ナイトメアトゥルー 2
「昨日は申し訳ございませんでした。」
敬語で来たことに幾分かの段差と隔たりを感じる。
さらには、放課後になるとすぐにメガネを外すのに、今はかけたままだ。
これじゃあフランクに話せない。
「あ、待瀬。昨日のこと、覚えてるの…?」
気まずい空気だ。
「いえ…。」
気まずそうな返事が返ってきた。
「あぁ、ならいいんだ。」
歯切れの悪い受け応え。
だが、相手は半端な返事を許さない女の子だ。
「私はどのような無礼な振る舞いをしたのですか?」
と、ぐっと歩を進めてくる。
目線を合わせにくいため、待瀬の眉間に視点を置く。
「あぁ、まぁ、そんなに気にしなくていいよ。それに昨日の事についてなら隣に住んでいる、あのスイーツに言ってくれ。」
「スイーツ?」
スラング用語を使ったことを少し後悔。
この言葉の意味を理解できず、きょとんとする待瀬。
スイーツと言っても、無駄に学歴の高いあの毒アゲハに感謝するのもどこか癪だが、事実、あの女に助けられた面もある。
「いや、そのさ、隣に住んでいる行橋って言う女子大生の事だよ。」
「あ、はい。あの方ですね。」
どうやら、シラフに戻った時に面識を交わしたらしい。
「朝までお世話になりました。」
ん?結局、アッシー君は召喚しなかったのか?
でも、今はそんなこと関係無い。
「さて、今日は…と。」
大体の仕事は終わっているので、今日の放課後の話し合いの予定は無い。
時計をじっと見て時間の確認。
夜の11時までにはまだ時間がある。
「あの…、もしよろしければ今夜は、私の家に…。」
と、待瀬が言いかけたところに、携帯電話がかまびすしく鳴った。
発信源は俺の電話で、着信ディスプレイには{追浜 叶絵}とある。
「あ、ごめん。ちょっと携帯、出るから。」
「ええ、どうぞ。」
「もしもし……。マジ!」
追浜との電話での会話は時間を忘れさせてくれた。
要約すると、団体のチア―リーディングの他に、個人のチア―リーディングに挑戦してみたところ、追浜が優勝したらしいのだ。
入部してまもなくで快挙達成だ。
そんなこんなで追浜とはかなりの時間電話をしていたが、待瀬は終わるまで待っていた。
やっぱり、クラスメートのことが気になるのだな。
そんな委員長の鑑に追浜の結果を詳しく報告する。
「すげぇよ。追浜が優勝だってさ」
「え…。あ、うん……。
あ…はい…。
すごい!さすが、追浜さん!!」
待瀬は最初こそ言っている意味がわかっていなかったようだが、すぐに理解し喜んでくれた。
さて、電話に出る前に何か待瀬が言いかけていたような………。
「そういえば、待瀬の家がどうしたの?」
「何もありません。」
「?」
待瀬は足早に教室から去った。
その華奢な背中はどこか悲しみを帯びているようにも見えた。
うーーん、どうしたんだろ?
待瀬の行動の意味がどうしても理解できない。
待瀬がいなくなったのならする事が無いのも事実。
「帰るか…。」
さて、今夜はどんな{夢}を見るのか。
※
夜の11時になった途端に意識が途切れた。
これについては抵抗不可なのでベッドの中でその時を待つしかないわけなのだが、意識が無くなるのはほんの一瞬、強制的に異世界に放り込まれるような感覚、これが満月の夜に見る{夢}だ。
この{夢}には俺が知っている女の子が出てくるわけなのだが、今夜の{夢}は待瀬 清麗が登場した。
どうして待瀬?
前回は追浜と佐藤だったのに……。
今度は何で?
何で追浜じゃないんだ………?
そう考えたのは四月の{夢}の後にその件について自分の中である仮説を導きだしていたからだ。
高校入学後の件の{夢}に出てくる相手の女の子は、中学までの条件であった「ただ魅力的に思っている女の子」ではなく、「恋愛感情を抜きにした意味での大切に思っている女の子」に変化した。
言わば、ラブからライクまで条件が緩和された。
これが、一か月を通して得た仮説である。
その仮説の条件として、高校に入学し周囲の環境が変わったことが影響しているのではないかと勝手に推測していたのだが……。
もしかして…。
俺自身の意識もやっぱり関係があるのか…。
もちろん、それは無意識下の意識かもしれないけど…。
でも…。
だけど…。
待瀬とは…。
待瀬はクラスの委員長で、立場上、仕方なく俺みたいな庶民と話をしているのであって…。
だから、俺もあいつを特段に意識をしていな…。
いいや、酒に酔っていた待瀬の体をいやらしい気持ちで見ていたことは否定できない。
あれで俺は無意識下の中で待瀬を意識してしまっているのか?
そんな単純なそれだけの事で、か?
それだけで…それだけのことで…意識してしまったのか…。
待瀬 清麗という女性を。
追浜 叶絵を差し置いてか?
おい、どんなに軽い男なんだ、伊達いすみ!
お前は、待瀬よりも追浜なんだろ!
場所が許すのであれば、そう叫びたい。
だが、それはできない。
場所が許さないのだ。
今回の{夢}はいきなり絶体絶命の状況からだった。
場所は俺とある人物以外誰もいない我がクラスの教室。
ある人物とは待瀬 清麗。
{夢}の中で気がついた俺の大きさは小虫ほど。
風景は見慣れていた教室の風景なのでそこが待瀬の席でありイスの上であることもすぐに確認できた。
それとちょうど同じタイミングで教室に制服姿の待瀬が入ってきた。
ヤバい!!と、思った。
このままだと待瀬の尻に押し潰されるのは確実だからだ。
飛び降りるか…?
いや、この高さだったら確実に死ぬ。
待て、{夢}の中なら死なないんじゃないか?
いや、この夢はただの夢ではない、いわば{悪夢}だ。
だから…きっと、飛びおりても死ぬ。
じゃあ、飛びおりない方がいいのか?
待瀬のお尻に潰される事となっても?
そんな行ったり来たりのジレンマを尻目に待瀬は席に向かって歩いてくる。
ああだこうだと考えている間にもどんどんと待瀬が近づいていたのだ。
にわかに辺りが暗くなる。
もちろん教室の中は暗くなっていない。
イスの上に待瀬の影が現れた、ただそれだけ。
待瀬との差は100倍以上で、巨大な待瀬がイスを引く。
当然にその力学に翻弄される。
意図せずにイスの中央部に来てしまった。
上を見上げる。
スカートの中がまる見えだ。
その聖域の中に目がいってしまう事にはご容赦頂きたい。
「…白……。」
つい言葉に漏らしてしまったが、彼女のパンツは期待通りの色とデザインだった。
まさに清楚なお嬢様そのもの、それでもそんなお嬢様のお尻も時と場合によっては無慈悲なプレス機となる。
待瀬は椅子に座るために膝を曲げる。
と、なればそのまま腰を下ろすだけだ。
潰される!
そう、覚悟したが、途中で待瀬の動きが止まった。
腰を浮かせたままの状態で机の上のバックの中を探っているためのようだ。
よかったこの隙に逃げよう。
……。
あれ?
どこへ逃げればいいんだ?
さっきはこのイスから飛び降りるべきか悩んでいたが、その件についてなんら解決はしていない。
ただ待瀬のお尻に潰されそうになるという事態によって忘れていたに過ぎないのだ。
淡い期待はすぐに絶望に変わるものである。
作品名:ナイトメアトゥルー 2 作家名:ウエストテンプル