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ブリュンヒルデの自己犠牲

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「ああ、数字の『6』と『4』が違いますね」 うん、これも簡単だ。
 だがちょっと引っ掛かる処がある。これも間違いか? いや、間違いって訳じゃあないだろうけど……。
「千鶴さん? 最後の『0』ゼロの形が微妙に違いますけど、ひょっとしてこれも間違いですか?」
「そうよ、それも当たり。これは『ゼロ』じゃなくて、アルファベットの『オー』よ」
 千鶴さんはちょっと嬉しそうに微笑みながら正解を教えてくれた。クイズにもならない程簡単な問題だが、春菜は「良く分かるね――」などと感心している。
「おいおい、こんなの簡単だろ? ただの間違い探しだぞ?」
「んん――、簡単と言えば簡単だけど、そんなすぐにはなあーー」
 まあ一馬はそんなもんだろう。期待を裏切らん奴だ。
……でも一体、何だ? 千鶴さんもこんな問題を解いた位で何か嬉しいのだろう? それに何で間違い探しなんだ? 目が良い話じゃなかったのか?
「フフフ……、やっぱりね――。どうかしら明日香――?」
 千鶴さんは明日香に目配せをすると、明日香は何故かちょっと悔しそうな顔をして「まあ、少しは可能性はあると思います……」と渋々と答えるのだった。
「じゃあ火鷹くんとパートナーを組んでくれるわよね?」
「姉さまのご命令であれば……。部下を指導するのも軍人の務めです。わたしが火鷹を立派に教育してみせます」
 何か嫌々ながらという雰囲気がビシバシ伝わってくるが、どうやら明日香もパートナーを組むことに納得してくれたらしい。でも「部下」呼ばわりかよ? 「教育」かよ? これから明日香からどんな扱いを受けるか想像が付く言葉だ。頭が痛くなってくる――。
「よかった、火鷹くん。明日香も納得してくれたし改めて明日香をよろしくね」
 優しいなあ……、千鶴さん。嬉しくて涙が出そうだ……。でもそんな風に「明日香をよろしく」なんて、まるで「嫁に貰ってくれ」なんて言われてるみたいだ。何かこっちが照れ臭くなんってくる――。
「それで明日香とパートナーを組むにあたって、火鷹くんにお願いがあるの――」
「ええ、千鶴さんの頼みでしたら何だって聞きますよ」
 俺はもちろん即答した。こんな優しい千鶴さんの頼みを無下にすることなど出来ない。
 ……でも千鶴さんのお願いって何だ? こんな手作り弁当まで作って貰ってのお願いじゃあ、もしかするとよっぽどのことかも知れない。やはり明日香を嫁か? まあそれはないが、流石にちょっと不安になるな……。
「ありがとう、実は……」
そんなありふれた前置きの後、千鶴さんはこれまでと変わりのない優しい口調で話し始めた――。優しく人を諭す時の様な、和歌を詠むかの様な柔かい語り口。だがその言葉の内容は、俺の下らない想像を一瞬にして吹き飛ばし、あまつさえ俺の人生を、俺の運命を変える言葉だった。
そう、この一言で俺の運命は決まったんだ――。

「火鷹くん、あなたに明日香と同じドパージュを受けて欲しいの――」

俺の身体に雷が落ちた様な衝撃が走った――。その途方もない話に、そしてあまりに重い言葉故に、俺は千鶴さんの言葉をすぐに信じることが出来ず、思考が停止し一瞬時間が止まったかと錯覚した程だ。

明日香と同じドパージュを受ける――。
それって明日香の持つ“神眼”を手にするってことだろう?

明日香自身がドパージュの成果と言うその赤い瞳――。ガーネットアイ――。
あの時間を止めたかの様な不思議な技。神眼の太刀――。
明日香をウォーカーのエースパイロットたらしめていると言うその神眼の秘密――。
そんな超能力や魔法にも似た力を俺も手に入れるということだ!
「まさか……、この俺が……?」
千鶴さんは、俺が聞きたいことを察している様で、軽く頷くと再び話し始めた。
「そうよ。明日香と同じ“神眼”を身に付けて欲しいの――。
もし受けて貰えるなら、火鷹くん専用のマシン・ウォーカーも用意するわ――。明日香の使っているものと同じものよ――」
 明日香と同じウォーカー? あの最新鋭機を――? 近衛隊機を俺に――!?
「これはわたしや明日香のお願いと言うより、お父様からのお願いと言って良いわ――。それに実は叔父様の了解ももう頂いているの――」
 えっ……。千鶴さんの親父さんて自衛隊幕僚本部の……? そんな上からの命令なのか? それに親父がもう承知してるって……。親父が明日香に頼むって言っていたのはこの事なのか……?
「……それって、本当の話ですか……?」
 ……何を馬鹿なこと聞いているんだ、俺は? 千鶴さんはこんな嘘を言う人じゃない。それにこの学院に入学することは軍に入隊するも同然だ。命令が人の命さえ左右する軍で、こんな嘘が言える訳がない。だけどこの途方もない夢の様な話をすぐに信じられる訳もなかった!
「もちろん本当よ――。ただわたしのお願いは『まずドパージュを受けて欲しい』というだけなの。もちろん神眼を身に付けて欲しいけど、本当に”開眼”できるかはあくまで可能性――。それにまだ被験者が少ないから副作用の可能性もないとは言い切れない。それにウォーカーの訓練は厳しいわ……。トレーニングも辛いはずよ。知っての通り普通の人に乗れるものではないから身体にも負担はかかるし、怪我をするかも知れない。軍事用のウォーカーなら尚更ね。だから火鷹くん本人の気持ちを聞いておきたいと思って――。叔父様には了解はもらっているから、後は火鷹くんの気持ち次第なの――」
「でも……どうして俺が……?」
「明日香の従兄妹だからよ――。これ以上は機密扱いになるから今は言えないけど……」
 そう言って千鶴さんは、春菜と一馬に目を向けた。
「あはは……、ごめんねっ、火鷹っち。まあ今日のことは誰にも喋らないからさっ」
「そうそう、千鶴さん、俺を信じて下さいっ! 俺は男です! 秘密は絶対守ります!」
「フフフ……、ありがとう、二人とも。でも簡単に説明しておくと、最先端のドパージュは本人の体質によってその効果にかなり違いが出るの。だから明日香の従兄である火鷹くんなら体質も似ているはず――。そう考えてお願いしたの。それと火鷹くんの運動能力も期待してのことよ。今はまだ他の生徒に劣るけど、ドパージュの専門教育を受けていない生徒の中では決して悪くないわ。トレーニング次第ではすぐみんなに追い付けると思うの」
 千鶴さんの話してくれたことが俺の頭を駆け巡った――。
厳しい訓練…………。怪我をするかも知れない……。ドパージュの副作用……。
 ただの可能性……。ただの期待……。単に従兄だから――。
「ふふん、火鷹、臆したのか? 震えているぞ? これから厳しい訓練を受けることなる。断るなら今の内だ――」
明日香! テメエ、何を言ってるんだ!?
人を見てモノを言えよ! 馬鹿も休み休み言えよ――!
俺が震えている――? ああ、震えまくってるよ――!
だけどさあ、震えてるからって、ビビってるとは限らねえだろ?