【創作】汝は人狼なりや?【NL】
館の周囲は、既に多くの村人で取り囲まれていた。頑丈な門に阻まれてはいるが、人々は拳を振りあげ、怒声をあげる。
『狼憑きを出せ! 処刑しろ!』
猛り狂う人垣に阻まれ、ディルは思うように進めずにいた。
「違う! 彼女じゃない!」
叫んでもその声はかき消され、館に近づこうとしても押し返される。
『狼憑きを出せ! 処刑しろ!』
後から後から村人達が押し寄せて、ローズを引き渡せと要求した。
『殺せ! 狼憑きを殺せ!』
「皆様、お静かに!」
今にも館を取り壊しそうな勢いの人々の背後から、凛とした声が響く。その有無を云わさぬ響きに、一転して水を打ったように静まり返った。
ディルも驚いて声の方を向くと、アスターが背を伸ばし、立っている。
「何だ・・・・・・魔道士・・・・・・?」
ひそひそと囁き交わす声が聞こえた。
いつもとは打って変わった、黒いローブに多量の装身具。一目で魔道士と分かる出で立ち。ディルは一度だけ見せてもらったことがある。
『いかにも胡散臭いだろう? こんな格好でうろつく奴の気がしれんよ』
そう言って、アスターは笑っていたけれど。今の彼は、その姿にふさわしい威厳を纏い、場を完全に掌握していた。
アスターが、一歩前に出る。それにつられて、人々は身を寄せた。まるで、予言者が海を割った伝説のように、アスターの前に道が開く。
門の前までたどり着くと、アスターは当然のように押し開けて、中へと入っていった。村人達は自然と一列になって、彼に付き従う。ディルも、魅せられたようにふらふらと後を追った。
館の扉に着き、アスターは丁寧にノックをしてから、領主に話があると告げる。
沈黙の後、僅かに開いた隙間から、憔悴した顔の領主が姿を現した。
村人と領主、双方が口を開く前に、アスターは僅かな身振りで沈黙させる。
「貴方のお嬢様に、狼憑きの呪いが掛かっているとの訴えがありました。私は魔道士として、この事態に対処しなければなりません。狼憑きの呪いは禁術であり、使用したものは処罰されます。同時に、呪いを掛けられた者は、気の毒ですが処刑せねばなりません。それが掟です」
淡々としたアスターの言葉に、ディルは足下が崩れ落ちるるような気がした。
呪いを掛けられた者は処刑される。もし、自分が狼憑きであることを知られたら・・・・・・
「ですが、罪のない者を処刑することは、より重い罪となります。もし、濡れ衣を着せてしまったら、その責任は、糾弾した者全てが負うこととなります」
そこでアスターは、付き従ってきた村人達を一瞥し、周囲の人々に別の怯えが走る。
「この中に、領主様の娘が確かに狼憑きであると、断言できる者がありますか?」
アスターの視線を避けるように、人々は身を縮めた。狼憑きは恐ろしい。だが、その呪いを操る魔道士は、もっと恐ろしく得体の知れない存在だと、思い知らされる。
アスターは再び領主に向き直ると、
「本物の狼憑きなら、満月の夜に変身するはずです。それまで、お嬢様の身柄を、私に預けてくださいませんか。無実が証明されれば、傷一つつけずにお返しすることを誓います。けれど、もし訴えが正当なものであったら」
「構いませんわ」
アスターの言葉を遮り、領主の背後からローズが現れた。
背を伸ばし、昂然と顔を上げた彼女の美しさに、周囲から場違いな溜息が漏れる。
領主が何か言い掛けたが、先にアスターが一礼した。
「貴女の勇気には感服いたします、ローズ様」
「私の方こそ、貴方に感謝いたしますわ、アスター。貴方がいなければ、私は身の潔白を証明することもできなかったでしょう」
ふと、ローズの視線が村人の上をさまよう。ディルは、一瞬、彼女と目があったように感じたが、すぐに逸らされてしまった。
「では、失礼ながら、貴女の身柄を拘束します、ローズ様。ご無礼をお許しください」
アスターはそう言って、ネックレスを一つ外すと、彼女の両手首に巻き付ける。
「では、私の屋敷へ。ご不便をお掛けしますが、辛抱願います」
「お世話になりますわ、アスター。お父様、何も心配しないで。私は呪いを掛けられてなどいないのですから」
ローズは微笑み、アスターに促されて歩きだした。
人々が怯えて後ずさる中、ディルは慌てて前に出るが、声を掛けることが出来ずに、二人の後ろ姿を見送る。
人々は顔を見合わせ、ひそひそと囁きあい、やがて散っていった。
作品名:【創作】汝は人狼なりや?【NL】 作家名:シャオ