ブリュンヒルデの自己犠牲
匂宮も「一馬くんも春菜も本当に気を付けて。油断をすれば怪我をするから……」とマジで心配そうな顔をして言ってるのに、「まあ薫ちゃん、俺の雄姿を見てくれ!」とキメ顔(のつもり)で言ってやがる。もう心配するのもアホらしくなってきた。
そんな俺と匂宮の心配をよそに通信回線で明日香から連絡が入った。
『一馬、春菜。二人ともウォーカーに搭乗する様に。これより模擬戦を始める――』
早くも明日香はウォーカーを起動させ、ウゥーーンとウォーカー独特のモーター音を訓練場に響かせる。全長6メートルものウォーカーが起立する大きな影。ガヂャン、ガヂャンと、明日香のウォーカーが手足を動かす度に、地面が確実に揺れている。
『準備が出来た方からわたしが相手をする。望むなら二人同時に相手をしても良い』
『よっしゃーー、俺が先に行くぜえーー!』
『そうか、一馬一人で良いのか?』
『明日香ちゃん、何を言ってんだ! 男が女の子相手に二人でやれるかよ! まあ、俺の華麗なウォーカー・アクションを見てくれ!』
『――良いだろう。お前がそう言うのなら構わない。マシンや訓練場の被害を少なくするよう、模擬戦は武器なしの格闘戦で行うが良いな?』
『おお、殴り合いとは、望むところだぜ!』
『それでは春菜は後方で待機。火鷹、薫、観戦席まで下がる様に――』
明日香と一馬のウォーカーが訓練場の中央へ歩み寄って行った。
それにしてもウォーカーの格闘戦か……。そんなもんテレビでしか見た事ねえからな。こんな間近に見るのは初めてだ。見てるだけの俺まで緊張してきやがる。匂宮は相変わらず不安そうな顔のままだ。
一馬、がんばれよ――。
『それでは模擬格闘線開始する! 来い、一馬――!』
明日香の声がマイクを通して響いた!
同時に明日香と一馬のウォーカーが相手に向かいダッシュする!
ガキイイイイーーーーン!
重金属物同士がぶつかる大きな音が場内に響く! 甲高くも地をも震わせる巨大な音! 二人のウォーカーがタックルの様な形で身体ごとぶつかり合ったのだ。
その途轍もない大音量に肝を冷やしたが、その音の異質さにも驚かされる。音も均一でなく、カーボンと金属の異なる物質が相互に響き合い奇妙な衝撃音を発している。それにォォォォーーンと残響音が未だに聞こえるのは、お互いの機体が潰れていない証拠だ。
そのぶつかり合いの直後、明日香の赤いウォーカーが1,2回一馬のウォーカーに対しパンチを連打した。
ガキイイーーン! ガキイイーーン!
さらに明日香のウォーカーが一馬を連打する。息も付かせぬ怒涛の連続攻撃だ!
ガキイイーーン! ガキイイーーン! ガシイイーーン!
だが直ぐに俺はその闘いの異変に気付かされる――。一馬が一方的にやられ過ぎだ!
おかしい――? どうしたんだ、これは?
一馬のウォーカーは明日香の攻撃を防ぐ素振りもなく、フットワークでかわす事もしない。ほぼ棒立ちの状態だ。
「……どうしたのかしら、一馬くん?」
匂宮も異常に気付いた様だが、理由までは分からない様だ。
故障かとも思ったが、機体にそんな破損も見られないし、大体、銃弾やロケット砲を相手にするウォーカーがこれ位で壊れるとも思えない。一体、どうなってるんだ――?
そんなグロッキー状態の一馬に対し、明日香が攻撃を止めると、『うう……』と一馬の呻き声がスピーカー越しに聞えた。それまで衝撃音でかき消されていた一馬の声がようやく聞こえてきたのだ。
『明日香ちゃん……、すまんかった……。もう勘弁です…………』
『――気分はどうだ? 怪我はないと思うが、報告してもらおう』
明日香が戦闘中とは思えない静かな声で一馬に声を懸けた。それにしても一体どうなってるんだ? 理由は分からないが、何故か一馬は涙声だ。
『最悪です……。とりあえず、怪我はありませーん……』
『そうか、ウォーカーに乗ることを甘く見ていたことが分かったか?』
『……反省してます……。猿ですいませんでした……』
『ようやく理解した様だな。ウォーカーはアニメの様に簡単に操縦出来るものでないとな。ウォーカーが攻撃を受け仮に1メートル吹き飛ばされれば、当然中の人間も同じく1メートル吹き飛ばされる。ヘルメットや保護パッドによりその衝撃は位置的、時間的に分散することは出来るが、運動量保存の法則により身体が受ける運動エネルギーの総量に変化はない。付け加えれば、歩行時は脚の筋力でかなり衝撃を吸収出来るが、殴られた時はそうはいかない。全身でその衝撃を直接味わうことになる。ウォーカーの接近戦においては、ウォーカー自体を破壊するより中の人間を潰す方が遥かに容易なのだ――』
『はい……、おっしゃる通りです……。ボディ・ブローを全身に喰らった気分です……。頭もヘルメットがなかったら、ヤバかったです……』
『よし、ではこの経験を今後の訓練に活かす様に。ウォーカーのパイロットになれるかはお前の努力次第だ――』
『分かりました……、明日香ちゃん……』
『折角の機会だ、もう一度チャンスをやろう。決めるが良い、ここで訓練を止めるか、それとも続けるかな? この模擬戦の目的はウォーカーの衝撃を経験してもらうことにある。ここで止めてもお前を咎めはしない――』
『……フハハハッ……。そりゃあ明日香ちゃん……。やるに決まってるじゃねえかああーー!』
一馬のウォーカーが、ウィィィーーンとモーター音を唸らせ、再びファイティングポーズを取る。
『良い心掛けだ! 褒めておこう――!』
そう言って、明日香のウォーカーも拳を構える! 斜に構えるアウトボクサーの様な体勢だ!
『明日香ちゃんーー、行くぜーー! うおおぉぉぉーーーー!』
一馬は雄叫びを上げてウォーカーを突進させた! だがそれと同時に明日香のウォーカーは闘牛士の様に華麗なフットワークでサイドにかわす。一馬のウォーカーが逃げる明日香を追おうと足を止め、方向転換をさせようと動きが止まった! その一瞬を明日香は見逃さなかった。明日香のマシンから放たれる左ストレートが一馬のウォーカーに直撃する!
『うぐわあっーー!』
やべええっ! 一馬の悲鳴を聞いて俺まで思わず声を上げた。
不安定な姿勢での横からのパンチは人間だって一発でノセる。ましてや歩行も不安定なウォーカーだ。耐えられるはずがない!
『あれ、あれ? わあーー! うわわわあああああーーーー!』
一馬のウォーカーが傾き、そのまま倒れていく僅か数秒の間、一馬は悲鳴ともつかぬ間抜けな声を上げ、ウォーカーの手をバタバタさせながら、
ズズゥゥゥーーーーンッ! と巨大な音を立てウォーカーが背中から仰向けに倒れた。
マズイっ! 受け身を取れてねえーー!
一馬の倒れ方はウォーカーでは一番マズイものだ! 手も付かずウォーカーが倒れると言うことは、中の人間が4、5メートル直接落下することと等しい。幾ら身体全体がパッドで保護されていると言っても、その衝撃はハンパじゃねえ! 匂宮が急ぎ通信回線で一馬に声をかけた。
『一馬くん、大丈夫? 返事をして! お願い、返事をしてーー!』
だが一馬から返事はい。それ処か何の声さえも聞こえなかった!
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ