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みんな負けて、それでいい

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 『ようこそ!丹澤温泉へ!』
 町の入口にある大きなアーチに、この文字とラリった様な笑顔の子供の絵が描かれている。その若干毒気のある絵が、やみつきになりそうだ。
 しかし、少し傾いていて所々損傷が激しい。町からは黒煙が上がっている。最初見た光の正体は、炎だったのだ。
 「燃えている……」
 この町は攻撃を受けてしばらく経ったのだろう。悲鳴も聞こえないし、攻撃をした者の姿も見えない。
 いつしか空は、暗雲立ち込めてカラス一匹飛んでおらず、荒い風が木々をなでる。
 「一体、何があったんざます??」
 町一つが、あたかも戦場であったかのように荒廃しきった様子を見て、驚きのあまり口調が変わらざるを得ない。私を若かりしき頃のものだ。私は、不安を感じているのか足が震えだす。
 師の元で学んだ強靭な精神力が、今はなぜか効かない。これは貧乏ゆすりだ。怯えなどでは決してない。そう自分に言い聞かせるも、ガクガクが止まらない。炎に包まれた建物が緊張の糸が切れたように、ボロボロと崩れていく。
 燃え盛る炎をただ、私は見ているしかなかった。熱が伝わって身体中が焼けそうだった。
 紅蓮の炎の輝きに目を鋭く射られて、私が両目を手で覆うとしたその時、数十メートル先で爆発が起こった。吹っ飛んだ建物がバラバラと宙を舞う。爆発の発生地点に人が一人立っている。真っ白なローブを着込んだ人間だった。
 「……誰です?」
 声に震えが混ざらないように気を付け、私は数十メートル先に叫ぶ。
 フードが邪魔をして顔の全体が見えなかったが、僅かに口が動くのが分かった。そこから極めてくぐもった音が響く。
 「我は万壺唐土(まんつぼもろこし)なり!!」
 そういうと左手を懐に突っ込み、瞬時に引き抜く手には拳銃が一丁握られていた。
 「貴様を屠るものなり!!」
 拳銃が私に向けられた。
 それと同時に私も動く。ケースバイケースで複雑に変じる戦闘では、師に教わったことをフル活用せねばならない。
 まず、私は辺りに散らばっている物に目を飛ばした。割れた窓ガラス、砕けたコンクリ片。その中で私は、新たな武器になるものを見つけてしまった。
 それは今までの輪ゴムの力を応用でき、かつ温泉街にありそうな物だった。温泉たまごに使う――みかんネット!!
 素早くみかんネットを拾い取り、銃弾から逃げるように瓦礫に身を潜めた。
 足音はしない。私が現れるのを待つつもりなのだろうか。だが確かに彼は、この町を蹂躙した後であり、体力も銃弾も残り少ないのかもしれない。彼は一撃で仕留めるつもりだ。みかんネットを握りしめ、覚悟を決めた。私もチャンスは一度限りである。
 みかんネットを指にかけると、しっかりとした弾性力を感じることができた。命中すれば一撃で男を屠ることができそうだ。左手の小指がトリガーに、右手の親指が銃口となるように、私は構えを取る。それは師から受け継いだ中で最も高い威力を発揮する技――《天変輪銃・八の型》!!
 敵も何やらやりだした。平凡な音で呪詛の詠唱が始まる。
 時間はすでに丑の刻を回り、鳥一匹としてその翼を動かしていない。ていうか全てがもう死んでいた。そんな中で暗躍する二つの影が同時に動き出す!!
 「だあああ!!」「テンッチュウゥ!!」

 「おめえ〜、これ忘れっちゃーいけねっぺ〜、って、ああァァァ?!」
 その時、私のリュック片手に完全第三者風の老人が二人の間に、居た。
 襲撃者こと万壺唐土の拳銃から激しい火炎と音を伴って発射された弾丸は、突然現れた低い老人の頭をかすめ、何やらフサフサとしたモノを落としていきながら、僅かに軌道をそらし、ブチっ!とみかんネットが切れた私の身体を外れていった。