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金色の目

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 悪態をつきつつも、寝台へと戻った。逃げることは無理でも、今の話で解ったことを整理することは出来るのだ。おあつらえ向きに、目の前には心を落ち着ける紅茶と焼菓子がある。
「つまり、俺はかどわかされたわけだな」
 藤綱家という名に聞き覚えはあるが、当主と親しく付き合ったことはない。月菜のおじだということも、今日初めて知ったほどだ。恨みを買った覚えなどあるはずもない。
 いやしかし、と思い直す。互いに華族同士であるがため、落ち目な家にとっては、陵宮が目障りな存在であるということは解っていた。そこから来た恨みであれば、面識はなくとも動機にはなるだろう。だが目ざわりという理由だけで、わざわざさらったりするだろうか。しかも、侍女や月菜の様子では今のところ、直接何らかの要求をするつもりもないらしい。一体何の目的があるのか、まだ予想も立てられない。
(俺を失踪させたところで、利がある者がいるとは思えんのだが・・・・・・。それとも、さらったのちに利になる活動を始める、ということなのだろうか)
 考えながらかたむけた茶も、口にした菓子も高品質である。それらを平らげる頃には、ある程度考えもまとまり、体の調子も整ってきた。扉に鍵を掛けた様子はなかったため、少し辺りを見回ってみようかと、席を立つ。
 敵地にいるにも関わらず、あまり平素と変わりない精神状態になった伶は、ひとまずこの場で出来ることを見つけるため、行動をし始めたのである。

 渓都は伯爵から受け取った情報を――あえて自分の素性のことは話さず――庵兄弟らに伝えた。
「はー、なるほど。しっかし相変わらず華族ってのは、どろどろしてやがんな。やってることはありきたりだが」
 まるきり人事な感想を漏らした和馬は、ふんと鼻で笑う。傍らで聞いていた樹里と曽馬が、言葉と態度で諌めた。
「サイテーな言い分だな、兄貴」
「言っていいことと、悪いことの区別もつかねぇのかよ」
 二人とも少なからず伶と関わり、その性分を憎からず思っている者同士である。より彼を知っているはずの、兄のもの言いをばっさりと切って捨て、精神的に沈めると、互いに意見を交わし合い始めた。
「じゃあ私達は、伶を見つけて取り返すってことで、変わりないんだね」
「それだけじゃだめだろ。あっちに諦めてもらわないと。あと弟ってーのもどうにかした方がいいかな」
「だね、曽馬。さらった本人はともかく、弟君が伶をどう思ってるかは、今後重要だ」
「そりゃ大丈夫だろ」
 へこまされていたはずの和馬が、いつの間にやら立ち直り、弟妹の話に入り込んでくる。なぜかニヤニヤと笑っていることに、二人は訝しげな視線を向けた。笑いの沸点が低いこの男、よく沈み込むがすぐに立ち直るため、現象自体は珍しいことではない。しかし、その笑みが兄弟ではなく、渓都に向いているということは、妙であった。
 当の青年探偵は、苦虫を噛み潰したような表情を見せ、追い払うように手をひらめかせる。
「何やってんだよ、渓都」
「お前の兄貴がやらしい目で見てくんだよ、曽馬」
「やらしいとはなんだ! って樹里。おめぇ何、席離してんだよっ」
 曽馬は胡散臭げな目を兄に向け、樹里はさりげなくその場を離れた。妙な性癖をなすり付けられかけた和馬は、根本の原因である渓都に食って掛かる。
「おめーがちゃんと話さねぇから、いけねーんだろうが! 自分のこと棚に上げて、話すり替えんじゃねぇっ」
「別にいいじゃん。だいたい和馬、俺が何を話してないって?」
「伶の弟のことだよ。伯爵に名指しで呼び出されたことといい、お前なんだろ? その辺はっきりさせろや」
 和馬の弟妹は揃って息を呑んだが、彼は確信を持って言っていた。そもそも冗談めかして疑っていたこともあり、独自の調査を進めていたのである。伯爵からの電話でぴんと来た、というわけなのだ。
「弟が誘拐犯に協力するのかしないのか、それがはっきりするだけでも、打てる手が違ってくる。黙って済ませられると思ったら、大間違いだぜ」
 たたみ掛けてくる相棒に、渓都は追いつめられ、言葉を失っているかのように見える。困ったようにため息をつき、面倒臭そうに口を開いた。
「別に、騙そうとしたわけじゃないよ。単に言いたくなかっただけ」
「同じことじゃねぇか。・・・・・・ってことは、ほんとにお前が伶の異母弟で、嫌ってた親父は、陵宮の先代なのか?」
 驚きから立ち直り、瞬時に突っ込みつつ確認をしたのは、曽馬だ。樹里は目を丸くして驚き、和馬は呆れている。
「その辺のことは詳しく知らない。確かめてないし。ただ、伯爵と誘拐犯は、そう思ってるらしいってこと。この目のせいで」
 渓都は今度こそ、伯爵との会話を包み隠さず伝えた。華族や彼自身には決定打となった『目の色』という証拠は、兄弟らには受け入れがたいようであるが。
首をかしげる友人たちに、疑うんなら親に確認してみろと伝え、話を終わらせようとする。
「それはいいんだけどよ。仮にお前が弟だとして、あっちから接触があったら、どーすんだ。伶の代わりに陵宮をもらうんか?」
「まさか。金積まれて頼まれたって、嫌」
 ふいと目を逸らせて、渓都は言う。いつもならば、笑って済ませてしまう和馬だが、今回は様子が違った。仕事と割り切り、はっきりさせようと考えているのだろう。
「じゃあ、伶がお前の素性を知って、お前を排除しようとしたら? っと、ありえない話じゃないぜ。いくらあいつが政治に関わらず、スキャンダルが命取りでない、つっても華族だからな」
 立ち上がって兄に抗議しかけた樹里が、曽馬によって止められた。まずは話を聞いてみよう、と言いたいのだろう。和馬と渓都が真っ向から向き合っていることもあり、間に入れないと悟った樹里は、渋々と腰を下ろしなおす。
 渓都の視線は鋭かった。しかし瞳に敵意はなく、相手の内側までを見透かすかのように、細められている。和馬は、平然と受け止めていた。
「あいつは、そんなことしないよ。もしちょっかい掛けてきたとしても、返り討ちにすればいい。向こうから仕掛けてきたんなら、やり返すだけだ。世間は跡目争いってことで、納得するでしょ」
 庵兄弟は渓都の返答に眉をひそめる。切りつけるような冷たい言い方だ。やはり彼には、家族の話は鬼門らしいと思い知らされる。
これまで、伶に対してあった親しみのようなものが、さっぱりと拭い取られていた。樹里は心が冷えてゆくのを感じながらも、不安気に瞳を揺らめかせることしかできないでいる。和馬がとりなすような口調で、頭をかいた。
「お前、ちっと言うことが極端だぜ。まあそういうことなら、伶は取り戻す、弟の反撃の心配はとりあえずない、ってことでいーな」
「弟ってばらさないでくれんならね。そういうのって、言ったところで百害あって一利なしだろうし」
「――そうかもな」
 ため息をつきつつ、仕方なくといった様子で同意したのは、曽馬である。渓都は少しだけ表情を和らげた。
「そうだよ。俺は別に伶と対立したいわけじゃない。まあ、こうなっちゃったからには、完全に今まで通りにはならないだろうけど、あえて火種を興したくないんだ。放っておけば鎮火するかもしれないしさ」
「甘い考えだな」
 和馬の言葉にも、肩をすくめる動作で応じる。
作品名:金色の目 作家名:わさび