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ブリュンヒルデの自己犠牲

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 なるほど……、チームの名前を付けるってのは悪くねえよな。しかも明日香の神眼――、いや赤い瞳に合わせてのネーミングなんて。うん、春菜にしては良い考えじゃん。
「あら、素敵な名前じゃない? 明日香も嬉しいわよね?」
「……姉さまが……みんなががそれで良いと言うのならば、まあ……」
明日香も満更ではないらしい。俺ももちろん異存はないし、匂宮も「それが良いと思うわ」と喜んで賛意を示してくれた。一馬は無視な。
「それじゃあ、『チーム・ガーネット』で決まりだねーー。それじゃみんな並んでーー!
明日香っちは真ん中ねーー。火鷹っちは明日香の隣でいいよ。今日は許してあげるっ。こらっ、カズマンはもっと端っこ寄って! それじゃあ、撮るよ――!」
 春菜がタイマーをセットして走って戻って来ると、アイドルの様にポージングを決めた。それに合わせ、一馬も満願の笑みでピースサイン。まあこの二人らしい。
 千鶴さんは俺達の肩に手を置いて嬉しそうに笑ってくれている。
 匂宮は穏やかな笑顔を見せ、明日香の隣に立っている。
明日香はいつもの凛々しい顔だ。千鶴さんを挟み向かい合う様に立つ俺も明日香に釣られて顔を引き締めた。だが明日香はほんの少し笑顔を見て、俺もつい笑みを浮かべてしまった。後で見ると俺も明日香もなかなか良い笑顔になっていた。
パシャ――ッ!
――それが俺達チーム・ガーネットの一番の思い出の写真になった。



* * *


エヴリデイ・ロウ・プライス


「じゃあ、火鷹ーー! 今日から特訓だあああーー!」
「オオーーッ! カズマン、頑張ろうーー!」
……今時『特訓』とか言うなんて珍しい奴もいたもんだ。残念ながらこれから『特別』な練習なんてもんは一切ない。体力強化のトレーニングは毎週同じメニューをひたすら繰り返すだけだからだ。しかも毎日身体がブチ壊れるレベルの負荷をかけることになる。
ここで身体がブチ壊れるレベルと言うのは比喩じゃあない。殺されることはない。死ぬことはない。だが『傷害罪』で逮捕されてもおかしくないレベルだ。ちなみにプロ選手が『故障』なんてスポーツ新聞で記事になるこのは、あれはプレー中の事故を除けば100%オーバートレーニングが原因。なのに俺達が何でこんなレベルのトレーニングが可能になるかは後で話す。
つまり『毎日が特売日』状態になると考えて欲しい。どこかのスーパーのコピーみたいだが、もちろん弁当が半額になる訳でもない。これからのことを思うと、マジで涙が出てくる……。
一馬も春菜も何か特別な練習ですぐに強くなれることを期待しているようだが、お前らドラゴンボールとか読み過ぎ! まあマンガの『特訓』がどれ程甘いものか、すぐに分かるだろう。
 明日香の組んだ練習メニューは極めてシンプル。モーターブレードとランニングの2種類だけだった。匂宮の説明はこうだ――。
『まずこのトレーニングの目的は基礎体力の向上、特にウォーカーに乗る為の身体を作る目的でメニューを組んであるわ。みんなも知っての通り、全長6メ・ートルのウォーカーは歩行するだけで上下に5、60センチは揺れるから、一歩歩く度にパイロットがその振動と衝撃を直接受けることになるの。ジャンプして飛び降りるみたいに膝や腰を曲げてショックを吸収することも出来ないから、ノン・ドパージュの人なら数歩、歩いただけで気分が悪くなる人もいるわ。これで走ったりすれば1メートル、万が一倒れたりしたら4、5メートルから落下した衝撃を受けるから……大怪我をするわ……』
 流石に匂宮も「死ぬ」とは言えないようだ。だがウォーカーの無免許運転による事故は朝のニュースでも絶賛放送中だ。今朝もみ○もんたが言っていた。
「ウォーカーの無免許運転、いけませんねえーー」
 ウザい。
 だが俺達も気を引き締めなくてはならない。匂宮は続けて説明してくれた。
『そういう事故が無いように、ドパージュを受けた人でも身体を鍛えてその衝撃に耐えられる様にしなきゃならないの。その為には全身のインナーマッスルまで強化する必要があるわ。モーターブレードはワイヤーを引いて車輪を回転させるでしょ? その時に下半身と連動して上半身を捻りながらワイヤーを引くから、全身の筋肉を強化出来る理想的なトレーニングギアよ。でも筋肉の強化のためにはコツがあって――』

 そんな訳で俺達は今、匂宮の指導の元、モーターブレードで絶賛特売中……ならぬ特訓中だ。トレーニング用のトラックコースを匂宮はMTBで伴走しながら指示をしてくれる。
「火鷹くーーん! パワーが落ちているわよーー!」
「ハア、ハア……。了解……」
限界近いパワーで走っているので、呼吸も苦しく返事をするのも辛い。俺はアイウェアの透過液晶に表示されるスピードと心拍数、走行パワーをチェックした。モーターブレードで走る時には両手が塞がってしまうので、走行タイム等は全てアイウェアの透過液晶のモニターに表示されるようになっている。スカウターみたいなアレだ。それを見ると確かに指定の走行パワーよりやや落ちている。
ちくしょぉぉーー! 今だってかなりのトルクを掛けてワイヤーを引いている! ワイヤーを引く腕だけじゃねえ、脚の筋肉はもちろん、腹筋や背筋、それこそ全身の筋肉を使って走っている状態だ。体中の筋肉がこの負荷に耐えられず悲鳴を上げているのが分かる! めちゃめちゃキツイ。そして苦しい――。しかもこの10分間のアタックはもう6本目だぞ。合計すれば、1時間も全力で走っていることになる! いつ死んだっておかしくねえ!
 今俺達がやっているのは、、全力のアタックと休憩を何度も繰り返すインターバル・トレーニングと呼ばれるものだ。何で途中で休むのか? サボってるんじゃないかと思われるかも知れないが、全く逆だ! 余計にキツイ! 苦しい!
 例えば俺が死ぬ気で精一杯走れる時間が30分だとしよう。これだと30分だけのトレーニングでその日の練習は終りになってしまう。ところがこれを10分走って、そして休んでと間に休憩を挟み負荷を分散することで、人間は同じパワーでより長時間の運動をすることが可能になる。つまりその運動量の総負荷の量が増大し、トレーニング効果がより高くなるってことだ。
 ただしその分地獄を長く味わうことは言うまでもない。身体に与える痛みと苦しさが単純に二倍になるという訳だ――。もし俺にMッ気があるなら、泣いて喜ぶだろう。いや、既に泣いているけどよおおーー。
「ちっくしょぉぉぉーーー!」
 俺は半ばヤケになりながらピッチを上げた。もう首を上げて前を見る力もねえ。液晶モニタを見ながら、パワーが落ちない様ひたすらワイヤーを引き、地面を蹴るだけだ。
「火鷹くん、頑張ってーー! あと、一分よーー!」
 ハア、ハア、ハア、ハア…………。
くそおぉぉーー! あと一分、あと一分が長い。苦しい時は十秒、一秒さえ、とてつもなく長く感じる。俺は「ちくしょおぉぉぉーー!」「うっらああぁぁぁぁーー!」と心の中で叫び声を上げ、少しでも身体に力が入る様に気合を入れる。言っとくが、マンガみてえに声は出さねえぞ。呼吸の邪魔になって余計苦しくなるからな。