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木曜日の夜

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そういってコースターに置かれたグラスを手にすると琥珀色のウィスキーがゆらっと混ざるグラスを見ると、カランと氷がグラスに当たる音がした。喉を潤すように一口口へ運ぶと私は思い出に残った女性の話を始めた。
それは行きつけの喫茶店に良く来る常連の女の子のことだ。
喫茶店の常連客で丸顔にショートヘアーが似合うその女性は二歳年上で保育園の保母をしていた。よく勤務の帰りにカジュアルな服装で現れカウンター席に座るとお決まりのコーヒーを飲み何てことない話を交わす。いつどちらから話をし始めたか忘れたが、お互い店の常連客で
「こんばんは、今帰り?」と話をしていた程度なのだが良く一緒になっていた。
ある夜のこと喫茶店の木製のドアについているカウベルがカランカランと鳴り、ふとドアに目線をやると黄色いホヤの薄暗い明かりの中現れたのはいつもの彼女だった。
「当時の喫茶店にはドアにカウベルが付いてるのがあってね」
「木製のドアにカウベルって、今ではレトロな感じですね」
「ああ、当時俺が暮らしていた田舎には今のように洒落たカフェなんてなくて、あっても喫茶店だった、流れている音楽は決まって有線放送だった」
その夜現れた彼女はいつもと違い、紬の着物を着てこの店にやってきた。
「今日はどうしたの?」
見慣れた格好と着物姿のあまりのギャップに私が聞くと
「今日は着付けの教室の帰りなの」
そう答え、いつもと同じカウンター席に帯を気にすることもなく凛と背筋を伸ばして座りいつものようにコーヒーを頼んだ。カウンターではマスターが彼女のためにサイフォンで一杯だけコーヒーが立て、少しして彼女の前にソーサーに乗った臙脂の丸いカップに入ったコーヒーが出されるといい香りが隣の私の席にまで漂ってきた。
彼女は、湯気の立つ丸いカップを赤い口紅が白い肌にくっきりと引かれたその口に運び一口飲むと、口紅がカップについたのか気になったのか軽くふちを指で拭う仕草がダウンライトに照らされ、その夜の着物姿と実にマッチし年齢以上に大人の女性を感じさせるものだった。
「今思うと彼女まだ23歳だったんだな」
ふと懐かしく思うとグラスのウィスキーを一口口にする。
「今なら言葉は悪いが、23歳というとまだ幼い、ガキ・・・だな」
当時と今では年のとり方がずいぶん違うなとふと感じ誰にいうわけでもなく言葉が漏れる。
「着付け教室って、いつも行ってるの?」
「ええ、毎週木曜の夜あるんです」
それからも木曜の午後八時半過ぎは彼女の着物姿で現れるようになり、私はその時をいつも楽しみに待つようになった。そして彼女は店に来ると決まったように回りの客の目線を集めていた。
「今日も教室の帰りだね、良く似合ってるよ」
「ええ、そう今帰り。これお稽古用の着物だから」  
何回目かにはそんな会話も交わした。
作品名:木曜日の夜 作家名:のすひろ