカーの二対一での剣の対戦た。俺一人で敵ウォーカー二機を同時に相手させられる。一応シミュレーターの対戦設定は最弱モードにしているが、それでもこんな不利な条件でウォーカーに乗りたての俺が勝てる訳が無い。明日香から指導は受けるものの、二対一の闘いでは土台勝ち目はない!