ブリュンヒルデの自己犠牲
嬉しいんだよ――。マジで身体が震えてくる――。
おれにとっては願ってもないことだ。こんなチャンス、一生に一度あるかどうか分からねえ!
親父みたいなエースパイロットになることが夢だったんだ。
あのウォーカーに乗ることが夢だったんだ!
あの神眼が手に入る――。あの不思議な能力が手に入るんだ――!
こんなわくわくすることってあるか? 胸が躍ることってあるか――!?
そうだよ、身体が震えて仕方ねええ! 決まってるじゃねえかあ――!?
「やる――! 千鶴さん、やらせて下さいっ!
あのウォーカーのパイロットになることが夢だったんです!
あのウォーカーを――! あの神眼を、俺に――っ」
「……ありがとう、火鷹くん……。わたし達も約束する。
――あなたの夢を無駄にはさせないわ――。
心配しないで、ドパージュの投与と火鷹くんの身体の診断はわたしが責任をもってさせてもらうわ。トレーニングの方法やウォーカーの操作については明日香に聞いてちょうだい。明日香、もう火鷹くんに意地悪しちゃダメよ」
「そ……、そんなことはしません! だが火鷹――。訓練は手を抜かないからな。途中で逃げたりしたら銃殺だぞっ。軍人としての心構えを忘れるなよっ!」
「ああ……。誰が逃げるかよ――。厳しい訓練も上等だ! やってやるさ!」
俺が勢い良く答えると、千鶴さんは「フフフ……、これで決まりね。じゃあ……」と言って、そっと俺と明日香の手と手を取って互いに向き合わせた。
「二人ともちゃんと握手してね。これで仲直りよ」
千鶴さんの言う通り、俺は力強く明日香の手を握った。普段なら女の子とこんな風に手を握るなんて恥かしくて出来ねえけど、今日は超マジだ。明日香は俺の目標だ。ライバルだ。そんな俺の気持ちを伝えたくて明日香の手をしっかりと握った――。
「頼むぜ、明日香!」
「きゃっ、そんな強く握るな……。痛いし……、恥かしいだろう……」
「おっと、悪りい、悪りい。でもよろしくなっ!」
「まあ良い……。こんなことを許してやるのは今日だけだからな――」
流石に明日香もちょっと恥かしい様だ。横を向いて顔を赤くしてやがる。可愛い処もあるじゃねーか。まあ男にこんなマジ顔して手まで握られたんじゃな――。俺も逆の立場ならやっぱ照れるだろう。
オオオ―――! パチパチパチ―――!
そんな俺達を見て、春菜や一馬が歓声を上げ、匂宮まで手を打って喜んでくれた。
「すげーっじゃん、火鷹! やったなーー! マジ羨ましいぜええーー!」
「火鷹っち、わたし達推薦組の出世頭だね! 絶対あいつらを見返してやってね!」
「がんばって。火鷹くん。わたしも応援するわ!」
「ああ、頑張るよ――!」
ありがとう――。一馬、春菜、匂宮――。お前ら良い奴らだよ――。
そんな俺の興奮と感動も止まぬ中、突然春菜が「ハイハイ――、千鶴せんぱーい」と俺達の間に割り込んできた。
春菜、何なんだよ――? 調子狂うなあ、全く――!
「せんぱーい! わたしもそのドパージュを受けたーい! 可能性の問題ならわたしだってもしかしてもしかしたらじゃないかなあーー?」
おーい、春菜、図々し過ぎるぞ……なんて思ってたら、あちゃーー、一馬も「俺も、俺も」って顔をしてやがる。今までの話を聞いてなかったのかよ? お前ら、さっきの感動を返せ! 見ろよ、千鶴さんも困ってるじゃねえか?
「……春菜さん、ごめんなさい、それは出来ないの……。確かに可能性はゼロじゃないけど、闇雲にこのドパージュを受けても効果は低いことが既に分かってるの。やっぱり体質によるみたいね。それに副作用の可能性も考えると、安易に他人には勧められないわ……。これはどのドパージュもそうよ」
「ええーー、そんなああーー!」
「だから春菜さんは、まず自分の身体の特徴や体質をちゃんと把握しないとね。高度なドパージュはそれからよ」
「うう……、分かりましたあ……」
「んんーー、でもドパージュはともかくウォーカーは羨ましいよなあ……。そもそも戦闘用のウォーカーなんて乗れる機会なんて滅多ないんだぜ……」
まだ言ってやがる――。春菜と一馬も厚かましいよなあ……。でも俺だけ専用ウォーカーを使うのもやっぱり二人に申し訳ない。俺が使うウォーカーって一体幾らになるか分からない位だし……。まあ戦闘機より安いらしいけど――。
「フフフ……、だったら二人とも火鷹くんと一緒にウォーカーの訓練を受けてみる?」
「ええ、ほんとおーー?」「マジ? 俺達もーー?」
「ね、姉さま! よろしいのですか? 素人に戦闘用ウォーカーを使わせる訳には――」
「シミュレーターや訓練用のウォーカーなら問題はないわ。それにみんなと一緒にやった方が火鷹くんの励みになると思うの。どうかしら――?」
「しかし……3人のトレーニングにウォーカーの準備ともなると流石に一人では……」
明日香は返答に詰まると、匂宮をチラリと横目で見た。
「だったら、薫も手伝ってやってくれないか?」
「えっ、わたしが……?」
明日香からの突然の提案に、匂宮は相当驚いた様子だ。単に今日は知り合いだから呼ばれただけと思ったのだろう。俺達の邪魔をしないよう、今まで話を聞いていただけだったし――。
「で、でも……。わたしはとても人に教えられる様な成績じゃないし……」
そうだよなあ……。正直言い難いけど、匂宮の体育の実技は惨憺たるもので、もしかしたら、クラスだけじゃなくて学年でもまさか――と考えてしまう位だ。実際に俺達にも劣る程で、これじゃとても人を教えるなんて無理だろう。
「――火鷹、それは違う。はっきり言おう。学課に関してはわたしより薫の方が上だ。それに薫には単に保健だけではなく整形外科学や運動生理学まで含めた総合的な知識もある。基礎トレーニングは火鷹の分も含めて薫が見た方が良いだろう――」
本当かよ? 匂宮が明日香より上って――? 確かに学課の成績はかなり良いって聞いてたけど、そんなにスゴかったのか?
「ええ――! カオルンってそんなスゴかったのーー?」
「わたしも火鷹のウォーカーのプログラムセッティングをしなければならない。これは機密扱いだから他の者には任せられん。薫が教えてくれるなら助かる――」
「おおーー、薫ちゃん! 頼むーー! 薫ちゃんがウンと言ってくれれば、俺も春菜もウォーカーに乗れるんだあーー!」
「わ、分かったわ……。わたしで出来るかどうか分からないけど……」
「やったーー、これで決まりだねーー! 明日香っち、カオルン、ありがとうーー!」
春菜がダイビングで匂宮に抱き付いた。匂宮は「きゃっ」と軽い悲鳴を上げ顔を赤くするが、どこか嬉しそうだ。
「やっぱガンダムだぜーー! あのウォーカーに乗りたくてこの学園に入ったんだ! ひゃっほうーー!」
「それじゃあ、みんなで記念写真を撮ろうよっ! 今日は『チーム・ガーネット』結成記念日だよっ!」
「何だよ? そのチーム・ガーネットって――?」
「ふふーん、わたしが今考えたの。良い名前でしょ? 明日香っちのガーネットアイにちなんでねーー」
作品名:ブリュンヒルデの自己犠牲 作家名:ツクイ