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参時の冒険譚

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ライラが,見渡す限り一番大きいと思われるテントの前で止まった。
そうか,さっきのは祈りだったんだ。この前読んだ本によると,イスラム教の信者は一日に五回も,聖地メッカに向けて礼拝をする。その一回だったのだろう。
ライラは,テントの見張りに話をつけると,「こっちよ」
と声をかけてきた。

  7

 僕とライラがテントに足を踏み入れると,年配の男が中にいた。
「いらっしゃい。私はここの村長のアフマドだ」
「関戸広司と申します」
「コージ? あまり聞かないな」
「そう言われたのはあなたで二回目です」
「どこから来たんだね」
「自分でも分からないんです」
「…もしかしてスパイじゃないだろうね」
「え?」
「知らないのか? 今この辺では戦争が起こっているんだよ」
 僕は,その言葉に息詰まった。その時,予期せずにいきなり乾いた銃声が聴こえた。
「まただ」村長が冷静に呟いた。
 その後,立て続けに三発の銃声が聞こえた。その音が頭の中でこだました。僕は,立ちくらみを覚えて座り込んだ。意識が薄れていく。その中で,アフマドが立ち上がるのがなんとなく見えた。

  8

 鳴り響くアラーム音に,僕は目を覚ました。それを右手で止めて起き上がる。指を折って確認してから,「今日は日曜日か」と呟いた。父さんは仕事,母さんは地域のボランティア活動で家を出ていて,妹は何故だか分からないが,家を出ていた。時間は八時を過ぎている。
 銃声がアラーム音と重なったのだろう。さっきは,村長に心配をかけたかもしれない。
 冷蔵庫に入っていた朝食のプレートをレンジで温め,それを食べた。
 エジプトでは,今戦争が起こっているのだろうか? ニュースでは取り上げられてないが,それは小さな集落だからなのかもしれない。あの世界が夢なのかは分からないが,興味はあった。しかし,僕がエジプト人と話せるのも不思議な話だな,と思った。
 食休憩を終えると,受験勉強を始めた。この前の判定模試ではなんとか合格ラインに滑り込み,周りには「この調子で」と言われている。
社会の記述問題で,何故アフリカの一部では緯経線通りに国境線が定められたのか,という問いが出た。確かこの前連想記憶で覚えたような気がする。
それは,むかし植民地が…。

  9

 パターン2の頭痛が起きたのは,その日の深夜だった。痛さはいつもと変わらないのだが,何かが違った。三時になり,僕の体はいつものように浮く。

 「おい,大丈夫かよ」
気がつくと,ある男がいた。自衛隊が着ているような迷彩色の服を身に纏って,拳銃より大きな銃を肩にかけている。前と違うのは,場所だった。
「さすがによ,外で寝てると風邪引くぞ」
その男が言った。僕は,アスファルトの上で横になっていた。辺りは暗かったが,見回すと,高層ビルが立ち並んでいるのが分かった。
「…ここは?」
「あんたの寝室だよ,なんてね。おまえ,どこの奴だ?」
 しばらく首をかしげていると,相手は「マジで?」というように,
「カイロの中心街だよ,カイロの」
と言った。カイロとは,エジプトの首都のことだろうか? その疑問を察したかのように,彼は答えた。
「エジプトの首都のカイロだよ。それよりおまえ,どこの奴なんだ?」
「…日本」
「え? 日本?」
彼は,ニカッと笑った。
「おまえはどこの馬鹿なんだ」

  10

 彼の話によると,日本は二五〇一年か二五〇二年に海底に沈没したらしい。
「今,何年なんですか?」
「あと三年で二十八世紀だよ」
僕の頭はどうやらタイムマシーンらしい,と思ったが,言わなかった。言っても相手にされないだろう。
 「おまえ,面白いな」彼は,呟いた。
「俺はエジプト国軍の軍曹のマンドゥーハだ。宜しく」
「関戸広司です。コージって呼んでください」
「コージ? この辺では聞かない名前だな」
僕は苦笑した。

 「明日がな,俺の初出兵の日なんだよ」
マンドゥーハは,目を輝かせてそう語った。
「俺達がエジプトを変えるんだ」
「それは本物の銃?」
「当たり前だよ。自動小銃だ」
マンドゥーハが安全装置をはずし,それを上に向けて引き金をひいた。パン! とこの前と同じ炸裂音がした。
 予感はしていたが,頭痛がした。パターン2の。
「マジかよ,大丈夫か?」
迷彩服の声がする。僕は,現実に引き戻された。

  11

 東側の窓から差し込む光が眩しい。カシオの時計はもう九時を回っている。
「よかった,起きた」
母さんが勉強机の椅子に座り込んでいた。
「もう起きないかもしれないと心配したのよ」
 もう一時間目は始まっている。僕は支度を始めた。母さんが話しかけてきた。
「病院行く?」
確かにその必要があるのかもしれない。しかし僕は,
「大丈夫」
と答えた。

 自転車が風を切る。九時を過ぎた静岡は,まだ少し夏の暑さが残っていた。エジプトよりジメジメしている。
 考えてみれば,僕はエジプトを鮮明に覚えていた。あれは夢じゃないのかもしれない。しかし,説明できない点がいくつもある。信号が赤になり,僕は止まった。
 ライラとマンドゥーハは繋がりがあるのだろうか? 僕は何故エジプトばかりに行くのだろうか?

作品名:参時の冒険譚 作家名:kuma