金色の目
「ともかくさ、伶を取り戻す方法を話そうよ。このままじゃ、商売も上がったりだ」
「だな。おい曽馬、なんか解ったか?」
兄に促され、曽馬は自身が調べた貧民街からの情報を話し出した。ため息をつきながらも、本来はこの話をしに来ていたため、異存はないのである。
男たちが話を進めている間、樹里はじっと耳を傾けていた。普段から、何かあれば意見はするものの、積極的にしゃべるタイプではないため、気にとめる者はいない。だが彼女とて、考えがないわけではないのである。今回も、作戦会議のようなものが終わったのち、それぞれの作業に戻る男たちの中から、渓都を選び話しかけていた。
「あんたさ、伶のこと好きなんじゃないの?」
「は?」
突然の言葉に、渓都は目を丸くする。樹里は気にするそぶりも見せずに、言葉を続けた。
「だって、他の誰よりも意識してる。こだわってるって言ってもいいかな。兄だって解ったことで、あいつの存在が大きくなってるみたいに見えるよ。これまでと、だいぶ違う」
「・・・・・・うん、そうかも」
一瞬、嫉妬か、という考えがよぎったものの、口にすれば反撃されるという予想がつく。的を得ている部分があることからも、素直な肯定を選んだ。
「正直言うと嫌なんだ、あいつと関わるの。会うたびに共感することが増えてく。前は、単に気が合うってだけで済んでたけど、兄弟だからとなるとやな気分。俺、親父もその血族も嫌いだし、関わりたくない。けど伶だけは例外っぽいんだよね」
それが嫌、とこぼす渓都は子供じみて見える。普段から自由奔放な言動を見せているが、今は叱られふてくされた子供そのものだ。
「伶を取り返そうって気持ちがあるんなら、私はそれで文句はないさ。後はあんた次第。ゆっくり考えなね」
はっきりとしない思いは、樹里にもある。ただ、それは伶がいなくなるまではなかったもので、正直ただの心配なのか、ややこしくなった事態への苛立ちなのか、はたまた別の何かなのかは、解っていない。渓都も心境は同じようなものらしい。
何を聞きたいというわけでもなく話しかけた樹里だったが、これではっきり解った。彼女は共感する相手が欲しかったのである。
「これまで通り、協力は惜しまないからね。しっかりやんな」
「ん。よろしくね」
わずかに気持ちを晴らし、背を向けて去って行く樹里の背に、渓都はそっと言葉をかけた。
陵宮家は、政界を引退した現在も文化事業を手がけている。そのことからも解るように、そもそも文化や芸術に長けた一族だったようだ。舞を修め学問を学び、政治にも関わるとなれば、彼らが扱うのは、文科系の仕事ということになる。引退前はそういった省の幹部の地位についていたらしい。
伶の祖父が政界から身を引いたのは、息子が政治を志さなかったことがきっかけとされている。息子――つまり伶の父は、人並みの頭脳こそあったものの、父親ほどの政治素養はなかった。自ら早々に、限界を悟ったための決断だったようである。息子の意思を尊重したのか、あるいは絶望したのか――今や憶測も消えていた。
祖父に能力が劣ったとはいえ、伶の父の文化への関心は高い。事業が衰退することはなく、最終的には政界に向かった同輩よりも、名を上げることとなった。
美鈴と彼女の同輩と和馬、さらに伯爵は、伶を誘拐した者は、かの青年華族の父の世代の人物だろう、とあたりをつけている。祖父の代の者はほとんどが他界し、伶の世代では今の所、家を自在に操れるものは少ないためだ。義弟を完全な傀儡にしようとしていることから、それなりに歳が行き、また財もある者だろうというのが、全員の共通見解である。
当の弟である渓都は、正直その辺りのことなどどうでもよかった。自分を利用しようとする者がいる、ということは気に入らないが。
探偵としての彼が気にしているのは、犯人側が伶を手中にし、準備は整ったにも関わらず、接触をしてこないという点だった。いっそこちらから、協力するふりをしてみようか、とも思ったのだが、それは和馬に止められている。いわく、
「おめーが交渉なんか、出来っこねぇだろ」
とのことであった。伯爵と美鈴らからの情報も併せ、だいぶ人物は絞り込めている。それを踏まえた上でも、こちらからの接触は最後の手段であるらしい。
「相手が誰だとしても、母ちゃん世代を相手にすることになるからな。二人ががりでも抵抗しきれるかどうか」
交渉ごとはほぼ相棒に任せてきた探偵は、なんとも返しがたいようだ。仕方なくそちらは彼に任せ、いつも通り別の方面から攻めることにする。渓都は今、貧民街へと足を向けていた。
(そういえば、あいつと初めて会った時、自衛団に追いかけられてたっけ)
何をしたわけでもなさそうなのに、と道を進みながら考える。振り返ってみればあの出来事も、今回の事態と繋がりがあるような気がした。自衛団自体に華族の後ろ盾があり、それが伶を狙っていると考えれば、彼はすでに一度、雇い主を救っていることとなる。
気付いていれば、何かが変わっていただろうか。毒を盛られる場面も目にしていたのだ。伯爵の件が重なっていたとはいえ、考える材料はずいぶんとあったはずである。
眉をひそめつつ、渓都は貧民街を足早に進む。目指すは情報屋だ。伶がさらわれてから三日。そろそろ何らかの情報が伝わっているかもしれない。例の華族は、この町の援助者なのだから。
「おーい久しぶり」
ノックもせずに、さり気なく情報屋の家に入る。女の主は呆れた表情で、入り口に目を向けていた。
「一応ここは、秘密を扱う場所なんだが、お前忘れているな」
「え、そんなわけないじゃん。俺、その秘密を貰いに来たんだから」
ずかずかと中に入り、定位置となったイスへと腰掛ける。他のどの常連よりもなれなれしい様子に、彼女はため息をついた。ドアの開閉だけは注意しているらしいことが、唯一の救いだろうか。
「今日はあれかい、あんたの雇い主のこと」
呆れながらも相手の心情を読み、声をかける情報屋に、解ってるじゃんと渓都は笑う。女は彼の向かいに腰掛けた。何の準備もしていなかったためか、無礼な態度への返礼か、もてなしの飲み物は出てこない。
「伶のことは、ここいらでも噂になってる。よく出入りして援助する妙な華族ってさ。学校に行ってる子供や、職を得られた奴らには、まあ好意的に受け入れられてるけど、怪しんでる者もいる」
「どこにでも、ひねくれてる奴はいるんだね。で?」
「そうだな。今、目の前にもいるし」
ニヤニヤと笑いながらそんなことを言われた渓都だが、気にした様子も見せずにきょとんと首をかしげている。自覚は、心からないらしい。情報屋は、笑みをからかいから、諦めへと変えていった。
「あの子が誘拐されたらしいってことも、伝わってる。あからさまにじゃないけどね。ただ、この貧民街に実行犯はいないよ。反発してた奴らも、きょとんとしてたし」
「だろうね。それよりさ、自衛団の後ろ盾の華族のこと、知ってる?」
「――ええ」
あっさりとした渓都の様子に、女は何か感じたらしい。慎重な返事を返す。
「その中で、最近毒っぽいものをやり取りした奴、知ってる?」
「毒?」
「うん」