ブリュンヒルデの自己犠牲
「ええーー、そんなの似合わないよおーー。この前、明日香っちの可愛いとこ見ちゃったし、そっちの方が良いよおーー。ねえ、火鷹っちもそう思うでしょ?」
「うん、そうだな。俺は絶対デレた時の方が可愛いと思う」
俺は即答した。そりゃデレた明日香の方が良いに決まっている。特に千鶴さんに弄られて恥かしさに身悶えていた時の明日香は最高だと思うぞ。ちょっと「可愛い」とか言っただけで過剰に反応する明日香は見てて面白い。今も顔を赤くして固まってるし。
「ひ、火鷹? お前、何を言っているのだ!」
「――いや、火鷹、敢えて言おう。『だがそれが良い』とな。明日香ちゃんのデレを見た俺には、このツンな具合がタマランのだああーー!」
うん、一馬。Mッ気のあるお前はそう言うだろう。俺は納得する。だが明日香にとっては結構クリティカルな攻撃だったようだ。明日香はますます顔を赤くして慌てている。
「か、一馬も一体、何を言っているのだ? 大体、ツンとかデレとか、そんなものはアニメやマンガだけの世界だぞ! そんな女が現実にいるはずないだろう!」
………………………………………………。
そんな明日香の叫びを聞き、俺達の間に微妙な空気が流れた。
俺と一馬、それに春菜は互いに目を合わせ、明日香を指差し声を大にして叫んだ。
「「「ここにいるーーーーー!」」」
アッハハハハ―――――――!
「な、何だ、お前達は? わたしのことを笑っているのか? 人のことを馬鹿にして! そんなことをすると明日から訓練をもっと厳しくするぞ!」
「まあまあ、明日香っちーー、怒らないでってば。悪気はないんだよおーー」
「ふざけるな! 悪気の有無など関係あるものか! 人に笑われて怒らない者などいない!」
ハハハ、明日香の奴、顔を真っ赤にして怒ってやがる。まあ明日香も普段こんな風にからかわれる事もないしその耐性もないのだろう。クラスじゃ『炎の女帝』とか言われて、誰もイジる奴なんていないしな。千鶴さんや匂宮もそんな明日香の姿をあまり見たことはないのか、可笑しさに耐えきれずクスクスと笑っている。
「そんな……、姉さままでわたしを笑うのですか……?」
「ごめんなさい、明日香……。そういうつもりじゃないんだけど――」
千鶴さんもそうは言うものの、涙が出るほど笑っていては全く説得力はない。千鶴さんにまで笑われて、明日香は子犬の様に小さくなって下を向いてしまった。
「ねえ、明日香っち、そんな怒らないでよーー。今日はプレゼントを持ってきたんだからさっ」 そう言って春菜は「はいっ、明日香っち」と手のひら程の大きさの箱を手渡した。白いリボンと赤い包装紙でラッピングされて結構綺麗なものだ。
「あ、ありがとう……」
「さあ、プレゼントはみんなの分もあるからねっ」と言って、春菜は千鶴さんや匂宮、それに男の俺達にまで同じ赤い箱を一つ一つ手渡してくれた。
「春案、何だこれ? 開けていいのか?」
「もちろんだよっ! 見て見て!」
俺達はリボンを外し丁寧に紙を切って箱を開けると――。何だこれは? 女の子のアクセサリーじゃねえか? 確かこれってブレスレットって手首に填めるやつだ。
「ふふーん、前から頼んでいたんたけど、昨日やっと届いたんだっ。結構悩んだんだよっ。女の子もそれから男の子も付けられるお揃いのアクセサリーって何かなーーってねっ」
なるほど、それでブレスレットか……。女の子がこうゆうのを好きなのは分かるが、男の俺達がネックレスや指輪なんてちょっとキツイからな。でも確かにこれならOKだ。
しかし随分綺麗だなあ……。ブレスレット自体の金色の輝きも綺麗だし、所々に散りばめられた深みのある赤い石もアクセントになって良い感じだ。大人の女性が付ける様な上品なデザイン。女の子はさぞ喜ぶだろうと思って明日香を見たが、なぜかあまり嬉しそうではない。そのブレスレットを手に取り眺めてはちょっと困った様子だ。
「春菜――、もしかするとこれは本物の宝石ではないのか?」
「もちろんだよっ! 本物のガーネットだよっ!」
げっ、マジかよ? 春菜のヤツあっさり言うが、本物のガーネットって、一体いくらするんだ? それに何でこんな高価なものを?
「だってイミテーションじゃ意味ないよおーー。前に言ったでしょ、明日香っちの“ガーネットアイ“に因んで、わたし達のチーム名を『チーム・ガーネット』にするって! だからみんなのチームアイテムとして特別に作って貰ったんだっ!」
「――しかし春菜、プレゼントを貰うのは嬉しいが、そんな高いものを貰う訳には――」
「心配はいらないよっ。ガーネットは元々そんな高い宝石じゃないしっ。それに宝石ってのはピンキリだから、石が濁っていたり不純物が混じってたりすると途端に安くなっちゃうの。それも高校生がちょっと頑張れば買える位のものだから遠慮しなくていいよっ!」
「しかしそれでも、そんなに安いものではないのだろう……?」
そうだよなあ……。春菜は高くないって言ってるけど、この上品な感じからいって決して安物じゃないことは確かだ。かと言ってわざわざ俺達のために作ったのを返すってのもアレだし……。実際、明日香だけでなく、千鶴さんも匂宮もやはり困っている様子だ。
だがそこは春菜だ。みんなが悩んでいる様子を見ると、スッと立ち上がり、
「平気だよっ。お金のことは気にしないでっ! ウチってお金持ちだからっ!
キラッ★」
と、春菜は元気にセーラームーン張りのポーズを決めて言いやがった。
……………。うわあぁ…………、スベったあ…………。
普通、自分のこと金持ちだなんて言うか!? しかも「キラッ★」ってなんだよ?
一瞬呆気に取られた俺と一馬だったが、明日香や千鶴さん、匂宮の反応は意外や意外、春菜のアクションが余りに予想外だった様で、
「フフフ……」「フフハハハ―――」「ウフフフ……」と三人とも上品な声で笑っていた。意外にツボにハマったようだ。
「それから明日香っちにはもう一つ!」
明日香の躊躇いを遮る様に、春菜は明日香にもう一つのプレゼントを渡した。大きめの金色のピアスだ。細かく放射線状に広がる金色の台座に大きなガーネットが填め込まれている。こいつもやっぱり綺麗だ。耳にぶら下げるドロップタイプというものらしい。
「絶対に似合うよっ。明日香っちの赤い瞳と赤い髪に――!」
そんなことを真正面から言われて、明日香は少し顔を赤くしてまた何も言えなくなってしまった。
「わああ、明日香っち照れてるうーー! 直球勝負に弱いんだね。可愛いよおーー!」
「なあ、明日香。そのピアスもそうだけど、もらっておけよ。絶対お前に絶対似合うからさ」
「そんな似合う、似合わないの問題ではないだろう? 何でも人から貰う訳にはいかない。人としての礼節の問題だ」
「明日香、せっかくの春菜さんからのプレゼントよ。貰っておきましょう」
「姉さま……。しかし……」
「ブレスレットもそうだけど、わたし達の為に作ってくれたものなら、もう返す事も出来ないでしょ? わたし達も春菜さんに後で何かお礼をしましょう」
「姉さま、分かりました……。春菜、ありがとう……。きっとお礼はするから――」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ