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食べ物による小話 #03「味噌煮込みうどん」

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「意味的にはほとんど一緒よ。語源はスペイン語での“鍋料理”を意味する“オジャ”から、というのが有力ね」
「よく知ってるな。食いしん坊の探偵が出てくるマンガでも読んだのか?」
「確かおじやに関する話はなかった気がするわ……」
 ま、どっちでもいいのだが。
「そういえば風邪引いた時、母さんが作ってくれるおじやが美味しかったなぁ」
「あぁ分かるわそれ。弱った体に染み込むのよね」
「しょうゆと卵とご飯だけの味付けなのにさ。めっちゃくちゃ美味いの。風邪の時だけって限定感からかな」
「私はそれにカニカマが入ってたわ。普通のカニカマなのに、普段より美味しいのよね。あと桃缶もね」
「モモカン? あの高校野球の女性監督?」
「あのスタイルは憧れるけどそれには無理があると思うわ」
 それしか出てこなかったんだが……。
「食べたことない? 桃の缶詰」
「ああ、そっちか。缶詰自体は食べたことあるけど、風邪の時にってのは無いなぁ」
「ふーん……。なんでかしら」
「単に忘れてるだけなのかも」
「そうよね。あなた、なんでもすぐに忘れちゃうし」
 ぞわり
 なんだかイヤな空気が、そろりと僕の背中に手を突っ込んだ。冷えた手を、急にシャツの下に突っ込まれた感じ。これはきっと世界で二番目くらいに寒い。凍えてしまう。目の前がホワイトでアウトしてしまう程だ。
 身に覚えがないので(むしろないから)話題を戻す。残念ながら僕はマシンガンでテロリストと渡り合うほど度胸がないのだ。
 僕から食べ物に話題を戻すハメになるとは……。
「結局さ、うどんは後入れなのかな」
「ん? そうね……」
 見えた! 出口だ! あれが黒部だ!
 この時ばかりはこいつの食べ物欲に感謝である。
「でもさ。うどんを後に入れたらうどんに味が染みないわよね」
「ん? 確かにそうだな……」
「中間なのかしら。ダシをとって、味噌を入れて、味噌がとけたらうどんを入れて、ある程度茹でて完成。って感じで」
「ダメだ。僕、全然料理しないからイマイチ想像付かないや」
「インスタントばっかり食べてるからよ」
「お前だってコンビニスイーツばっかり食べてるくせに」
「スイーツプラスをバカにしたらひん剥くわよ」
「どこをだ」
「その深めのささくれ」
「本気で怖いこと言ってんじゃねーよ!」

「でも、味噌煮込みうどんって、何が入ってるのかしら」
 ……こいつは味噌煮込みうどんが食べたいのだろうか。どうしてここまでうどんの話がしたいのだろうか。まるで分からない……。
 とりあえず、頭に思いついた単語を述べてみる。
「味噌とうどん」
「とっても面白い冗談ね。さっきのを繰り返したいのかしら?」
「……海老天とか卵とかネギとか」
「よろしい。私の靴を舐める権利をあげるわ」
「どんなMだそれは!」
 っていうかどんなSだお前!
「思うんだけどさ、味噌煮込みうどんって、家庭じゃあまり作らないわよね。少なくともうちじゃ作らないわ」
「そうだな。うちもそうだ」
 インスタントはあるが、外で食べるという意識が強い。僕はどっちも好きだけど。
「でも、どのお店も似た様な具を乗せて食べさせてくれるわよね」
「それがなんだ?」
「固定された具があるということは、とても完成度の高い料理じゃないかしら」
“設計が完璧だと思えるのは、もうこれ以上付け足すものがないときではなく、もうこれ以上取り去るものがないときである”
 サン・テグジュペリの『星の王子さま』の名言が頭に浮かんできた。なるほど。
「ま、確かにそうだな」
 プラスする必要はないと思うし、かと言ってマイナスすると物足りない。そう考えれば、確かに完成度が高いのだろう。
 料理の名前だけてパッと想像出来るイメージ。それこそが最も完成度が高いあり方なのだろうか。料理人ではない僕にはちょっと分からない。
「でもその上でプラスするとしたら、何を入れる?」
 マイナスにしかならない気もするが……そんなことを言っては意味がない。
「うーん……しその天ぷらとか、ちくわとかかなぁ」
「肉類なら鴨も合わない?」
「そうだな。あとはなんだろ。……にんじん?」
「何無難なものを上げてるのよ。ここはあえて牛肉とか、ごっつい物を入れてみてはどうかしら?」
 それこそ食べ物への暴挙ではないか。
「誰が食うんだ」
「私の靴を舐める男よ」
「じゃあ誰も居ないな」
「なんならあーんしてあげてもいいわよ?」
「それはキックって言うんだよ!」

 コンサートの会場から北へ。そこを突き当たってからはまっすぐ西へ。ずいぶん歩いていたのだが、うどん屋さんは見当たらなかった。周りにあるのは事務所か病院くらいなものだ。
 こうやって歩いてみると、この辺りは食べるところが無い。飲み屋やお昼時に行く店ならいくつかあるケド……。
「そういえば」
 ふと彼女が声を上げた。
「ん?」
「あの曲がってきたところを反対側に行ったらうどん屋さん無かったっけ?」
 ……?
 ――!
「確か……うどんの種類を選んで、おにぎりと天ぷらを自分で持って、最後に清算するお店。無かった?」
「……ナカッタヨ」
「そうだったかしら……。私、ああいうお店はあまり好きじゃないんだけど、あそこの温卵のだけは好きなのよねー」
 ……。
「ちょっと聞いてるの?」
「モチロンキイテル「このバナナグモ野郎」
 本名ではアシダカグモ。夜行性。日本では主に人家で見られる。成体の足まで入れた全長は、なんと最大十三センチにも及ぶ。「クモの子を散らす」の語源でもある。
「また……害虫扱いかよ……」
「何やってんのよあんたは! 右に曲がったらすぐだったじゃない!」
「面目ない……」
「本当よ! このクモ助!」
 二度目である。
 さすがに反論してみる。
「なんだそれ! こっちに来たのはお互いだろ! っていうかその害虫扱いやめろ!」
「何言ってるの。益虫よ。あのゴキやハエ、小さなネズミすら食べるらしいじゃない!」
「クモだろうがゴキだろうが嫌いな人にとってどう大差あるんだ!」
「バカね。あのクモが二、三匹家の中に居ると、ゴキが半年で全滅するらしいわよ? あなた出来る?」
「くっ……。グゥの音も出ない……!」
「ふ……。クモ以下ね」
 この女……。いつかなかせてやる……!
 ちょうど僕が平謝りをしたところで、ついに大きな交差点に出てしまった。ここまで来ればもう戻るのは辛い。かと言って、食べるところは飲み屋くらいで、うどん屋さんは無い。
 地下鉄の入り口の前で、僕達は足を止めた。
「歩いてうどんか、電車で帰るか。どっちがいい?」
「電車で名駅まで出て、そこからうどんっていうのは無いのかしら?」
 あんたのせいでしょ。このアブラムシ野郎!
 とか言われるかと思ったが、そうでも無かった。僥倖である。しかし、そうなると僕が知ってるうどん屋さんは大分コシがある所になる。
 ……となると。
「ここからまっすぐ行ってコンビニの所を曲がると、美味しいうどん屋さんがあるんだけど」
「ふむ」
「かなりかかる」
「なるほど」
「どうする?」
「まず第一に」
「ほう?」
「歩くのは構わないわ。美味しいうどんの為だもの」
「そりゃ光栄で」
「第二に、ありがとう」
「なんだそりゃ?」