縁結び本屋さん
手の中にある鍵が重く感じるのは、この人がどうしてこんなに自分を好いてくれているのかがわからないからだ。
店長が言うほど、自分が店に貢献している訳でもないし、結構店長に向かっていろいろと言いたい放題で、普通の職場だったら真っ先に首切りの対象になるような人間のはずだ。
アルバイトのくせに店長に説教垂れる人間のどこがいいのだろうか。正直言ってよくわからない。
「第一段階クリアってところかな」
「……は?」
「こっちの話」
顔を上げて意味不明な事をつぶやいた店長はそんな風に答えて笑う。
……さっぱり訳がわからないのは、まあいつもの事だから気にしない事にした。気にしたところで理解できないのだから、気にしたところで無駄なのだ。
「とにかく、よろしくお願いします」
すっと差し出された手。それを―――
自称縁結びのカミサマな不思議な店長との生活とやらがこの先どうなるのかなんてさっぱり想像もできやしない。
とにかくこれで宿無し生活は回避された。
この先の事は、この先になってから考えよう。
例え考えなかった先に何かがあったとしても、その時はその時だ。 人生当たって砕けろ。なんとかなるさ。
それが俺の―――飴沼一縷という人間のモットーだ。
生きてさえいれば結構なんとでもなるものだ。
人間やればできる。順応するのは、結構早い。
結構なんとかなるもんだ。
人間誰しも波乱万丈。
できればこの人生、平穏無事に終わりますように。だから。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
―――差し出された手を、今度は躊躇なく握り返した。
この時もうすでに、人生の価値観その他諸々をひっくり返す出来事が始まっているなどとは気がつきもしなかった。
賽は投げられ、転がり落ちる。
その目は、吉と出るか凶と出るか。
人生ほんとに、波乱万丈。
ああこの人生に、幸がありますように。
頼むから。
END