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金色の目

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 伶の言葉をかき消しそうな勢いで入ってきた茜を、金髪の探偵が睨み付ける。ひょっとしたら、単に目を向けていただけなのかもしれないが、鋭い目つきの者がするその行動は、睨んでいるようにしか見えなかった。これで、実はこの男が心優しい者だとしたら、ずいぶんと損な顔つきに生まれたものだ、と思う。
 ともかく、かの男は言葉を接いだ。
「俺じゃないよ、曽馬が――って俺の友達なんだけどね――ちゃんと聞いとけって。訳も解らず足になんのは嫌だってさ」
 投げやりに頭をかく探偵の姿に、伶は遅ればせながら、運ばれている時の様子を思い出す。金髪の男が、もう一人の男と何かを話していた。立て付けの悪い車で運ばれる間じゅう、体をぶつけないよう、大きな手が支えていてくれたことも――
「あの、渓都、殿」
 先ほど耳にした探偵の名を口にする。気恥ずかしさから、顔が赤くなっていた。礼儀を忘れてはならないと教育された彼は、他の二人が目を丸くして見守る中、寝転んだままながら精一杯の敬意を込め、感謝の言葉を口にする。
「たびたび、助けていただき、感謝する。遊園会で倒れた姿など、とても人前には晒せない。茜殿も、ありがとう。おそらく食べ物にでもあたったのだろうから、早々においとましよう」
『ちょっと待って(お待ち)』
 揃った声に、思わず目を瞬いた茜と渓都は、伶の前で顔を見合わせる。互いに譲り合っているようだ。
『あのさ』
 再び二人の声が重なり、二人はもう一度顔を見合わせてから、それぞれに続けた。
「その呼び方、キモイからやめて」
「あんたが倒れたのは、食あたりなんかじゃないわよ!」
『え?』
 今度は伶と渓都の声が合ってしまったが、二人がこれ以上の言葉を重ねることはない。茜が主権を取ってしゃべりだしたのだ。
「渓都にも言おうと思ってたんだけど、あんた今、どんな仕事に関わってんの? 危ないって自覚ないなら、今すぐやめなさい。この子、毒盛られてたわ」
「毒!?」
 伶は声を荒げ、寝台から起き上がろうとする。だが、体に力が入らず、わずかに背中が浮いたのみ。確かに、ただの食あたりにしては、おかしな症状だった。
(どうしてこんなに、体が動かない? 毒というのは、本当なのか――)
 答えを求めるように女医を見上げると、彼女は伶の額に手を置き、安心させるかのように二、三度叩く。
「今から説明するから。あんたもちゃんと聞いてな」
 渓都に釘を刺すと、女医は寝台の傍らにあったイスに座った。探偵のみが立ちっぱなしとなるが、彼女は他のイスを勧めるでもなく、話を始めた。二人の関係を知らない辰伶は、気になりつつも何かを言うことはない。
「食あたりだってあんたは言うけど、それはどう考えてもおかしい。意識なくなって、脈まで遅くなってたんだよ。もう少し放っておいたら、危なかった・・・・・・って言っても今は大丈夫よ。あんた体強いし、毒消ししたからさ。今調子悪くても、休んでればすぐ治るから」
「そう、か」
 とりあえず、安心してもいいらしい。やや力の抜けた声は、ため息と共に、体を寝台に沈みこませた。
「毒って、何の毒?」
 立ったままで渓都が口を開く。茜を見おろす表情は、不満そうにしかめられていた。やはり立ったままにされたのは嫌だったのだろう。思いついたところで、今の伶には体を起こすことすら億劫で、何をする気も起こらない。
 女医は気にする様子もなく、足を組むと男を見上げた。
「はっきりとは解らないわ。いくら医者だって、この世の全ての薬を知ってるわけじゃないし。流通してない毒ならなおさらね。ただ・・・・・・まあ、強めのものではあったわ」
 首をかしげながらの言葉は、途中ちらりと寝台を見ながら発せられる。気遣いのためだろうか。常よりぼやけた伶の頭では、うまく判別ができなかった。
「穏やかじゃないね。ま、治ったんならいいか。ところでさ、伶」
「え?」
 名を呼ばれ、見下ろしてきていた探偵の顔を訝し気に見返す。相手は顔をしめかていた。不機嫌そうなその表情に、慌てて言葉を継ぐ。
「いや、何だ」
「家、どこかと思って。連絡してあげるから教えて。今日は帰れないでしょ」
「それは・・・・・・」
 伶は、不安と疑問の入り混じった目で探偵を見つめた。彼の言っていることは、一見親切のように思えるが、相手は今日会うのが二度目という、ほぼ知らない男である。自身の身分の意味をよく把握している華族としては、そんな者に簡単に家を教えられるはずもない。
(だが、このまま知らせないというのも、家の者は心配するな――。まあ、子供ではないのだから、一晩くらいなら騒ぎ出さないだろうが)
 まっすぐゆえに隠し事のできない、伶の金の目がじっと男を見上げた。そんなつもりはなくとも、視線にはありありと不信が込められる。
 疑惑の視線を一身に受け止めることとなった渓都は、軽くため息をつくと、仕方がないとでもいうように茜を見た。女医はちらりと笑うと、許可を出すかのように頷く。
「ま、怪しむのも無理ないよね。俺ら別に友達とかじゃないし。あのね、実は俺って探偵なんだけど」
「知っているが」
「え、どうして?」
「前に、名刺をくれただろう」
「そうだっけ」
 首をかしげる探偵に、これでは逆だろうと伶は呆れた。茜が苛立ったように男の背を叩き、いいからさっさと話しなさいよ、と煽る。男は背をさすりながら、仕方なさそうに言葉をつづった。
「ま、ともかくそれなの。んで、お前のこと調べるように依頼されて、遊園会に来たって訳。けど、どうやら今回はやばいヤマみたいだから、手をひこうかなって思ってる。だからさ、貧民街で何してたか、教えてくんない?」
 真面目、と思われる口調と表情で発せられる探偵の言葉に、伶の思考回路は停止してしまう。もともと緩やかにしか動いていなかったのだが、理解不能な相手の言い分に、表情までも凍り付いてしまった。
様子を見ていた茜が、ため息をつきつつ手馴れた様子で口を挟まなければ、伶は混乱の極みに達していたことだろう。
「つまりね、華族さん。この男は、平穏にこの依頼を終わらせたいってことよ。受けといて、理由もなくやっぱやめました、てんじゃ評判悪くなるでしょう? だから一応の体裁はつけようってわけ。名誉の問題ね」
 解るでしょ、と首をかしげる女医に、伶は複雑な表情になりながらも、ゆっくりと頷く。子供に言い聞かせるような口調に、反発を感じたものの、反論すれば本物の子供である。
「まぁ、俺は別に『やっぱやだ』でもいいんだけど、それだと同僚が怒るし、俺も面倒見てる奴がいるから、色々大変なんだよね。だからさ、哀れな民衆のためと思って、助けてくんない?」
「・・・・・・」
「ちょっと、渓都」
 黙ってしまった伶に配慮してか、茜が咎めるように口を挟んでくる。
「なにさ」
「せっかく私が説得してんのに、まぜっかえすような言い方すんじゃないわよ。あんたのその無表情で同情を引こうったって、似合わないことこの上ないわ」
 今度は探偵が不機嫌に黙った。その様子に、伶は自分が早い理解をしなければ、この場は収まらないだろうと察する。この二人の問答に付き合っていたら、日が暮れてしまいそうな予感がした。
作品名:金色の目 作家名:わさび