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ウエストテンプル
ウエストテンプル
novelistID. 49383
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ナイトメアトゥルー 3

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動いたのは犬耳の方だった。
ミリアは犬耳をピクピクと動かしながら目をうっすらと開かせる。

「んんん。あぁ、大丈夫じゃ…。
そちはケガないかえ?」

…。
こいつ…。
自分の体の状態を確認するより先に俺を気にしやがった…。
だから犬はかわいい。

「ありがとな俺のクッションになってくれて。」
ミリアの頭を撫でる。

すると、ミリアの黒目がちの目が大きく開く。
そして、急に立ちあがり離れると指さしながら大声でわめき始めた。

「か、勘違いするのではないぞ!
全く…わしはほんに嫌じゃったんだが、ご主人がなんとしてもおんしを守れと申したのじゃから、仕方なくそうしてだけでおじゃる。」

時代も地方も身分もバラバラな言語ながらも尻尾を左右に大きく揺らしている。
目も少しばかりか活き活きとしている。

「へいへい。そんじゃそうゆうことにしておこうか」
と、やれやれといった感じでこう返した。
「そうじゃ。うぬなんて、好きではない…。」
そう言うと、尻尾がシュンと塩をまぶした青菜のようにしおれた。

犬はからかってはいけないな、従順で純情な分、それを茶化すのは人としてどうかと思う。





工藤 ユキの体内に入るのは2回目だ。
乳管内の内壁は若々しいピンク色で構成されていて、消化器官の美しさよりもさらに美しく思えた。

まるで、雪山での遭難中に見たオーロラのように、暗闇の中から突然現れた星空のように、
北欧の深い森の中の透き通った泉に映った真昼の月のように、無音・無明の深海に突如降り注ぐ光のように、神が死にゆく者に最期の恍惚の景色を与えたかのごとくであった。

あれ…?なんだ…どうしてこんなこと考えているんだ?
思考がおかしくなっている。
でも、突入前は奪われた寿命とか満月の夜の{夢}とかで頭がいっぱいだったけど、今はそれらの事は二の次三の次のように思えてしまっている。
だんだんと目の前が眩しくなる。
意識が遠ざかっていく…。
そう…このまま乳房の中で水泡のように消えていきそうだ…。

この意識の遠ざかりかたは、{夢}の中で死んでいくのと同じ感覚。
でも、今までの{夢}の中での死にかたとは全く違う。
これまでは苦痛を感じ、その苦痛を絶頂にして死んでいったが、今は、世の理を全て悟り明鏡止水の境地にて極楽世界へと登る感覚だ。

………―――。
「………うぶか…?」
……?
「おい!大丈夫か!?」

犬のようなかまびすしい声が脳内に響き渡る。
犬…?
犬って喋れたっけ…?
…!
「こげんとこでおっ死んだら意味がなかとばい。」
可愛い声しているくせにバラバラの方言とイントネーション…。
これは…。
………。

そうだミリアだ。
混濁していた意識が一瞬でクリアになる。
俺はミリアと一緒に俺の抜け殻を探すためにここにいるんだ。
危うくまた寿命を10年縮めてしまうところだった…。
意識が完全に遠ざかる寸前にミリアが呼びかけてくれていたのだ。
意識を完全に取り戻すとミリアの顔が至近距離の位置にある。
彼女の手は俺の肩をつかんでいた。
倒れないように支えてくれていたのであろう。
心配そうに見つめるミリアに言葉をかける。

「ありがとな。」
ミリアはそっぽを向きながら言った。
「低酸素になってしもうて生じるん幻覚に気をつけなはれや。」
今度は京都弁かよ…。
だが例に漏れず、尻尾は大きく左右に揺れていた。

今一度、広大な洞窟の中を見回す。

女子高生のおっぱいの中と言うと桃源郷のようにも聞こえるが、それを構成する乳管は幾重にも枝分かれをしていて、何らかの印をつけなければ迷ってしまうほどである。
まさに迷い道だ。
酸欠になって変な思考で頭が埋め尽くされたのは、(オズの魔法使い)でドロシーがケシの花畑の中で幻覚を見たのと同じ。

だが、そのための案内犬のミリアだ。

ミリアの顔立ちはアングロサクソン系で美しく鼻筋が通っている。
その整った鼻をクンクンと鳴らしている。

鳴らし終えると分岐の右を指差した。
「ごの奥にいしのニオイがある。」
いしって千葉弁で(お前)って意味だったな…。
東北弁と混ぜるな…。

いい加減ちゃんと方言とイントネーションを統一しろ。
綺麗な顔が台無しだ…。
千葉弁なら千葉弁、東北弁なら東北弁で統一してくれれば、さらに可愛さが累進するのに。
さっきは京都弁で統一していたからすごく可愛いと思った。
そのような気持ちを胸に秘めつつ会話を返す。

「乳腺葉にあるのか俺のニオイの発生源が?」

乳腺葉とは、乳腺の一番奥にあり妊娠時に分泌される女性ホルモンにより母乳が作られる器官である。

「おそらく。」
ミリアは短く答えた。
「乳腺葉って確か15個か20個くらいあるんだろ?」

母乳は乳腺葉から延びる乳管によって乳頭まで運ばれる。
まだ俺達は乳頭の裏側の辺りにいる。
外見上では全く膨らみの無い胸も今のこの大きさではかなりの距離である。
ましてや分岐が幾重にも連続している。

ロンダルキアの無限ループよりも難易度高いんじゃね?

ミリアに視線を向ける。
じゃあ、こいつはムーンブルクの王女か。
ラーの鏡でこいつを映したらどっちの姿が現れるのだろうか?

「まぁ、お前の嗅覚があれば一発か。」
ミリアは踵を返し洞窟の奥へと歩き始めた。
「ついてきて。」
ミリアの華奢な背中が頼もしそうに見える。

ミリアの先導で工藤 ユキの乳管内を進む。
すんなりと抜け殻を見つけてここから脱出しなければ。
それでも聞きたい事があるので前を歩くミリアに質問を投げかける。

「ところで、お前のご主人って工藤なのか?」
ミリアは振り向かず歩きながら答える。
「こっちではそうだが、現実世界では叶絵様だ。」
……。
追浜に対して“様”づけしたことに対し吹き出しそうになる。
ダメだ、ダメだ、笑っちゃいけない。
犬にとって主人は絶対なのだ、だからどこの場であれ飼い主に対するぞんざいな態度は許されないのだ。
笑ったら俺の人間性も疑われる。

笑いを堪えながらでいるとミリアが短く鋭い口調で喋り出した。
「おどれ、そげん喋りんすと酸素が無くなりんす。」
京都弁で二人称を言った後に廓言葉(くるわことば)で会話を締めるな!

いいかげんこいつの言葉の統一性の無さに対して突っ込みを入れたい所だったが、ミリアの忠告は明らかに正論だった。
抜けていた気持ちが引き締まる。
事実、俺は酸欠で幻覚を見ている。
酸素が薄い密閉された空間ではなるべく会話を減らさなければいけない事は常識。

特にこんな人跡未踏の地では何が起こるかわからない。
ミリアと喋れることになって舞い上がっていたことも否定できない。

こいつと話せる機会はこれから何度もあるだろう。
そう確信しながらミリアの後に粛々としてついていくことにした。





しばらく無音に近い状態で歩いた。
だが、耳を澄ますと遠くに心臓の鼓動の音が微かに聞こえる。
静かな夜の砂浜でのさざ波のような音である。
しかし、その音を楽しもうとした矢先、突然、景色が変わった。
これまでのトンネルが大きな大空洞へと変貌していたのだ。

ここは乳管洞か。

「ここで母乳を蓄えておくんだよな。」