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縁結び本屋さん

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 それが一番いいんだよねえ、と笑いながら、店長はダンボールの中に本を詰めて、一杯になったところで蓋をしてガムテープで固定する。
 平和に世間話ができるぐらいにはこの店は暇で、売り上げも高くはない。
 沢山の本が並ぶ一角で告白をすると成功する。そんな噂のある本屋さん。
 店長は自称カミサマで、実に店長らしくない。
 それでも人望というやつはあるらしく、店に訪れる客の、多分五割以上がリピーター。
 そんな場所で、飴沼一縷はアルバイトをしている。
 多分、この先もしばらくはそうだろう。
「ねえ、一縷くん?」
「なんスか」
「俺ねえ、一縷くんの事が好きなんですよ」
「あーはいはい。またいつものそれですか」
 にこにこと笑う店長はよくこの言葉を言う。
 きみが好きだよ、とか、そんな言葉。
 気に入った誰にでもこの人はその言葉を言うようだから、軽く受け流していたのだが。
「……うーん、やっぱりわかってないかなあ、きみ」
「なにが。あ、店長それ違う書籍書籍」
「ん? あ、そっかこれ書籍扱いだっけ」
「雑誌の箱にぶち込んだら戻って来るでしょうよ」
 少し複雑そうな笑顔を見せた店長の表情も気になったが、それ以上に気になったのは店長が持っていた商品だ。
 違う場所に返品しなければならない商品を箱に入れようとしていたのを指摘すれば、「君が居てくれて助かるよ」なんて店長は言うから溜息が出る。
「……あんた店長でしょうよ」
 息を吐き出しながら言ってみたけれど、それでも分厚い笑顔の壁を突き崩すことはできなかった。
 だから一縷は早々に諦めて別の話題に摩り替える。
「あ、そうだ。この間話してた漢字フェア。あれ入荷したらワゴンにしますか? それとも平積み?」
「ワゴンでよろしくー。あとは一縷くんの好きにしていいですよ」
「はいはい。それはもう好きにするつもりですよ」
 あんたなんもしないでしょうよと言ってやれば、ひどいなあさすがに手伝うよと、店長らしくない店長は苦笑した。
「でも頼もしいなあ。俺もう必要ないよね」
「何言ってるんですか。店長いなかったら何も立ち行かないのはわかってる癖に。俺は単なる下っ端です」
「十分店長業もこなせると思いますよ」
「できないし、できてもやるつもりないです。あなたが店長だから、俺はここに居るんです」
「あはは、くどき文句みたいだね」
「は? なんでそうなるんスか」
「自覚なし? うんそういうところもいいねー。大好き」
「……は?」
 くすくすと笑っている店長の言葉の意味がさっぱりわからずに一縷は首をかしげる。何を言ってるんだこの人は。
「あはは。でも俺は一縷くんがいないと店長でいられないから、よろしくお願いします」
「……やですよ。ちゃんとやって下さい」
「はぁい」
「はいはい。そろそろ帰宅ラッシュの時間ですから、しゃんとしてくださいね」
 駅前にあるこの店は、電車の時間に合わせて客が入ってくる事が多い。
 俺の前では別にいいけど、お客さんの前ではちゃんとして下さいとぶつぶつ文句を言いながら、一縷は自分の仕事に戻る。
 そして店長も作業を続けながら、仕事に戻っていく一縷の背中にくすくすと笑いをぶつけた。
「ああ、そうだ」
「んん?」
 思い出したように振り返った一縷の声に、視線を合わせるように顔を動かしながら店長は首をかしげる。その仕草が一々芸術のように綺麗で、以前に言われた『カミサマだから』と言う言葉を信じてしまいそうになる時が―――信じられないけれど、ある。
 神様が居るのかどうかは知らないが、こんな風に時間を止めてしまいそうなぐらいに綺麗な仕草を見せる人が神様だったら、崇拝してしまいたくなる気持ちもわからなくは、ない。
 いやしないけど。
「明日。俺いないので新刊出しと返品よろしくお願いします」
「はいはい。了解しました」
 頷いた店長のしぐさを見た後、一縷はそのまま小さな店の中の、レジから見えない棚の裏側へと回っていく。
 その後姿を見ながら店長――レンは、小さく苦笑した。
「縁とはなかなか難しいね」
 ふっと見下ろしたその視線の先に何が映っているのか、一縷は知る由もない。
 仕事を続けながら、縁結び本屋さんの店長は笑っている。
「一応、諦めるつもりはないからね」
 気持ちは成就させるものだよと悪戯っぽく笑いながら、新しい本を手に取って、ダンボールの中につっこんでいく。
「鈍感な人を相手にするのは大変だなぁ」
 大変と言いながらもその口ぶりは明るく、楽しそうだ。
 このままでいるのも悪くはない。そう考えながら仕事を続ける。



 縁を繋ぐきっかけは与えてあげよう。
 けれどそれを本当に『繋ぐ』事ができるかどうかは、自分次第。
 ここで与えてあげられるのは『きっかけ』だけ。
 あとは自分の努力次第。



 ここは不思議な本屋さん。
 不思議な店長と、不思議な噂のあるお店。
作品名:縁結び本屋さん 作家名:かおる