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縁結び本屋さん

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 まあアルバイト店員のルームメイトがどうにかなったなんて話、店長にすればどうでもいい事だから何も言わないだけかもしれないが。
「つまり、今住める家を探していると。そう言う事でいいのかな?」
「……そういう事です。はい」
 情けないとうなだれながら頷いた。
 店長が短くまとめた話は事実だ。どうしようもなく情けないが事実でしかない。
 住む家が見つからなかったのは自分の力が足りなかったせいで、泊めてくれる友人がいないのは、認めたくはないが自分の人徳のなさのおかげだ。
 目の前の、この人形めいた外見を持つ店長に断られてしまったら野宿決定。ビジネスホテルやカプセルホテルも考えたが、金が惜しい。
 最後の頼りがだめならば住所不定になってしまう事は確実である。
 一体俺が何をしたと言いたい気分だが、なってしまったものは仕方がない。とにかく生きていかないと。
 と、どうにか生きる術を見出そうとしていたところに、だったらよかったと店長は拍手を打つ。
 音を立てて両手を合わせた店長の顔には素晴らしいほどの極上の笑顔。そんなに嬉しそうな顔を見たのは初めてだったから驚いた。
 ……一体この状況のどこが「よかった」のだろうか。よかったどころか最悪なのだが。
「店長?」
 にこにことしている店長の顔を見ながら首をかしげれば、店長はにっこりと笑って立ち上がる。そしてごそごそとレジの中にある引き出しを探って、何か小さなものを取り出した。
「……はい?」
 店長の右手にあったのは、銀色に光る小さな鍵。まぎれもなく、どこかの、鍵だ。
「ちょうど住み込みで誰か来てくれないかなあと思っていたんだ。だから、よかったと思って」
 ここに来る女性客の六割以上を虜にするらしい、ふわりとした笑みを浮かべた店長は、そう言って手に持った鍵を差し出してくる。
 その鍵を凝視したまま受け取れずに居ると、どうしたのと言いながら右手に押し付けられた。反射で受け取れば、花が開く瞬間のようなと表現しても足りないぐらいの綺麗な笑顔が返ってきて驚いた。
「住み込みって……」
「ここで働いててくれれば家賃はいいから」
「は!? いやそう言う訳には……というかそんな簡単に」
「水道ガス電気その他諸々の光熱費は自分で。家賃なしが気になるなら毎日俺に食事を作ってくれる事。ちなみに俺は好き嫌いが激しいので物凄く苦労します。そこのところはご了承下さい。部屋はここの上。学業の時間は別ですが、何かあったらすぐ店に来る事。私生活をかなり拘束しますので、家賃なしはその分も含めます。ええとそれから……」
「ちょっ、ちょちょちょちょっと待って。待って下さい」
 一旦止めて。ストップ。
 店長の前に右手を突き出してとめれば、首をかしげられてしまった。
「ん? 何か?」
「何かって。いや別に店にどうこうとか食事とかは別にかまわないんですけど、そんなにあっさりOKしちゃっていいんですか」
 頼みごとをしている張本人ではあるけれど、さすがにこの提案には素直には頷けない。
 だってあれだぞ。単なるアルバイトがいきなりやってきてむちゃくちゃなお願いをしてるのに、あっさり了解する店長がいるか? 普通。
 いやいないと断言できる……ってまあ目の前に居るからそれは間違いなのだろうが。
 自分としては渡りに船、棚から牡丹餅、二階から目薬、な展開であろうけれど。諸手を挙げてお願いしますと叫びたいところなのだけれど、店長としてはどうなんだ。それは、どうなんだ。
 だがそんなうろたえっぷりなどあっさりいなして、店長は笑った。
「え、いやだって一縷くんだったらもう随分長い付き合いだし。これは俺にとっても棚から牡丹餅な状況だと思うんだけどなあ」
 ずっと住み込みの従業員がいてくれたらいいなあと思っていたんだと店長は笑って、だからお願いしますとこちらの方が頭を下げられてしまった。
 なんだろうこの状況。こっちがお願いしに来たはずなのに、なんでだ?
「ああ、嫌だったら別に断っていいからね。多分かなりお店に時間取られると思うし」
 迷惑だったら断ってねと笑った店長の声に、反射で首を振る。
 藁をもつかみたい思いでやってきて、断られると思っていたのに思わぬ好条件を出されてそのチャンスを棒に振れと言うのか。それをしろと。一体誰に。
「めめめ、滅相もない! どうせやることないんで、仕事でもなんでもします!」
 思いっきり首を左右に振って、短い髪が肌に当たって痛いぐらいにぶんぶん振って答えると、店長はよかったあとほっと息を吐き出してようやく手を離した。
 ずっと握られていた手の中にある鍵は体温でぬるまっていて、こんなに小さいのになんだかずしりと重く感じる。
 店長が自分をやたらと気に入ってくれている事は知っていたが、まさかこんなに優遇されるほどとは思っていなかった。
 一夜どころか、住処を与えてくれるのならもうなんでもしようと思う。
 掃除だろうが洗濯だろうが食事の用意だろうがなんでもしてやる。
 さすがに家賃なしはどうかと思うので、そこのところは後で交渉するとして、とにかく。
 てっきり断れるものだとばかり思い込んでいたから、心の中でガッツポーズをとっていると、店長が嬉しそうに笑いながら呟いた。
「今日の俺はついてるね。一縷くんは捕まえたし、売り上げも上々だし」
「捕まえたって……」
 その表現はどうなんだ。
「俺はしつこいですよ。そこのところは覚悟して下さい」
 心の中の突っ込みなど伝わるはずもなく、店長はにっこりと、天使の微笑みと呼ばれるそれを向けてくる。
 見慣れていなければ呆然ともするだろうが、生憎自分はこの笑顔に慣れ切っているもので。
「それは知ってますけどね。長い付き合いだし?」
「もっと長くなってもらえると嬉しいなあ。俺は君の事が大好きだから」
 ほらまたそう言う事を言う。
 これだから変人だって言うんだ。
「……そう言う事ほいほい言うと誤解されますよ」
 いやもう誤解はされてるのか。
 そうでなければただの小さな本屋の小奇麗な(と言うには綺麗すぎる気もするが)店長にファンクラブにも似たものが出来上がるはずがない。
 毎日の客の中に、店長目当ての女性が六割以上いる理由は、この歯が浮くような台詞をほいほい口にするせいだ。
 そしてその歯が浮くような台詞を、こんな情けない事を頼みにきたアルバイトにまで言って見せるのだからおかしな人だと思うのだ。
「ん? 本心だから誤解も何も」
 ないでしょう、なんて笑って言わないでほしい。
 そんな店長の言葉のおかげで、睨まれた経験は片手どころか両手でも足りないのに。
「そう言う事は女性に言って下さい。引く手数多でしょうに」
「そうだねえ……でも、好きな人に言うのが1番でしょう?」
「その前に『異性の』がつきますよ。……まあ何でもしますけどね。一宿一飯どころじゃない恩義ですから。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
 末永くよろしくお願いします、と頭を下げた店長の肩から、綺麗な銀髪がするりと落ちる。
 綺麗な人だと思った第一印象は未だ健在で、こんな時に見える長い髪の間のうなじにどきりとした。店長は男なのに。男なのに。畜生。
作品名:縁結び本屋さん 作家名:かおる