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食べ物による小話 #5「チョコレート」

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「いいから続けるんだ。なんならダンボール箱が必要か?」
 僕はオタクにコンプレックスを持ってないんだがな……。
 こほん。
「ひどかったらしい。苦味と酸味が強くて、貴族の道楽だったわけだ」
「ある意味飲んでみたいわね……」
 さすがに女子があの声を真似するのは辛かったのか、通常の声。
 どうしてこうオッサンのモノマネばかりするんだろう……。
「そんなことどうでもいいでしょ。なんなら普段から麻酔銃持ってステルス迷彩でスニーキングミッションしてあげましょっか?」
 僕の頭の上に青い「!」マークが飛び出る。
「器用ねぇ……。冗談よ。続けなさい」
 全く……。もう少しで「ウタナイデーッ!」と叫ぶところだったぜ……。
 僕はエクスクラメーションマークを消し、講釈を続けた。
「その状態のカカオ豆にはカカオ油脂やココアバターが含まれていて、水に解けない。ザラザラとした食感だったとか」
「今はあんなに美味しいのに……」
「それからしばらくして、ある宣教師が砂糖を入れる事を考案した。十六世紀のことだ」
「そんなに前なの?」
「ああ、そこから美味しいものという認識が広まり、チョコレートハウスなんてものまで登場し始めた。さらにその後、オランダの会社がチョコレートを粉末にし、ココアバターと油脂を分離させることに成功する。そしてバターだけを利用して作った飲料が完成した。それがココア。ちなみに会社をバンホーテンという」
「ああ、今でもある会社ね。私好きよ」
 知ってるよ。
 と思いつつ続ける。
「そして残ったカカオ油脂。これを利用して作ったのが今のチョコの原型。苦味が強いなどまだ未完成だが、これがなくては今のチョコは出来なかったわけだ。固形チョコの元祖だな」
「なるほどねー」
「そしてついにミルクと油脂を混ぜあわせたチョコが作られる。これがミルクチョコレートだな。カカオ油脂は油分だ。水分が多いミルクと混ぜるのは相当大変だったらしいぞ」
「今では機械なんじゃないの?」
「今は逆に水分を取り除いた粉乳を使用することが大半だ。そしてそれから歴史を重ね、様々なチョコが製作されていったわけだ」
 長い講釈だった。が、一通り納得がいったのだろう。彼女は納得したかのようにうんうんと首を縦に振っていた。
「いやー。やっぱ歴史あるんだねぇ」
「そりゃそうだ。スウィーツの王様だからな」
「でも今やそのチョコレートも、小さいおっさんが踊って作るんだから、進化したわよねー」
 ……!
「お前、……まさかゴールドチケットが入っていたのか?」
「工場見学って結構楽しいわよねー。あ、やっぱ工場長は個性的だけどイケメンだったわよ?」
 くっそう……! 羨ましい……!
「あれなら海賊とか、帽子屋とかのコスプレしても似合うんじゃないかしら?」
 なぜ僕も連れていかないんだ……! そんな心の叫びが聞こえる。
 いやしかし、ここは耐えるのだ。
 王様の栄光のために。

   ――――――――――◇――――――――――

「強い人は言いました『ケーキは最強で、中でもチョコレートケーキは無敵だ』と」
 水族館を進み、今僕たちは亀のエリアに居た。何を考えているのか分からない顔で、水槽の中をただよう彼ら。
 少なくとも、空手が得意で大きな女子高生のことは考えていまい。
「いやまぁそうかも知らんが……」
「そんなチョコ料理の中で一番って、なに?」
「んー……。ま、一概には言いにくいよな。人によって好き嫌いあるし」
「ちょっと固めで食べるととろけるミルクチョコ。
 スプーンで触れるとぷるぷるふるえるふわふわムース。
 チョコと一緒に様々な味のノエルドショコラ。
 ビターな中でもほんのり甘さのさくさくクッキー。
 熱々チョコにフルーツ浸したあまあまフォンデュ」
 じゅるり。おっとヨダレが。
「パッと思い浮かぶだけで、こんだけあるんだもん。一番は決められないわよね」
「でも、やっぱ一番はフォンダンショコラだと想うな、僕は」
「フォンダンショコラ? ……どんなんだっけ?」
 知らんのかこいつ。
「あれだ。チョコレートケーキの中に溶けたチョコが入ってるヤツ」
「あー。冷めてるとかちかちだけど、温めるとトロリとしたチョコが中から漏れでてくるやつね。知ってる知ってる」
 知ってんじゃねーか。よけいに悔しい……。
「こないだ食べたのよ。――美容院で」
 ずいぶんとブルジョワジーな美容院である。
「で、どうだった?」
「んー? んふふふ」
 僕の問に、にんまりとした顔を浮かべる。なんだこいつ。
「幸せって、ああいうことを言うんだって分かったわ」
「それ、よこせ」
「……ないわよ? 食べちゃったもん」
「くっっそぅ……」
 これで本日、フォンダンショコラの可能性は消えた……。くそ。
 そんな僕の心中を知ってか知らずか、彼女はにまにまと続ける。
「私が食べたフォンダンショコラ。とっても暖かかったわよ? まるで作りたてみたい。知ってる? フォンダンってフランス語で“とろける”って意味なんですって。名は体を表すってまさにこのことよね」
「ショコラはチョコレートのフランス読み。言語はアステカから来てるとか。……どちらにせよ、“とろけるチョコ”なわけだ」
 ふわふわチョコケーキの中に、とろりと濃厚なチョコレート。フォークを入れると、ほんの少しの弾力を伴なったあと、音もなくケーキは裂かれていく。半分も過ぎた頃には、中の甘いブラウンがフォークを飲み込み、白いお皿を染めて行く。勿体無い。そう思った頃にはもう遅い。カチンとフォークがお皿に到達する頃には、雪化粧の白は毒の様な甘さに侵されている。その光景を目にした者に、フォークを止めることなど出来ない。出来るわけがない。まるで操られているかのようにケーキを切り分け、フォークにとる。内部にあたる部分から、トロリ、とチョコが糸を引く。チョコが足りないわけではないのだが、本能的にお皿を汚したブラウンをケーキにとり、おずおずと口へ運ぶ。香るカカオ。舌に触れた瞬間、口いっぱいに広がるビター。あっという間に、まるで手にとった雪のようにふわりととけて行くケーキ。残るは、余韻。
「ヨダレズビッ! ってヤツよね」
「お前、こないだそのネタは飽きたって言ってただろ」
「好きだからいいのよ。一日一無駄ァッ! はファンの義務よ」
「僕はドラァッ! だけど。……なんか気のせいか口の中が甘い気がしてきたぞ」
「それ、梅干観ながらご飯食べてるみたいな感じね」
 空想でフォンダンショコラを食べられるならとうに食べとるわい。
「うつろな目をしながら、空中でフォークを動かし、手に持っていく二十代男子……」
「僕なら心のケアをおススメしちゃうぞ……」
 我ながらかわいそうである。
 そんなかわいそうな彼氏をあざ笑うかの様に、彼女は僕を横目に「ふ」と笑った。いや、藁った。
「全く……そんなに食べたいものかしらね。浅ましい浅ましい」
 なんととげのある言葉だろう。
 しかし僕も一人の男だ。
 目的がある。
 今日この日に達成したい、野望があるのだ。
 分かってはくれまいか。この日でなければダメな理由を。説明してもカッコ悪いのだが、それでも察して欲しい、この想い。