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金色の目

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「貧民街に、華族? 何してやがったんだ、そいつ」
「さぁ、知らない。ただ、迷い込んで入ったって感じじゃなかったから、用はあったんだろうけど。・・・・・・とにかく、あんまりにも危なっかしかったから、ちょっと隠して大通りまで送ってった」
「ふうん」
 和馬はかみ締めつつ、話を聞いている。考え込むような口調で相槌を打っていた。
「おもしれぇ話だな、おい。貧民街の華族か。うまくすりゃ金にもなったろうが、お前じゃ無理だな。何もせずに帰したのは正解だよ。妙なことに関わるはめになったかも知れねぇし」
「それほどうかつじゃないよ、俺」
 失礼だなと頬を膨らませる渓都に、どうだかな、と相棒は笑う。彼と渓都は仕事上でこそ対等なパートナーではあるが、実年齢は和馬のほうがいくつか上だ。そのために、自然と彼が事務所を取り仕切る、という関係が成り立っている。
「あ、でも名刺渡しといたから、何か言ってくることはあるかもね」
「そん時は、俺に任しとけよ」
「うん。身元調査なんかは、樹里たちにやってもらってるもんね。よろしく」
 肩を叩かれ、和馬は笑い返す。樹里というのは彼の妹で、よく二人の仕事を手伝ってくれているのだ。というのもこの事務所、なかなかにやりくりが厳しく、ほぼ報酬を払わなくてすむ身内の力を頼らなければ、やってゆけないのである。そのため、兄弟の多い和馬の家族はよく手を借しているのだ。
 もっとも、渓都が地道な調査というものを苦手としているため、余裕があったとしても彼らを頼らざるを得なかったろう。秘密を守るのも仕事のひとつ。見ず知らずの他人に、任せるわけにはいかないのだ。そんな現状を、渓都が解っているのか否かは、いまひとつ不明である。だが、事務所に私財を投げ打たない、というところは妙に徹底していた。
「まあ、それ以前に仕事が来ねぇと、俺らの明日も知れねぇんだけどな」
「え、何で?」
 卓上の書類をいじっていた探偵は、不思議そうに同僚を見返す。すると和馬はこれ見よがしなため息をついてみせた。
「何で、ってお前はよぉ。ここんとこ仕事来てねぇの知ってんだろ。一応責任者のくせして、どうしてそんなに気楽でいられるんだよ」
「そういや、最後に仕事したのって、だいぶ前だったよね。おかげでゆっくり眠れたよ」
「っ。あんなぁ」
 がっくりとうなだれる相棒を、首をかしげて見やる責任者の様子には、財政的な危機感は全く感じられない。いくらのんびりとした性格の男とはいえ、社会人としてよろしくないのではなかろうか。
「いい加減、お前もちったぁ考えろよ。いつまでも成り行き任せじゃ、やって行けねーぜ。俺の兄弟だって、そのうち仕事に就いたりするんだからよ。だいたい・・・・・・」
 だるそうに聞き流されながらも、和馬は説教を続ける。当の渓都は、耳を掻いたり目を逸らしたりしていたが、聞いてないわけではないらしい。必要な話だ、ということは理解しているが、素直に受け入れられないようである。
 話を逸らされまいと、くどくどと言葉を続ける和馬の前で、突然彼は何かに気付いたかのように、正面へと目を向けた。視線の先には部屋の入り口があり、人影が立っているのが解る。
「あ、ほら和馬」
 指差して紡いだ言葉が終わる前に、扉は開かれた。和馬も説教をやめ、そちらへと向き直る。サッと渓都が立ち上がった。
「ようこそわが事務所へ。ご依頼ですか?」
 名目上責任者な男の顔には、その時にしか見せない、見事な営業スマイルが浮かんでいる。和馬はこっそりと、ため息をついた。

















「遊園会?」
 広々とした部屋に、不機嫌そうな男の声が響く。
「はい。是非にという男爵様のご招待です」
「俺はそういうものは好かん。お前も知っているだろう」
「はい。ですがさすがに四度目ともなると、色々とございます。一度くらい、顔をお見せになったらかがですか?」
「・・・・・・」
 身仕度を整えていた若い男は、軽くため息をついてみせた。向かいにあった鏡がくもり、彼は嫌そうに眉をひそめる。すぐにくもりの消えた鏡には、銀髪の男の姿が映っていた。仕度を続けながら、背後の老男との話を続ける。
「一度で済めばいいのだがな。ああいうところに行くと、必ず身を固めろとうるさく言われる」
「皆様、お坊ちゃまが心配なのですよ」
「そのくらい、自分で決めさせて欲しいと思うのは、俺だけか? それと『お坊ちゃま』はもうやめろ、と言ったはずだが」
「失礼いたしました――伶様」
 鏡越しに見える姿は、深々と頭を下げている。けれど、その恭しさは全く信用がならないことを、青年は知っていた。このようなやり取りは、数えるのも億劫になるほど繰り返されており、すでに形式化していたためである。
 老男は伶――先日、渓都に助けられた男だ――の家に古くから仕える家臣であり、彼のことを幼い頃から知っている者の一人であった。二人のやり取りは、そっけないながらも気の置けなさが窺える。
「けれど伶様、皆様のご心配ももっともです。そろそろ身の振り方について、考えられたらいかがですか?」
「お前もか。全く」
 再びついたため息は、振り返って吐かれた。今回は鏡をくもらせることはなかったが、伶の不機嫌さは変わりない。
「そういうものは、焦って決めても仕方がなかろう。失敗してしまっては、元も子もない。大体今は、それどころではないからな」
 老男は何か言いたげに主を見上げる。言わんとしていることは、事情を知っている老男には、嫌というほど理解できていた。だが、あえて言及することはせず、主の言葉の後半にのみ、答えを返す。
「今のお仕事、でございますか。――なればこそ、人脈を広げることも、大切ではございませんか?」
 ピクリと、鏡に向き直っていた伶の肩が震える。ネクタイを結んでいた手も、その瞬間は止まっていた。
「爵位のある者の集まりで、貧民街を変える人脈が作れるとは、思えんが」
「また、そのようなたわごとをおっしゃられる。伯爵夫人のご協力で、学び舎を建てられたのは、つい先日のことではありませんか」
「あれは運がよかっただけだ。幸運はそう続かない」
 しおらしいことを言ってはいるが、伶の口元には人を食ったような笑みが浮かんでいる。顔は見えずとも、付き合いの長い老男には、それが手に取るように解っていた。老いた顔には苦笑いが浮かんでいる。
「なればこそ、運をつかむために行ったらよろしいでしょう。ただ時を待っているだけの、気弱な男でもありますまいに」
「他人事だな」
 伶はネクタイを結び終わると、軽く髪を整えてから鏡に背を向けた。壁にかけてあるジャケットを手に取り、無造作に袖を通す。
「だが、それにも一理ある。自分のことなど、解っているつもりで、実は本人が一番解っておらんものだ。外からの意見は重要だな」
「では、ご出席ということで」
「予定はどうだ?」 
「貴方様次第です」
「そうか。返事をしておいてくれ」
「かしこまりました」
 扉を開き出てゆく主に、老男が続く。長い廊下を進むと、召使いが仕度を整え、待ち構えていた。
「お帰りは?」
「夕食までには」
作品名:金色の目 作家名:わさび