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未来の予感

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 彼らの見下ろしたような態度に耐えられなかった。
 真衣は大学の文学部を卒業したが、就職難で希望に叶った仕事には就けなかったようだ。
 長引く不況が彼女の人生を大きく変えてしまったようだ。
 そんな二人は今、贈答品の販売店の店員として働いている。

「ルーメンとアンモニア?」
「知らない?」
「アンモニアって、おしっこに入っている成分じゃないの?」
「そうよね」
「ルーメンって、なんだろう?ブランド品にあったような気もするけど。ラーメンの見間違いとか?」
「ネットで調べたの。よくわからないけど、光の単位みたい」
「単位?」
「うん」
「よくわからないね。思い切って『何読んでるんですか?』って、聞いてみたらいいじゃない」
「そんなあ。知らない人に、そんなこと聞けないわ」
「じゃあ、私が聞いてあげようか?」
「え?」
「私もその食堂に行ってあげる」
「ダメよ」
「なんで?」
「余計な事しない?」
「しないわよ」
「じゃあ、いいけど」
「結子が一目惚れした人って、どんな男か見てみたいなあ」
「やっぱり。好奇心なの?」

 真衣は結子に比べると遙かに積極的な女だ。
 そんな真衣に思い切って背中を押してもらいたいような気もする。真衣に相談しているのはそれを期待しているのかもしれない。

 さっそく、その日の仕事の帰りに二人揃って「つるや食堂」へ行くことになった。
 駐車場に車を停めると男が乗っているトヨタのブラックのランドクルーザーが停まっていた。
「汚い車ね」と助手席の真衣が言った。
 タイヤも車体も泥だらけだった。

「大丈夫なの?」
「え?」
「車があんなに汚いようじゃ。心配ね」
「きっと忙しい人なのよ」
「まあ、いいけど」
「あのね。真衣が期待しているほどいい男じゃないからね」
 車の助手席から降りようとする真衣の背中に念を押すように言った。
「はいはい。外見は気にしないから」
「変なことしないでよ。見るだけよ」
「動物園のパンダでも見るみたい」
 真衣は先に食堂の開き戸を開けて中へ入って行った。

「ねえ、どの人?」と後から入ってきた結子に小さく聞いた。
 結子が目で男の居場所を教えると真衣はゆっくりと頷いた。二人は男と少し離れたテーブル席に座った。
 席に座ると真衣はじーっとその男の横顔を見つめていた。
「そんなに見ないでよ」と結子は小さい声で言った。
「なんで?」
「気付かれるじゃない」
 店のおばさんが水を持って来たので二人ともおでん定食を注文した。

「ふーん。なるほど」
「何?」
「なんか、意外だなあ」
「だから、言ったでしょ。期待しないでって」
「結子みたいないい女がなんで?って思うけど」

 確かに見た目は良くない。体は細身だが、銀縁の眼鏡をかけて、アゴには無精ひげをはやしている。服装もどちらかと言えばダサイし、髪の毛もボサボサだ。
 とても若い女が興味を引くような外貌ではない。

「ホントにおじさんばっかりね。よく、こんなところに一人で来てるわね」
 真衣は店内を見渡して呆れた顔をした。
 今まで、その男しか頭になかったので、周りの状況は気にしていなかった。
 今、改めて、店内を見渡すと真衣の言うとおりかもしれない。
 自分たちが場違いなところに来ているような気がした。

「ホントに何を一生懸命読んでいるのかな?」
 男は今日もテーブルの上に置かれた本を真剣な顔をしながら読んでいる。
「難しそうな本よ」
「聞いて来ようか?」
「バカ!変なことしないで、って言ったでしょ!」と思わず大きな声を挙げてしまったので、二人とも慌てて周りを見渡した。

「あーこわ」と真衣が小さく言った。
 真衣はおでんを食べながら「おいしいわね、このおでん。また、来ようかな」と言った。
 (やっぱり、連れて来なけりゃよかった)


第5章

 昼休みに真衣と近くの喫茶店に入り、二人とも日替わりランチを注文した。
 梅雨に入り、シトシトと雨が降る毎日だった。窓の外を見ると店の周りに植えられている木々の葉が雨に打たれて弾んでいる。
 (今頃、何してるのかな?)
 結子は大きく溜息をついた。

「ふふっ」と真衣が笑った。
「何?」
「恋煩いも辛いわね」
「バカ」
「あれから、どうなの?」
「うーん。特にないけど・・・。あっ、そう言えば」
「えっ、何?」
「彼の携帯が鳴ってね。よく聞こえなかったんだけど。はすい、とか言ってて、急いで出て行ったの」
「はすい、ってお産する時の?」
「やっぱり、そうかな」
「ということは、産婦人科のお医者さん!?」
 二人とも顔を見合わせた。

「でも、医者には見えないんだけどなあ」と真衣は首を傾げた。
「そうね」
「・・・結子!」
「え?」
「私にまかせて!」
「何を?」
「今日、一緒に行こう」
「いいけど。何するつもり?」
「いいから」と言うと真衣は微笑んだ。


第6章

 「つるや」の駐車場に停めてある男の車を見ながら「ターゲットはもう来てるわね」と真衣がボソリと言った。
 食堂の入口の前に来ると真衣の服を後ろから引っ張った。
「ねえ、変なことしたら絶交するわよ」と言った。
 真衣は微笑みながら「まかせといて」と言うと、店の開き戸をガラーっと開けた。

 店に入ると真衣は一目散にその男の隣のテーブルに座り、結子に手招きをしている。
 (バカッ。あんな近くに座って)

 結子は仕方なくそのテーブルに近づきながら心臓が高鳴るのを感じていた。男に近づくほど自分の鼓動も強くなっていく。

「うーん、今日は何しようかな」と真衣は壁に貼ってあるメニューの札を眺めている。
 真衣は隣のテーブルをチラリと見て「ねえ、トンカツ定食にする?」と聞いた。
 結子も隣のテーブルを見ながら「うん、それでいいわ」と答えた。
 男はトンカツ定食を食べていた。

「そうか」と真衣がコップを置きながら小さく言った。
「え?」
「磨けば光るっていうことね」
「何が?」
「彼よ。そういうタイプに見えるけど」と結子の顔を見上げるように言った。
 言われてみると確かにそうかもしれない。今の外貌はとても格好いいとは言えない。
 でも、小綺麗にして、いい服を着れば、いい男に変貌しそうな感じがする。

 男は相変わらずテーブルの上の本に夢中になっている。本を読んでいるのか、食べているのかどちらが主なのかわからない。

「周りには全然、興味ないみたいね」と小さな声で真衣が言った。
「そうね」
「近くに、こんなにいい女が二人もいるのにね」
「ふふっ」
「もしかして、女に興味がないのかな?」
「バカッ」
 その時、男の携帯が鳴った。
 着信音は黒電話だった。
 真衣が「ダサあ」って言う気がした。

「いい着信音ね」と笑いを堪えるように真衣が言った。
「はい。浅井です。・・・そうですか。予定日はいつでした?・・・わかりました。30分ぐらいで行きます。・・・はい。それじゃ。」と言うと携帯電話を切った。
 
 男は湯飲みのお茶を一気に飲み干してから席を立ち、勘定を済ませて足早に出て行こうとしている。
作品名:未来の予感 作家名:牛若丸