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参時の冒険譚

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二 事情


  12

 「これ飲めよ,体調が治る」
マンドゥーハが僕に渡してきたのは,焼酎のボトルだった。
「イスラム教じゃないの?」
イスラム教は宗教上,お酒は飲まないことになっている。
「エジプトを変えるって言ったじゃないか」
彼は言った。
「ごめん,僕は飲めない」
 今日も朝の三時に目覚め,いつもの流れでここに来た。目を開けると,エジプト国軍の駐屯地にいた。もうライラには会わないのだろうか?
「一応な,焼酎は古代エジプトの発祥なんだ」
十五歳の僕は,それを断ると氷水をもらった。
 「しかし,銃の音がダメなのか? おまえ」
「そうらしいです」
「あれからずっと寝てたぞ。俺はもう闘って来ちまった」
「どうだったんですか?」
「まずまずだ。オアシスの集落に攻め入った」
「オアシス?」
「ああ」
「なんでまた」
「あ,言ってなかったか」マンドゥーハは,ソファに深く座った。
「俺達の目的は,砂漠緑化だ。もうこれは決定事項なのだが,それを行うためには砂漠の住民を説得しなきゃならねぇ。集落への執着心が強いやつほどにな。しかし,その中には反抗してくる奴がいる。エジプト政府から下げられてきた命令は,『殺してでもその意志を突き通せ』というものだった。もうじき戦争が始まるのさ」
僕は一瞬,言葉を失った。殺してでも意志を突き通す…。
「真っ先に大きいオアシスを攻めれば,緑化が進みやすくなる。だから…」
「そんなに砂漠緑化って大切なんですか?」
僕の介入にマンドゥーハがびっくりしていた。
「どうしたんだ? そんな恐い顔して」
僕は,黙ってしまった。少し大きな声になってしまったようだ。しかし,僕にとってオアシスが攻め込まれるのは嫌だった。
 「…エジプトを変えるためには,少しの犠牲はやむを得ないんだ」
彼は,どうやら察したようにそう言った。

  13

 僕は次の日,マンドゥーハに案内をしてもらい,カイロを観光した。政府の命令の酷さについては取りあえず考えないことにした。
 昨日マンドゥーハと話をして寝た後,元の世界には戻らずに僕は今日またエジプトで目を覚ました。
 「スフィンクスだ」
「あれは,ギザという隣町にある。十二キロくらい離れているが,高いからここからでも見えるんだ。ちなみに,スフィンクスの隣には三大ピラミッドもある」
観光の最後にと,のぼったそのタワーからは,カイロ周辺が一望できた。もちろん,スフィンクスも。ナイル川なんて,すぐ真下を流れている。それは,なんというか本当に素晴らしい景色だった。
ピラミッドを指して僕は尋ねた。
「あれも壊すの?」
「政府は,スフィンクスとピラミッドは経済を潤すから残しておくと言っている」
彼はさらっとそう言った。
 マンドゥーハは,昨日にも血を見た人とはまるで思えなかった。ヘラヘラしている。
 そうして歩いていると,なぜか予期せずに,頭痛が起こった。
「おい,またかよ」
マンドゥーハが話しかけてくる。かがみ込むと同時に,視界が白くなった。

  14

 気がつくと,アフマド村長のテントにいた。
「おお,生き返ったか」
そこには,村長と,ライラと,知らない男がいた。
「錬金術師の方よ。見に来てくれたの」
 その男は,「かなり苦労されているようですね。気をつけてください」とだけ言い残して,その場を立ち去った。

 「ライラ,今何年?」
「えっと,二六九〇…」
「二六九八年だ」
村長が答えた。二十八世紀の三年前は…。
「アフマドさん,ここに国軍が攻め入ってくるよ,砂漠緑化のために! どうにかしないと!」
「大丈夫だ,分かってる。この前言っただろう? この辺りで戦争が起きているって」
「大丈夫よコージ,もう私達は決心がついているの」
「…決心って?」
「闘うわ」

  15

 「闘うわ」ライラは言った。ライラが? 僕は,
「僕も闘います」
と言っていた。
カーンカーンカーン
 テントの外で鐘が鳴った。聖地メッカに向けた礼拝の始まりの合図だろう。しかし,僕と二人は依然として向かい合っていた。
 「なんでコージが闘うの?」
「僕は闘いたいんだ。なんだか闘争心が出てきた」
村長は黙っていた。
「別にいいのよ,あなたが闘わなくても」
「闘わせてください,村長」
「…おまえは私達のために闘うのか?」
「はい」
「違うと言いな。エジプトの文化のために闘うと言ってくれ。そうでないと,私達はおまえをかばうことを優先してしまう」

  16

 白い天井が見える。僕は,病室にいた。
「広司,大丈夫か?」
「起きたのね?」
父さんと母さんがいる。母さんは泣いていた。
 久しぶりの世界だ…。そう感じてしまった。「父さん,僕は闘うんだよ」
「何言ってるんだ」
僕は苦笑した。これでは,まるで病んでる人だな。それっきり,僕は黙った。

 その後,医者が病室に入ってきた。
「特に異常はありませんでしたよ」
営業スマイルでそう言った。
「広司は大丈夫なんですか?」
母さんが聞く。
「心配ありません。多分大丈夫ですよ,お母さん。早く起きれなくなったのは,疲れか何かだと思いますが,念のため今日は入院させてあげてください」
医者は,笑顔のまま僕に寄ってきた。
「左足の小指が腫れてたね。最近かな? 一応テーピングしておいたよ。あ,ではお大事に」

 夢じゃなかったんだ! その医者の言葉で分かった。僕は,本当に未来に行っていたのかもしれない。すると,この後未来で闘うということになり,命を落とす危険性もある。いや,しかしそれは自分から望んだんだ。
 闘いたかったんだ。ライラと共に。

作品名:参時の冒険譚 作家名:kuma