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【創作】汝は人狼なりや?【NL】

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雑貨屋を通り過ぎた時、脇道から子供の声が響く。

「狼憑きが来たぞ!」

ディルは飛び上がり、籠を落とした。
身を潜める場所はないかと慌てて周囲を見回していると、はやし立てるような声が続く。


人喰い狼 捕まった
罠にかかって 捕まった


脇道に目をやれば、数人の男の子が、一人の女の子を取り囲んでいた。女の子はしくしくと泣いていて、男の子達はよけいに声を張り上げる。


人喰い狼 木に吊せ
首に縄つけ 腹に石詰め


輪の中から手が伸びて、女の子をこずいた。右へ左へと、小さな体が揺れる。
その姿が、木に吊された姉を思い出させた。
風に揺れて、右へ、左へ、足下には血溜まりが・・・・・・


そして最後に


「やめろ!!」

ディルは大声を張り上げ、子供達の輪に突進した。男の子達は悲鳴を上げて、散り散りに逃げる。
泣いていた女の子も、ディルの剣幕に驚いたのか、男の子達とは別の方向に走り去った。

「あっ・・・・・・」

一人取り残されたディルは、ぼんやりと辺りを見回してから、地面に落とした籠を拾い散らばった道具を集める。胸にしっかりと抱いて、背を丸めると、建物の影に身を潜めるように、のそのそと歩きだした。



十五年前、学校から帰る途中。
道端にうずくまっていた男。
みすぼらしく、薄汚れ、嫌な臭いがする男は、黄ばんだ歯を剥きだして、こう聞いてきた。

「坊主、お前は今、幸せか?」

しゃがれた声に恐怖を覚え、ディルが無視してやり過ごそうと足を早めると、男は腕をつかんできた。

「お前は、幸せか?」

離せ、とか、やめろ、とか、叫んだ覚えがある。壊れたレコーダーのように質問を繰り返す男に、ディルはとうとう叫んだ。

「ああ幸せだよ! これ以上ないくらいな!」

来週の誕生日には、父が新しいナイフをくれる約束だった。母はディルの好きなものを全部作ると言ってくれ、姉がこっそりプレゼントを用意してくれているのも知っている。だから、教えてやったのだ。自分は幸せだと。

「そうか。だったら、不幸になれ」

血走った目がぎらりと光り、ディルはめまいを覚えてしゃがみ込んだ。

「不幸になれ。不幸になれ不幸になれ不幸になれ! お前ら全員、地獄に叩き落としてやる!!」

男の獣じみた叫び声と、体に走る軋むような痛み。
忘れたくても忘れられない、悪夢の始まりだった。


『狼憑きが現れたぞ!』


村人達の叫び、悲鳴、罵声。
自分が、人ならざるものに変化していることに気づいた時の、絶望。

『殺させるものか。お前は、私達の子だ』

両親は、変質した自分を抱き締めてくれた。耳まで裂けた口も、鋭い牙も、黒光りする爪も恐れずに。

『ディル! 逃げなさい!!』

小柄な体で、精一杯自分を隠してくれた姉の声に押され、一人逃げ出した。家族を置いて。自分一人。
山奥の洞窟に身を潜め、追っ手が諦めるのを息を殺して待った。
夜が明けて、人の姿に戻った時は、あれは全て夢なのだと思った。何もかも悪い夢で、家に帰れば、心配した両親と姉にこってり叱られて、急いで学校に行きなさいと促されることだろう。

そう、あれは全部夢だったのだと。そう思って。

こっそり村に戻ったディルが見たのは、村人達の手で吊された、両親と姉の無惨な姿だった。



『狼憑き』

あの不気味な男が魔道士で、人を狼に変える呪いを掛けられたと知ったのは、大分後のこと。
呪いを解く方法はなく、狼憑きは見つけ次第処刑しなければならないと分かった時は、命に何の未練もなかった。

あの時、何故自分は逃げ出したのだろう?
一緒に吊されるべきだったのだ。家族には何の咎もない。
呪いを掛けられたのは、自分なのだから。

何度も命を絶とうとした。けれど、その度に、姉の背中と、最後の言葉が引き留めた。両親と姉が自分を逃がしたのは、生き延びさせる為ではなかったのかと。
遺体を弔うことすら叶わなかった自分に、勝手な真似は許されないのではないかと。

泣いて泣いて泣き続け、ディルは死ぬことを諦めた。
そして、「狼憑き」であることを隠し、一人放浪し続けることを決めた。孤独のまま、命が尽きるまで。