みんな負けて、それでいい
どのくらい歩いただろうか。まだ、町は見えない。道もない山を途方もなく歩くだけである。きっと野宿になるだろう。食料はどうしようか。魚か獣でも仕留めよう。
不意に、人の気配がした。私は低い姿勢を取り、手を後ろに回し、気付いた。リュックを師の元へ忘れてきてしまった様だ。
ビュッと輪ゴムが風を切る音がした。これはもしかして――
雨のような乱れ打たれる輪ゴム輪ゴム……それは触れれば斬れるほど鋭利で、その速さに輪ゴムを持たない私は逃げるしかなかった。
こんな輪ゴムを撃てるのは間違いない、齢百二十の私の師。
「さらなる強さは、輪ゴムを離れ、初めて見えてくるものだ。さぁ、行け」
それは師からのエールだった。涙など、出てはいけない。
師を振り切ったその先で私はついに町の光を見つけた。
作品名:みんな負けて、それでいい 作家名:月下和吉