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Bhikkhugatika

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エンキドゥ


 街にはしめやかに雨が降っている。やれやれ、可愛いあの子の涙が俺の内なる街々を濡らしていくのと、すっかり同じ景色だ。
 チャパティを買おうと出かけたのだが、チャパティ屋のあけすけな夫人が陰鬱な話をしてくるからたまらない。
 「男ってのは、女の気持ちが知りたくってたまらないものなのさ。女が白状しない限り、女の気持ちがわからないんだからね。そのくせ、白状したら、今度は慌てるんだから、まったく馬鹿な生き物さね」
 俺は4枚のチャパティを受け取って金を払う。
 「いやまったく。野獣エンキドゥ同然ですな…女性に諭されない限り、およそ人間らしく振舞うことができないんですから…」

 公園の木々は、雨にしとどと濡れて、清らかな空気を薫らせていた。散策している人はまばら。下宿の娘と行き会って、立ち話をするはめになった。
 「書生さんじゃありませんか。チャパティなんか持ってどちらへ?」
 「部屋に帰るところですよ」
 「あたしは本屋へ。ギルガメシュ叙事詩の新訳が出たって聞いたものですから。ところでひどい顔をなさって、どうしたんですの?こないだ好きな人ができたって、嬉しそうにしてたじゃないですか」
 「ちょっとわけありでしてね。それに、そんなに大きい声で言わないでください」
 「まあ、ごめんなさい。でもあなた、ようやく信じられる人に出会えたって、言ってたじゃありませんか」
 けだし女性であれば、ひとつの石ころを見るだけで、自然の諸法則を類推することとて不可能ではなかろう。

 郊外は、山の手の家々に取り巻かれ、社会の一端を表現していた。家族史がある。共同体史がある。俺は、その何処にも加えてはもらえぬ。だがこれでいい。エンキドゥは、野獣とともに森で暮らし、人間に煩わされることがなかった。彼は泥でできていたが、人間はといえば、滅び去る運命にある色々のものを結びつけては、それらが離れていかぬよう四苦八苦するのみだ。体は貪欲で満たされ、骨は傲慢で焼き固められている。ごまかしで身を着飾り、暴力で武装して世の中をうろついては、侮辱する者に槍を構えて突進するのだが、最後には、奢りで作られた甲冑の重さのために、自ら転んで悶えるのだ。俺としても、他人を煩わすことなく、独り転んで独り悶えるだけでたくさんだ。

 カフェは、雨を嫌って憩う人々で溢れていた。カウンターでチャイを買って大路に出ると、袈裟を着たバラモン僧が話し掛けてきた。
 「わかりますぞ。君、孤独に苦しんでおりますな?わかりますぞ」
 「ババジー、説教なら他を当たってください。というのは、私は喜捨する金もないのです」
 「おかまいなく。私はただ、君の可愛い人が悲しんでいるのを見るのがつらいというだけですでな」
 「なんですって?」
 「いったい君は、何を求めておるのかね?肉欲かね?称賛かね?そうではないのでは?よく見てみたまえ、そんなものは、君が滅びるとともに滅びてしまうし、そもそも、それがいったい何になるのかね?あの君の可愛い人にしても、そんなものを望んでいるとでも?」
 「どういう神通力かわかりませんがね、ババジー、勝手に私の心に立ち入らないでいただきたい」
 「これは失敬。しかし私は人の心に立ち入るのがなりわいでしてな。それは君にしても、同じなのでは?いったいいつまで、泥でできた野獣のままでいるつもりかね、エンキドゥよ」
 俺たちは合掌して別れた。

 大路を歩くと、雨はすっかり上がり、雲間から陽光が差し込んでくるのが見えた。エンキドゥ…彼は、神殿の乙女と出会い、知性を身につけ、森を出た。考えてみれば、彼はその乙女を信じたのだろう。彼女だけが、自分を生かしてくれるのだと。そうするだけの理由が確かにあったのだ。それはふたりだけに了解されるものだったに違いない。
 太陽が顔をのぞかせ、街は、光に包まれた。山の手に虹である。植物たちの呼吸する音が、俺の鼓動と同期して、俺に聞こえる。自然は確かにここにある。
作品名:Bhikkhugatika 作家名:RamaneyyaAsu