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ブリュンヒルデの自己犠牲

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 そうそう、明日香が小学生の頃、自慢げに『飛鳥』という名前を自分を諱(いみな)とか二つ名とか言って自慢していたのは明日香の黒歴史だ。今、そんなこと言ったら殺されるか? 
 いや、実際飛ぶ鳥を落とす勢いでエースパイロットにまだ登り詰めたんだ。今の明日香なら余裕で笑ってみせるかもな。実際そんな昔の事をからかう気も失せるほど、明日香がキレイになったと思うのも事実だ。
 だが一応言っておくが、俺は明日香にそんな気持はない。正直に自分の好みを言うのであれば、やっぱり千鶴さんだ。美人だし、頭も良いし、優しいし、女の子らしいし全く日の打ち所がない完璧な女性と言えるだろう。
 それにあの明日香も頭が上がらない程のオーラがある。オーラなんて訳の分からねーことを言ってるかも知れないが、みんなきっと分かってくれるだろう。
 そんな千鶴さんは俺達に一人一人温かい茶を配り終えると、お手製の弁当を微笑みながら促してくれるのだった。
「さ、火鷹くん、遠慮なく食べてね――」
 な、みんなオーラってもんが分かるだろう。

「ハーイ! いっただきまーす!」
「おお、いただきまーす!」
 そう元気よく返事をして、ガンガン箸で摘まむアホは、当然春菜と一馬。「すごーい、美味しいですーー!」「美味いです! 料理も上手なんて、先輩、女子の鑑です!」と遠慮もなく重箱を平らげていきやがる。お前らちょっと遠慮しろよっ!
こっちは何でこんなことになったのか不安でメシどころじゃないってのに――!
 だが春菜はそんな俺の気も知らず、もぐもぐと飯を頬張りながら千鶴さんに話し掛けた。
「先輩、先輩っ! 前から不思議に思っていたんですけど、どうしてこの学校って男子と女子でパートナーを組ませるんですか? これって結構危ないなーって思うんですけどおーー?」
 あっ、それは確かに俺も不思議に思っていた。普通こうゆうのって男同士、女同士で組ませるもんだよなあ――?
「フフフ……、それは彼氏と彼女で良いことをしてもらうかもねえ――?」
 千鶴さんは笑いながら、ちょっと悪戯っぽい目で俺と明日香を見たのだった。
 ぶっ――。俺は飯を吹きそうになった。ま、まさか俺と明日香が――? それに冗談だろう? いくら何でも天下の防衛大学付属高がそんな不純異性交際推奨だなんて?
「うふっ、これが冗談でもないのよーー。折角、国が育てた優秀な人材を民間企業や外国に取られちゃう前に、学院も早く身を固めてしまった方が良いって思ってるみたい。奨学金も出るし、子供が出来ても親御さんも相手が学院の生徒ならって、むしろ歓迎するケースも多いみたいよ」
「姉さま、止めて下さい! わたしは火鷹とそんなつもりはありませんから!」
 明日香は顔を真っ赤にして否定する。俺だって明日香と別にそんなつもりはねえぞ!
「あらあら、ごめんなさい。でも一番の理由は男女で組んだ方が成績が良いからよ。根拠らしい根拠はないんだけど、統計的には男女のペアの方がすっごく成績が良いの。やっぱり男の子も女の子の前では頑張ろうとするものね。それにこの学院の男の子って、とてもカッコ良いでしょ? やっぱり身だしなみには気を使うみたい」
「あっ、わたしもイケメン多いって思いましたーー! デブなんて一人も居ないし、野球部みたいな坊主頭もいないしーー」
「あら、春菜さんもそう思う? だから火鷹くんも一馬くんも女の子に嫌われる様なことをしちゃダメよ。パートナーが見付からないなんて、この学院じゃ恥かしいことなんだから!」
「ういっす、大丈夫です。俺は女の子ラブっすから!」
「フフフ……違うわよ、一馬くんも身だしなみに気を付けてって言うこと」
「えっ……、俺、ダメっすか…………?」
「アハハハッハ―――! カズマン、悪いけどわたしもそう思うよお――!」
うんうん、まあ一馬がモテそうもないのは同意だ。身だしなみ以前に抜けたルックスが致命的だ。しかし今の俺は、春菜みたいにとても大笑いする気にはなれない。
もどうして俺がこの学院に入学できたのか、そしてなぜ明日香とパートナーを組むことになったのか? そんな疑問が頭の中で渦巻くばかりで、美味そうな千鶴さんの手料理もどうにも箸が進まない――。
「あら、火鷹くん、どうしたの? お腹が空いてなかったかしら?」
「いや……、別にそうゆう訳じゃないんですけど……。あのお……、俺ってどうしてこの学院に入れたんですか? やっぱ親父のコネってことですかね……? それに明日香とパートナーを組むって……?」
「そうね……。やっぱり気になるわよね……。でも叔父様の力だとか、縁故推薦とはちょっと違うの。一言では言えないけど色んな理由があるのよ」
「色んな理由って何ですか……?」
「ね、姉さまっ! それは機密事項では――?」 明日香が春菜と一馬を気にした様で、千鶴さんを制しようとした。二人に聞かれてはマズイ話らしい。
「大丈夫よ、明日香。これくらいあなたと火鷹くんとパートナーを組むことで分かっちゃうことだし」
「それはそうですが……」
「あのね、推薦入学の目的はテストや運動能力だけに寄らない、色んな才能を持った人を集めるのが目的なの。火鷹くんって目が良かったでしょ?}
「まあ、そうですけど……」
確かに目は良い。これも親父譲りと言うか、明日香もそうだけど、ウチの家系は目が良い奴が多い。ご先祖様は長州の下級武士の出ってことなんだけど、目が良いってことで維新後も陸軍や海軍で重宝がられ、代々軍人として働く人間が多かった。実際、今でも親父はパイロットとして働いている位だ。でもそれだけでこのエリートの集う白鳳学院に入れるもんなのか?
「うふふ……、信じられないかしら? じゃあ、試しにちょっとテストをしてみましょうか? ちょっと火鷹くん。これを読んでみて」
 そう言って千鶴さんはノートを取り出しページを開いて見せた。
 そこに書かれている文字を見てみるが、別に何ともない。ただの『いろは』歌だ。
 ただそこには同じいろは歌が、左右のページに二つ並んでいた。

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けふこえて
あさきゆめみし ゑひもせす

いろはにほへと ちりぬるを
わかよたれそ つねならむ
うゐのおくやま けうこえて
あさきゆめみし ゑひもせす

 俺も和歌なんて全く知らない口だが、流石にこのいろは歌ぐらいは知っている。でもテストってこのいろは歌についての問題なのか? 一応、その歌を読んでみると、左右のページに書かれた歌に違いがあることに気付いた。
「あれ? 千鶴さん、これって間違いですか?「う」と「ふ」の字だけが違いますよ?」
「フフ……。当たりよ。じゃあ、次はこれっ」
「当たり」と言われても逆に困惑する。こんなのただの間違い探しじゃないか? そんな疑問が残るが、千鶴さんがノートを開いて見せるので、仕方なく数字が並ぶ左右のページに目をやった。

 1234567890987654321
 01234501234543210
 01234543210123456
 56789098765098765