食べ物による小話 #03「味噌煮込みうどん」
「味噌煮込みうどんの作り方とは?」
その言葉と共に、信号機を冷たい風が通り抜けた。
「……また食い物の話か」
僕は基本的に無視ということが出来ない。相手の話を聞かないということは、人間として間違った行為だと、親にしつこく教わってきた。それは正常に受け継がれ、僕の習性となっている。
だからこの女の、よく分からない食べ物議論に付き合うのである。決して言い訳ではない。
「またとは何よ。バカにしてるの? 練りこむわよ」
「うどんにか」
「ううん。魚肉ソーセージに」
「都市伝説にありそうで怖えよ!」
お前たちは一体何をしているのか。そう思われるでしょう。お答えします。
僕達は共通の友人の誘いを受け、名古屋市荒子にある小劇場へと足を運んでいた。そこで開催された吹奏楽のコンサートを聴きに来たのだ。
アンコール。拍手。挨拶など。友人へお礼と差し入れを渡し、僕達は満足して表へ出た。音楽はやっぱり素晴らしいなどと知ったかぶりをしながら。
そして赤信号を待っていると、彼女が携帯電話の電源を入れた。時刻は午後六時。そろそろ友人の演奏したホルンが、僕達のお腹でもスタンバイを始める頃だ。音としてはテューバだが。
青。
僕達はまず、北側へ向かった。スーパーを通り過ぎ、駅のそばで少し立ち止まる。
「右へ行けば金山。左へ行けば高畑。ここには駅」
「お腹空いたわ。何か食べましょ」
「この辺りだと定食屋か、ファミレス。ラーメン屋……といったところかな。お好み焼き屋さんもあるね」
「ああ、ちょっと奥入った、パチンコ屋さん裏の? 美味しいんだけど、こないだらーめん食べたしね」
「となると残りの三つか」
「パスね。あそこの定食屋のメンチカツは美味しいけど、昨日コロッケ食べちゃったし、お好み焼きは今度作るってお母さんが言ってた。ファミレスは気分じゃないわ」
「そいつはお気に召しませんで」
「女心は、ってヤツよ」
「は。まさにすかいらいくってか」
「なにそれ」
「……sky like」
空の様。
「正確には like a sky じゃないかしら」
ぐ。
その言葉によって、世界で上位三つくらいには入るであろう寒さが僕を襲う。富士山の頂上ですら、これ程は寒くないだろう。ちくしょう。
すると突然、彼女が僕の手をきゅっと握った。優しい目をして、僕の手を自らの胸に当てる。
「大丈夫。とっても面白かったわ。聞いたのが私じゃなかったらきっと抱腹絶倒よ? 本当よ? 私、今とっても笑いをこらえてるの。ここが私の部屋なら、きっとお腹を抱えて床を転がりまわっているわ。嘘じゃないわ」
「本音を言え」
「なぐさめてやったんだからなんか食べさせなさいよ」
うぜえ。
結局、帰る前に腹を満たすべく、僕達は左へ向かった。そして歩き出した途端、ブーツを鳴らす女は口を開く。
「味噌煮込みうどんについて語りなさいよ」
この女、やはり疑問に思った食べ物に関しては、スッポン並みである。
「なんでスッポン?」
食いついたら離さない。
「あー。……うん。六十一点」
なんて微妙な!
てか
「普通に僕の頭の中に入ってくるな! お前は超能力者か!」
「あなたの頭の中なんてまるっとお見通しよ」
「久々に映画やるもんな」
「あの教授にまた会えるのはとっても嬉しいわ」
期待しております。
「んで、うどんについて語りなさい」
はー……。
何ため息ついてんのよ。
「侵入までしてくるなよ。普通に怖いぞ!」
いいから、ほら。
僕は再びため息をついた後、味噌煮込みうどんと頭の中の検索サイトに打ち込んだ。
いくつかヒット。
「名古屋には有名な味噌煮込みうどん屋があるよな」
最初に出てきたお店をピックアップ。確か、一緒に行ったこと無いハズなので、話を合わせやすい。何より、美味しい。
と思ったものの、帰ってきた答えはそつなかった。
「私あそこはね……」
ああ、行ったことあるんだ。
……。
「お気に召さなかったんだ」
「というよりも、あごが疲れちゃったのよ」
「あー……。コシがあるからな」
そこが美味いんだけどな。
「それに、ちょっと割高だしね」
「そういえばそうね。私はあんまり分からないケド、普通うどんって言ったらもっと安いわよね」
値段に見合った味だとは思うのだが、庶民食の値段かといわれると、やっぱり首が傾くのだ。
「しょうがないんだよ。あれは高級食材なんだから」
「髪の毛があずきの美少年じゃあるまいし」
「それはあまりにも分からないと思うぞ?」
「というより、完成品として出されたうどんに、高級食材という表現はどうなの?」
「いやいやそうではなく。元々の素材がとても高いんだよ。あのうどんの材料は」
「名古屋コーチンだもんね」
それだけではないだろう。他にも色々と良い素材を使用しているだろうし、職人技もふんだんに振るわれているからこその、味と値段なのだ。
だが、彼女のお気には召さなかったようだ。
「そういうのってどうなの? ラーメンでもチャーハンでもそうだけど」
「……B級食に高級素材を使うことか?」
あそこのうどんは間違いなくA級だと思うけど。味も素材も。
「そう。そもそもB級ってのを誰が定義したか知らないけど、素材がA級なら、それで作られたB級はもはやA級じゃないかしら」
「つまり翻訳するとだ」
彼女は長い黒髪をくるりと手で回し、答えた。
「……ざっくり作りなさい」
「しすぎだ!」
翻訳方法も! 答えも!
「B級ならB級らしい材料を使えってことだろ? 凄いカニとか幻のエビを使ったうどんじゃなく、市場でさらっと買えちゃうような素材で作ったうどんこそB級らしい。そういうことだろ?」
「さすがね。大体合ってるわ」
「……合ってないところはどこだよ」
「私ならうどんじゃなくて小説で例えたわ」
「うどんにしとけよそこは! タイトル読み返せ!」
「またメタ発言? 二番煎じは誰がやっても面白くないわよ」
「誰のせいだ! 誰の!」
というか、小説だとどうなるんだ。
「そうねぇ」
「なんかやな予感がするな……」
「タイトルに『いけにえ』と銘打って、主人公が代々の勇者。しかし子を残して魔王を退治に行くと、帰ってこない。という感じかしら」
「ようはその勇者がいけにえで、村を守ってたってか。B級だな」
「ほら」
「……はっ!」
「そもそも」
「ああ、まだ味噌煮込みうどんの話は続くのか……」
諦めたかと思ったんだが……。
落胆する僕を無視し、彼女は続けた。
「味噌を煮込んでいるのかしら。それとも味噌で煮込んでいるのかしら」
どうやら話は作り方に移動したようだ。
「普通に考えたらうどんは後入れだろ。伸びるしコシが無くなる」
「そういえばそうよね。じゃ、味噌を煮込んだうどん? ん? 味噌を煮込む?」
「……そういわれると、なんだか味噌汁にうどんをぶっこんだ気持ちになるよ」
「そういうこと言うからダメ男なのよ。ねこまんま思い出しちゃったじゃない」
「ねこまんまはご飯に掛けるだろ?」
「え? お味噌汁にご飯を入れない?」
「そしたら雑炊じゃないか」
「雑炊は炊き込む料理でしょ」
「ん? じゃあおじや?」
その言葉と共に、信号機を冷たい風が通り抜けた。
「……また食い物の話か」
僕は基本的に無視ということが出来ない。相手の話を聞かないということは、人間として間違った行為だと、親にしつこく教わってきた。それは正常に受け継がれ、僕の習性となっている。
だからこの女の、よく分からない食べ物議論に付き合うのである。決して言い訳ではない。
「またとは何よ。バカにしてるの? 練りこむわよ」
「うどんにか」
「ううん。魚肉ソーセージに」
「都市伝説にありそうで怖えよ!」
お前たちは一体何をしているのか。そう思われるでしょう。お答えします。
僕達は共通の友人の誘いを受け、名古屋市荒子にある小劇場へと足を運んでいた。そこで開催された吹奏楽のコンサートを聴きに来たのだ。
アンコール。拍手。挨拶など。友人へお礼と差し入れを渡し、僕達は満足して表へ出た。音楽はやっぱり素晴らしいなどと知ったかぶりをしながら。
そして赤信号を待っていると、彼女が携帯電話の電源を入れた。時刻は午後六時。そろそろ友人の演奏したホルンが、僕達のお腹でもスタンバイを始める頃だ。音としてはテューバだが。
青。
僕達はまず、北側へ向かった。スーパーを通り過ぎ、駅のそばで少し立ち止まる。
「右へ行けば金山。左へ行けば高畑。ここには駅」
「お腹空いたわ。何か食べましょ」
「この辺りだと定食屋か、ファミレス。ラーメン屋……といったところかな。お好み焼き屋さんもあるね」
「ああ、ちょっと奥入った、パチンコ屋さん裏の? 美味しいんだけど、こないだらーめん食べたしね」
「となると残りの三つか」
「パスね。あそこの定食屋のメンチカツは美味しいけど、昨日コロッケ食べちゃったし、お好み焼きは今度作るってお母さんが言ってた。ファミレスは気分じゃないわ」
「そいつはお気に召しませんで」
「女心は、ってヤツよ」
「は。まさにすかいらいくってか」
「なにそれ」
「……sky like」
空の様。
「正確には like a sky じゃないかしら」
ぐ。
その言葉によって、世界で上位三つくらいには入るであろう寒さが僕を襲う。富士山の頂上ですら、これ程は寒くないだろう。ちくしょう。
すると突然、彼女が僕の手をきゅっと握った。優しい目をして、僕の手を自らの胸に当てる。
「大丈夫。とっても面白かったわ。聞いたのが私じゃなかったらきっと抱腹絶倒よ? 本当よ? 私、今とっても笑いをこらえてるの。ここが私の部屋なら、きっとお腹を抱えて床を転がりまわっているわ。嘘じゃないわ」
「本音を言え」
「なぐさめてやったんだからなんか食べさせなさいよ」
うぜえ。
結局、帰る前に腹を満たすべく、僕達は左へ向かった。そして歩き出した途端、ブーツを鳴らす女は口を開く。
「味噌煮込みうどんについて語りなさいよ」
この女、やはり疑問に思った食べ物に関しては、スッポン並みである。
「なんでスッポン?」
食いついたら離さない。
「あー。……うん。六十一点」
なんて微妙な!
てか
「普通に僕の頭の中に入ってくるな! お前は超能力者か!」
「あなたの頭の中なんてまるっとお見通しよ」
「久々に映画やるもんな」
「あの教授にまた会えるのはとっても嬉しいわ」
期待しております。
「んで、うどんについて語りなさい」
はー……。
何ため息ついてんのよ。
「侵入までしてくるなよ。普通に怖いぞ!」
いいから、ほら。
僕は再びため息をついた後、味噌煮込みうどんと頭の中の検索サイトに打ち込んだ。
いくつかヒット。
「名古屋には有名な味噌煮込みうどん屋があるよな」
最初に出てきたお店をピックアップ。確か、一緒に行ったこと無いハズなので、話を合わせやすい。何より、美味しい。
と思ったものの、帰ってきた答えはそつなかった。
「私あそこはね……」
ああ、行ったことあるんだ。
……。
「お気に召さなかったんだ」
「というよりも、あごが疲れちゃったのよ」
「あー……。コシがあるからな」
そこが美味いんだけどな。
「それに、ちょっと割高だしね」
「そういえばそうね。私はあんまり分からないケド、普通うどんって言ったらもっと安いわよね」
値段に見合った味だとは思うのだが、庶民食の値段かといわれると、やっぱり首が傾くのだ。
「しょうがないんだよ。あれは高級食材なんだから」
「髪の毛があずきの美少年じゃあるまいし」
「それはあまりにも分からないと思うぞ?」
「というより、完成品として出されたうどんに、高級食材という表現はどうなの?」
「いやいやそうではなく。元々の素材がとても高いんだよ。あのうどんの材料は」
「名古屋コーチンだもんね」
それだけではないだろう。他にも色々と良い素材を使用しているだろうし、職人技もふんだんに振るわれているからこその、味と値段なのだ。
だが、彼女のお気には召さなかったようだ。
「そういうのってどうなの? ラーメンでもチャーハンでもそうだけど」
「……B級食に高級素材を使うことか?」
あそこのうどんは間違いなくA級だと思うけど。味も素材も。
「そう。そもそもB級ってのを誰が定義したか知らないけど、素材がA級なら、それで作られたB級はもはやA級じゃないかしら」
「つまり翻訳するとだ」
彼女は長い黒髪をくるりと手で回し、答えた。
「……ざっくり作りなさい」
「しすぎだ!」
翻訳方法も! 答えも!
「B級ならB級らしい材料を使えってことだろ? 凄いカニとか幻のエビを使ったうどんじゃなく、市場でさらっと買えちゃうような素材で作ったうどんこそB級らしい。そういうことだろ?」
「さすがね。大体合ってるわ」
「……合ってないところはどこだよ」
「私ならうどんじゃなくて小説で例えたわ」
「うどんにしとけよそこは! タイトル読み返せ!」
「またメタ発言? 二番煎じは誰がやっても面白くないわよ」
「誰のせいだ! 誰の!」
というか、小説だとどうなるんだ。
「そうねぇ」
「なんかやな予感がするな……」
「タイトルに『いけにえ』と銘打って、主人公が代々の勇者。しかし子を残して魔王を退治に行くと、帰ってこない。という感じかしら」
「ようはその勇者がいけにえで、村を守ってたってか。B級だな」
「ほら」
「……はっ!」
「そもそも」
「ああ、まだ味噌煮込みうどんの話は続くのか……」
諦めたかと思ったんだが……。
落胆する僕を無視し、彼女は続けた。
「味噌を煮込んでいるのかしら。それとも味噌で煮込んでいるのかしら」
どうやら話は作り方に移動したようだ。
「普通に考えたらうどんは後入れだろ。伸びるしコシが無くなる」
「そういえばそうよね。じゃ、味噌を煮込んだうどん? ん? 味噌を煮込む?」
「……そういわれると、なんだか味噌汁にうどんをぶっこんだ気持ちになるよ」
「そういうこと言うからダメ男なのよ。ねこまんま思い出しちゃったじゃない」
「ねこまんまはご飯に掛けるだろ?」
「え? お味噌汁にご飯を入れない?」
「そしたら雑炊じゃないか」
「雑炊は炊き込む料理でしょ」
「ん? じゃあおじや?」
作品名:食べ物による小話 #03「味噌煮込みうどん」 作家名:倉雲響介