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【創作】汝は人狼なりや?【NL】

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早朝、ディルは研ぎ道具を籠に入れ、いつもの市場へ向かう。背を丸め、のそのそと道の端を歩く彼に、目をやる者はいない。
この村に流れてきて二年、彼は極力目立たぬよう、ひっそりと暮らしていた。
市場の端で道具を広げ、ぼんやりと客を待つ。周囲では露天商達が威勢のいい呼び込み合戦を繰り広げているが、ディルは黙って俯いていた。

「失礼、ここは研屋ではないかね?」

声を掛けられ、ハッとして顔を上げる。相手の顔を確認して、ディルはくしゃくしゃの笑みを浮かべた。

「なんだ、アスターか。今日は随分早起きだな」

この村で唯一の友人である魔道士は、ディルの前にしゃがみ込むと、

「全く、珍しいだろう? 慣れないことはするもんじゃないよ。朝の新鮮な空気を吸いながら髭を剃っていたら、このざまだ」

アスターは首を傾げ、切り傷のついた顎を突き出してくる。

「何だ、剃刀か? だから手入れを怠るなとあれほど」
「だから、こうして遠路はるばる来たんじゃないか。僕が灰になってしまう前に、こいつをなんとかしてくれ」

差し出された剃刀を、ディルは苦笑しながら受け取った。

「全く、病原菌を植え付けてやろうか」
「おいおい、人を病気にしたり呪ったりするのは、僕ら魔道士の専売特許だろう。盗らないでくれよ」

アスターはからからと笑うが、呪いという言葉に、ディルの心臓は跳ね上がる。
手の震えを必死に押さえながら、上擦った声で、

「でも、君は、人を呪ったり、しないだろう?」
「ああ、無論だ。そんなことをしたら、魔道士仲間から吊し上げを食らうよ。そうでなくても、僕らはイメージが良くないからね。品行方正にしておかなくちゃ」

胸を張って上着の皺を伸ばすアスターに、ディルは安堵したように息を吐いた。

「まずは早寝早起きから、だな」
「そいつはすこぶる難問だ」

二人で笑っていたら、頭上から声を掛けられる。

「おはよう、ディル。今日は、随分ご機嫌なのね」

ディルは驚いて口を閉じ、さっと顔を俯けた。

「やあ、ローズ。今日も女神のように美しいね」
「おはよう、アスター。こんな時間にあなたと会うなんて、嵐が来る前触れかしら」
「いや全く、皆に避難を促しておいてくれ。この村が水没してしまう前にね」

二人のやり取りを聞きながら、ディルは研ぎ終わった剃刀をアスターに押しつける。

「お、終わった、から、二人で、市場を見てこいよ」
「それはいいね。僕が市場を見て回るなんて、十年に一度のことかもしれない。君も来いよ、ディル。どうせ客なんて、来やしないんだろう?」
「い、いや、俺は」
「迷惑でなければ、あなたにも一緒に来て欲しいわ」

ローズが屈み込んできて、ディルの顔を覗いた。ディルは慌てて視線を逸らすと、急いで道具を片づける。

「よ、用事が、あるから、これで。じゃあな、アスター。さようなら、ローズさん」
「おい、お茶くらいつき合えよ」

アスターの声を振り切り、ディルは籠を抱えて市場を走り去った。


ローズは、この辺り一帯を治める領主の娘だ。
輝くような美貌と気だての良さで、彼女に恋をしない男などいないと囁かれるほど。
ディルもまた例外ではないが、自分など彼女に近づくことさえ許されないと分かっていた。

それに、アスターがいる。

誰の誘いにも乗らないローズが、アスターとは親しくしているのを、ディルは知っている。
アスターならローズとお似合いだとさえ、思っていた。

アスターはいい男だ。呪われた自分とは違う・・・・・・

ディルは背を丸めて、なるべく人目に付かないよう、道の端を歩いていた。