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金色の目

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 不穏な単語を聞きとがめたのか、雪が不安気な声を上げる。ぼんやりとして口を滑らせてしまうなど、気が抜けている。渓都はなだめるように笑いかけた。
「例え話はこれでおしまい。さ、雪もそろそろ寝なね。朝起きられないと、困るでしょ?」
「そうですね、渓都さんが。お気使いはありがたいですが、できればご自身も気をつけてください」
 思わぬ切り返しに肩をすくめ、渓都もイスから立ち上がる。雪を上階に送ってから、彼も自室に引き上げたのだった。

 伶の日々は単調に過ぎてゆく。見知らぬ場所と人々に囲まれており、外へ行く自由がないことを除けば、元の生活と大差なかったためだ。
 いつまでここにいなければならないのだろうか。もう何度もそんなことは考えた。召使い達は恭しく、月菜も話し相手にはなるが、それだけである。いつまでもいたいと思う環境ではなく、自ら望んで来たわけでもない。
 暇つぶしに庭を巡ると、この屋敷は、人の出入りがしにくいようにできてることに気付く。外壁は高く、隙間なく作られ、門には錠が常に掛けられている。外へ出ずとも、全てが門の内側でまかなわれるように出来ていた。
 造りから、新しい建物ではないことが解る。外壁に遮られて外は窺えず、遠くの山や空が見えるのみ。視覚的にとても息苦しく、まるで人を閉じ込めるために造られた建物のようだ。
こんな所にずっといなくてはならない状況では、気分が塞いでしまう。屋敷に楽器があったのは、伶にとって唯一の救いであった。
 音を奏でていると、いくらか気分が落ち着く。明るい曲はあまり奏でる気にならなかったが、その時だけは、閉じ込められている気鬱を忘れられた。
 演奏中にはよく月菜が部屋を訪ねてくる。日に一度は必ず顔を合わせるものの、わずかな言葉を交わすのみ。食事も別々のため、実質的にはあまり会ってはいなかった。
彼女の存在も、伶にとっては不可解なもののひとつである。以前は家にまで押しかけ、話をしていったのにも関わらず、今は同じ家にいるというのに、滅多に話もしない。しかし、なぜか音を奏でていると、その日に一度顔を合わせていたとしても、必ず部屋に来る。話がしたい時などは、あえて演奏をすることもあった。今日もそんな目論みで、彼は音を奏でているのである。
 予想通り、月菜が部屋を訪ねてきた。話はあったのだが、演奏をやめることはしない。急いでいるわけではなく、これまでも彼女が来た際は演奏を続けていたため、今やめてしまうと、あまりにも呼んだということがあからさまだ。
 一曲終えると、目を閉じて聞き入っていた月菜に目を向ける。
「いかがでしたか?」
「・・・・・・素敵でした。今は昼間なのに、夜の静謐な空気が伝わってくるようで」
「それは、何よりです」
 弾いていたのは夜想曲。チェロで演奏されることの多い曲だった。目を閉じたままの月菜は、まだ曲の醸し出す雰囲気に浸っているようである。しばし余韻に浸らせてから、申し訳なさそうに言葉をかけた。
「月菜殿、私はこうして音を奏でることで時を過ごしていますが、あなたは何をしてらっしゃるのです? ここへ来てから一度とて、この部屋以外であなたを見たことがない」
 問いかけると目を開き、彼女はクスリと笑う。
「私に興味がおありですか? お屋敷に訪ねて行ったときは、そんな様子はありませんでしたのに」
「できることが限られてしまっていますのでね。心境も変わるのです」
 言いながらも、伶はひやりとした心地を味わっていた。彼女が、自身のおじとやらの差し金でここにいるのならば、彼女の望みを叶えることで、その思惑にはまってしまうのではないか、という疑惑が生じたのである。しかし、すぐにその考えは否定した。もはや自身は、相手の手の内である。警戒したとところで何か突破口が出来るわけでもない。何かあったらそこで考えればいいと、気を取り直す。
「私はいつも、地下におりますの。そこにある書庫で、日がな一日を過ごしていますわ」
「地下、ですか?」
 伶は、言葉に不信感をにじませた。そもそも閉じ込められているような環境から、さらに暗い地下へと下りてゆく月菜の感覚が、解らなかったのである。彼女はなだめるような調子で、言葉を継いでいる。
「外が見えないのですから、どこにいてもたいした違いはありませんわ。光が人工か自然か、というだけです。それに、蔵書がたくさんありますので、時がたつのも忘れてしまいますの。伶様の奏でる音で、いつも我に返っているほどです」
「なるほど。だからお会いする機会がなかったのですね」
「ええ。そういえば伶様も、本がお好きでしたわね。よろしかったらご覧になられますか?」
「そう、ですね」
 ためらいはあったが、月菜に同行することにした。退屈だったということも大きな理由なのだが、少しでもこの屋敷のことを知っておきたい、と思ったのである。地下室があるなど全く気付いていなかった。他にも何か隠されたものがあるかもしれない。
 喜色を見せつつ案内する月菜に導かれ、赴いた書庫は、予想以上の広さがあった。狭く、暗い一室を連想していた伶は、圧倒され言葉を失ってしまう。その横で、月菜は楽しそうに言った。
「これならば、退屈することはないでしょう?」
「そう、ですね」
 暗いということには違いないのだが、あらゆるところに灯された明かりと、屋敷の半分ほどを占めそうな部屋の規模から、あまり気にならない。本棚も光を遮らぬよう、それでいて光に晒されぬよう、ある程度の間を置き、ずらりと並べられていた。
「あらゆる種類の本がありますわ。わが一族に代々受け継がれた宝、といってもいいものです」
「本当ですね・・・・・・」
 関心を持った様子を隠しもせず、伶は本棚のひとつに近付く。傍らに月菜がつき従い、伶が説明を求めるたびに、一つ一つ応じていった。




















 一台の馬車が道を進んでいる。車が流通するご時勢には珍しい光景だが、この辺りは道が整備されていないため、こういった手段の方が動きやすいのだ。
馬車はのんびりとした速度で、一人の男が操っている。操作自体は手馴れた様子だったが、時折後ろを振り返りながら道を進んでいた。この場は不慣れらしい。
 やがて、大きな屋敷の外壁が見えてくる。男はそれ以来振り返ることはなく、まっすぐに屋敷を目指した。程なく馬車は、内側へと招き入れられる。

 伶と月菜は、地下書庫でそれぞれの時を過ごしていた。書庫では、必ず互いの所在を確認するようにしていたが、共に何かをしたのは、それこそ初めて来た時のみである。
 一通り蔵書の説明をしてしまうと、月菜は自分の作業に集中し始めていた。おかげで伶は、心おきなく調べ物をすることができている。二人はこれまでずっと、このように時を過ごしていた。
 伶が書庫へ日参するのは、退屈を紛らわせるためだけではない。少しでもこの家や月菜について――しいては背後にいる、彼を閉じ込めたおじとやらについて――知りたかったためだ。
作品名:金色の目 作家名:わさび