ナイトメアトゥルー 2
「飛躍するけど、差別や偏見のスタートって確証が無いことを広めてしまって起きることが往々にしてあるからね。」
一瞬、三黒の目がきつくなった感じがした。
基本、人をおちょくるのが好きなこいつがこんな目をするなんて。
三黒はパック牛乳のストローをタバコのように咥えては離す。
そうして結局はストローをパックの中に差し込むと、また再び人をおちょくったような目になる。
「事実ってのはさ、他人達からの客観的な観測が集約されたものだからねぇ。
だからさ、存外、そういうのは当人達には見えないものかもね。」
そう言って三黒は快活に笑いだし言葉を続ける。
「あははは、まぁ、仮に君の家に行ったその日は両親が家にいなくとも使用人からは確実に報告がいっただろうね。
そうだとしたら、これは、あの子にとってはかなりの覚悟だったかもよ。
そりゃ、ずっといい子であり続けた子だからねぇ。」
「おい、ちょっと待て、何故、俺の家にあいつが来たことを知っているんだ!?」
「あはは、誰を相手にしていると思ってるの?
でも、大丈夫だよ。
僕は、依頼とそれに見合った報酬を持ってこない相手には情報をあげないから。
この情報は、空飛ぶピカチュウか波乗りピカチュウをくれなきゃ、渡せないね」
風船とサーファーのジェスチャーをする三黒。
この情報が漏れることは無さそうだ。
なら、諧謔返しだ。
「今度、通信ケーブルでもやるよ。」
「あ、変換コネクタもちょうだいね。」
諧謔返しの返しをくらった。
これ以上ここにいると、こいつに負けそうな気がするので退散することにする。
「じゃ、また成子さんによろしく。」
お礼は言わない。
そうでもしないとこいつはつけあがる。
こいつの兄の婚約者の人について触れてから、新聞部のドアを勢いよく閉めた。
廊下を歩きながら待瀬についての考えを改める。
あんなに清純な待瀬でも人間なのだ。
人間だから大便だってするしおならだってする。
俺は待瀬を勝手に美化し、その美化したイメージの中でしか行動することを無意識下で許していなかった。
待瀬を高嶺の花と称していたのも甚だ見当違いだ。
これは立派な偏見だ。
待瀬も酸素を吸って二酸化炭素を出し、物を食べ排泄をする。
待瀬は委員長じゃない、待瀬 清麗だ。
すると、向こうからちょうどよく待瀬が1人で歩いてきた。
おそらく職員室からの帰りだろう。
球技大会の最終決定事項を先生方と相談していたのであろう。
遠目で俺を判断すると、待瀬は視線をそらした。
そして、そのまま通り過ぎようとするように早足で歩きだす。
そこを呼び止める。
「待瀬!」
ぎょっとしたリアクションの待瀬。
「はい、なんでしょうか。」
視線を向けてきたのを確認してから、今まで待瀬に言いたかったことを言う。
「次、そうしたよそよそしい敬語を使ったら、デコピンな」
少し、間を置き「何故ですか」と、少し困ったように返答に窮している待瀬。
「はい、敬語つかった。」
弱く手加減した力で待瀬のおでこを指で払う。
寝耳に水の待瀬。
おでこを手でさすりながら「な、なにを…。」と、今度は驚いたような目で見上げてきた。
良かった、話を聞いてくれそうだ。
実は、ここでこのまま立ち去られたら、待瀬との関係はこれ以降ギクシャクしてしまうと思っていただけにある意味の賭けだったのだ。
ここまで来たら後は勢い。
「俺達は、クラスメートでどっちが上ってことじゃねぇだろ。
敬語って、どこかバリアを張られているようで嫌なんだ。
俺は待瀬ともっと話がしたいんだ。」
待瀬の目を覗き込む。
「え…。それって。」
待瀬の顔と耳が赤くなる。
待瀬に熱があっても今度こそ、今まで待瀬に一番言いたかったことを言う。
「そう、俺達は友達じゃないか。」
「え…、はい?」
待瀬の表情から一瞬にして赤みがひいた。
どうやら熱は無いらしい。
でも、待瀬の表情が弁当の真実を暴かれた時の追浜と同じ表情になったのはどうしてなんだ?
昔のアニメみたく、背景にトンボが「… …」を残しながら横に飛んでいる場景だ。
人間ってこうまで同じ表情が出来るとは。
新たな発見だ。
さて、とうの待瀬は呆気にとられているようで言葉が出てこない。
んんっと、話をつなぐネタを探さないと。
あ、そうだ、こいつのメガネやけに高そうなんだよな。
これも、こいつの敷居が高くなる要因にもなっている。
「それに、やっぱ、メガネ無いほうがいいね。」
すると、待瀬は勢いよくメガネを外した。
そして、俺の額にデコピンをしたのだった。
かなり強いし、リアルに痛い…。
「な、何すんだよ!」
「へへへ、私ばっかじゃ不公平でしょ。」
いたずらぽく笑う待瀬。
「俺が何をしたらデコピンなんだ?」
「ふふふふ、内緒。」
沈黙を表すジェスチャーで人差し指を鼻の上に置く。
そしてその指で俺を差す。
「あ、そうそう。私、伊達君のこと友達とは思っていないからね。」
と、元気一杯に言い放ったのだった。
そして、踵を返すなり彼女はそのまま去っていく。
普通はこんなことを言われたら、三日三晩は寝込むところだが、言葉のイントネーションと待瀬の仕草から、(嫌い)って意味はこもっていないだろう。
おそらく「クラス委員長と遊撃委員として頑張っていこう。」って意味なんだろうな。
後ろ姿の待瀬に聞こえるよう大声を出す。
「おーい、あとさ矛盾するようだけど別に敬語使いたきゃ使っていいぞ。
たださ、心の距離ができるような変な敬語を使うなって意味だから!」
遠目ながら待瀬が軽く頷いたのは見間違いでは無いだろう。
#################################
伊達いすみが去っていた直後、新聞部の部室にこの高校の中で一番背が低い女子生徒が訪れていた。
その女子生徒の名前は工藤 ユキ。
彼女は扉を叩く。
「んーーー、今日はお客さん多いなぁ…。」
三黒がそうつぶやくとドアはゆっくりと開いた。
「入っていいとは言っていないけどねぇ…。」
「約束が違う。」
「おっと誤解だぜ、伊達君は(僕)と仲良くなったのであって、(僕達)とは仲良くなっていない。」
「嘘をつくな。」
「あっはっー!あれかい?僕の兄貴の恋人が伊達君と接触した件かい?」
「そうだ。」
「そんな怖い顔するなよ。」
「彼は、私達、{裏の行政組織}の庇護下に置かれているはず。」
「ほう。立場を明確にしたのかい?君自身の?
でも、君はまだ16歳の高校生だ。
とどのつまり、今の君は従姉のお姉さんのお手伝いって所か。」
「あぁ、そうだ。
私は、諜報機関が敵になってももう後悔しない。」
「あははは、そんな悲観的になることは無いって、諜報機関と{裏の行政組織}となった面々はあの件以来、ずっと関係は良好なんだろ?」
「だが、状況次第ではいつ敵対関係になるか…。
表に出せない案件について完璧に一元化されていないからな、現状。」
「まぁ、この件については僕も僕達も観測者の立場は崩さないつもりさ。
もちろん、それを抜きにして伊達君とは友達でいたいしね。」
「そうか。」
「で、君は彼とはどうしたいの」
「私も観測者だ。」
「そうかい。
作品名:ナイトメアトゥルー 2 作家名:ウエストテンプル