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ブリュンヒルデの自己犠牲

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 俺は柄にもなく照れてしまい、気の利いたことも言えなかった。千鶴さんみたいな美人に褒められればそりゃ照れる――。千鶴さんの長い黒髪は軽く縦ロールがかけられていて、明日香と違いちょっと大人の雰囲気を感じさせる。それにドパージュの時代には珍しいメガネも知的な印象を与え、制服を着ていなければ――、そうだな、この白鳳学院の美人教師で十分通用する位だ。でもあの優しいお姉さんって感じは昔のままで、俺は思わずほっとした。明日香はいつも言葉責めだからなあ――。
「あら? 明日香? 他のお友達も一緒に来たの?」
 呼ばれもしないのに来た春菜と一馬に、流石の優しい千鶴さんも困惑気味だ――。
「えへーー。センパイ、わたし達もお邪魔しても良いですかーー?」「いやあーー、是非、葛城先輩の話が聞きたくて!」と二人は笑って無理矢理入り込もうとする。おいおい、二人ともどうすんだ? 千鶴さんも困ってるじゃねーか?
「すいません、姉上……。どうしてもと付いて来てしまいまして……」
「あらそう……。どうしようかしら? ちょっとお弁当が足りないかも知れないわ……」
 はっ? 弁当? 千鶴さんは何を言ってるんだ? と俺が面食らっていると、彼女は桜色の風呂敷に包まれた幾重もの重箱をシートの上に広げ始めた。その重箱には煮物や鳥や豚の照り焼き、それに菜の花など春を彩る野菜のお浸しや、――それに赤飯まである。これじゃあまるで――。
「ちょうどお花見の時期だし、ピクニックみたいで気分が良いでしょ? さ、皆さん、良かったら食べてもらえるかしら? 本当は全部わたしが作れば良かったんだけど、ちょっとお店にお願いしてズルしちゃったものもあるの。そこはちょっと許してね――」
 千鶴さんから思いもよらぬ歓迎を受け弁当までご馳走になれるとあって、春菜と一馬も「やったあーーっ! いっただきまーす」「おおーー! 葛城先輩の手料理――! 感激です――!」と大喜びだ。
「あらあら、そんなに喜んでもらってわたしも嬉しいわ」と千鶴さんも素直に喜んでいる。
 そんな千鶴さんの嬉しそうな笑顔と対照的に、明日香は驚いた顔を隠せなかった。
「姉上! ドパージュの説明ではなかったのですかっ!?」
「ふふふ……。ちょっと驚かせようと思ってね。まずは火鷹くんと薫さんの入学祝いよ」
「それと――」と笑いながら、千鶴さんは逃げる小鹿を捕まえる様に明日香を背中から抱き締めた。
「きゃっ! 姉上――!」
「明日香と火鷹くんには、ちゃーんと仲直りして貰わないとね。これから二人にパートナーを組んでもらうんだから」
千鶴さんは明日香を抱きしめたまま、明日香の髪や首筋を撫でる様に頬を磨り付け始めた。明日香は頬を赤く染めながらか弱い抵抗を見せるが、まさか力で振り払う訳にもいかず、恥かしいとのくすぐったいのを我慢している。明日香の髪と柔らかい肌が心地よいのか――、それとも明日香が恥じらいを見せる姿が可愛くて仕方ないのか、千鶴さんは本当に嬉しそうな顔をしながら明日香を抱き締めていた。
「姉上――! こんな処で止めて下さい――!」
「もう、また『姉上』なんて――。二人の時は止めてって言ってるでしょう――?」
「でも姉さま……、火鷹が居ますから……。ですから放して下さい――!」
「じゃあ、火鷹くんと仲直りしてくれる?」
「わ、わたしは別にケンカなどしていません! ちゃんと火鷹の面倒を見ますから放して下さい――!」
「フフフ……、分かったわ……」そう言って千鶴さんはにこやかに微笑みつつ、チュッと音を立てて明日香の頬にキスをした。外人がよくやるアレだ。さらに千鶴さんは「ありがとう、明日香」と言って反対側の頬にもキスをした。
 公衆の面前とは言わないまでも、人前でこんなことをされて、明日香も顔を真っ赤にして肩をちっちゃくして震えている。「姉さま……。もう、止めて下さい……」と声を振り絞るのが精一杯だ。
 やばい、俺もクラっときた。明日香がデレた。完璧なツンデレだ。しかも微妙に百合だ。
「ふふふ……、火鷹くん、明日香も可愛いでしょう? もう少し女の子らしくても良いのにねえ――。なのにここの中等部に入っちゃったら余計にそうなっちゃったの。軍人になるんだからって言ってね――」
「べ、別に可愛くなくても良いんですっ! わたしはお爺様や父上の様な軍人になるんですから――」
「あら、またそんなことを言って――。でも見て、火鷹くん。明日香の赤い目と髪って、すごいキレイでしょう? 明日香ったら毎朝鏡の前で嬉しそうに眺めているのよ。それでね――」
 意味深げに千鶴さんがクスッと笑うと、「姉さま!」と今度は顔を真っ赤にして怒った。いや明日香、怖くねーぞ。かなりデレが交じってる。
「あらあら、ごめんなさいね。フフフ……。だから火鷹くん明日香をよろしくね。こんな可愛い女の子とケンカしちゃ損するわよ」
「ア……、ハイ……。もちろんです、ケンカなんかしませんよ――」
うう、やられた――。明日香のこんな姿を見せられたんじゃ、そりゃあ多少のケンカはするだろうが、少なくとも本気でケンカする気持ちなんてなくなる――。千鶴さん、スゲえ。マジ最強キャラだぜ……。
「フフフ……、良かったわ。さっ、みんなでお弁当を食べましょう。お話はお弁当を食べながらゆっくりね。明日香、みなさんにお茶を注いでもらえるかしら?」
「あ、はい、姉さま」
 千鶴さんにすっかり角を抜かれた様で、明日香は用意された紙コップに慎ましやかにお茶を注いで回った。こう見てみると何倍にも可愛く見えるから不思議だ。いやホント大人になったよなあ……。2年前とは大違いだ。これで性格が女らしかったらなあ・・・って本当考えちまうよ。

 この明日香の男勝りな性格と軍人気質は、完全に爺さんと明日香の親父さんのせいだ。まあ世間じゃよくある話だし、男親ってのはそうゆうもんらしいけど、二人とも軍人という職業と古いタイプの性格も相まって、そりゃあ男の跡取りをと願ったらしい。
 実際、明日香が生れる時ももう男が生れるものだと思い込んで、『飛鳥』なんてカッコいい名前を考えていたそうだ。だから生れてきた子が女の子だと分かった時には相当にがっかりしたらしい。あまりのショックで名前もまともに考えられず、『明日香』という名前を文字通り取って付けたらしい。ヒデエ話だ。
 ところが二人とも明日香の才能を知るや、そんな失望は一変する。男ではないが軍属葛城家の名声を今まで以上に高める娘として、明日香はその期待を一身に集める様になる。
 子どもだって親から何か特別な期待をされれば、それにに応えようとするのは当然のことだ。そんなこんなで明日香は子どもながらも二人の跡を継ぎ、軍人となることを志す様になる。
 明日香自身が軍人、軍人と自分から言うだけあって男勝りな所はあったが、葛城本家の厳しい躾けもあって粗野な振る舞いは一切なかった。頭も良いこともあって子供ながらも凛とした印象を感じさせ、俺よりも年上に見られたものだ。
 ただ同い年の男である俺に対しては、何かの対抗心があってか、よく食ってかかってきたな。俺も爺さん等に気に入られてたからかもな。