木曜日の夜
「いつからか彼女のことが気になりウェイトレスの女性に話したことがあるんだ。いつも来る彼女良いですね、一度デートでもしたいものです、と。するとその中年の物静かなウェイトレスがいったのは、「彼女も誘ってくれるのを待ってますよ。分からない」返ってきたのはそんな意外な、気にもしていなかった言葉だった。」
「ええ!?そうですか?」
「そうよ、でなきゃいつも来ないでしょ」と笑顔で言われた。
「そこまで言われ初めてその意味が分かったのだから、何とも鈍いだろ」
「本当ですね」
「獲物を狙っていれば僅かな隙も見逃さないが、狙う気がないと寄ってきても気にならない。
ほら良くライオンがシマウマの近くに居ても襲わない事あるだろう」
「所長はライオンなんだ」
「ばか。たとえ話だよ」
山田は私の言葉に合わせて笑うとしまったと思ったのか
「すみません」
私のほうを見てぺこっと頭を下げた。
「それから思い切って、デートに誘ったことがある、といっても彼女の車でちょっと遠出して映画を見る、その程度のものだったな。だから生憎そういったことには疎いまだ少年だった私が女性をリードすることなど知らず淡い恋心が成就するはずも無くその女性は去っていった。最後は別の喫茶店で「で、私にどうしろというの」と言われたな。」
彼女から言われたその言葉と彼女の表情が今でもはっきりと浮かんでくる。
当時の自分の姿が思い出され可笑しくなりフンと苦笑いしてしまった。
「なんといってもまだ何も知らない子供だった私が女性の気持ちなど分かるはずもない。今でも分からないくらいだから、無理もない。そうだな少年期から青年期へ変わる時期だった。訳も無くなにかに突っ張っていた俺は女性とHするなんてこともまだ頭になかったわけだ」
「今でも分からないのですか?」
山田は最後の一口残った幾分薄くなったグラスを傾けながら意外そうな表情で私を見ながらそう聞いた。
「ああ、女性の気持ちは分からない。いや、人の気持ちがわからないというべきかな。それでも今なら経験を積んだ分それなりに大人として付き合うことは出来るだろうがな」
私は残ったウィスキーを口にすると氷とグラスが奏でる澄んだ音が響いた。次の言葉まで少し間があったが、山田は何も話さなかった。その後ろではMaidren Voyageが流れていた。
私はこの彼女のその後の話を続けた。
「この彼女その後私の同僚で先輩と付き合っていたらしい」
「どうして付き合っていたって分かるんですか?」
「それがね、今と違い携帯電話などないだろ、連絡取るには自宅へ電話するか職場に電話を掛けるしかない。」