金色の目
訳知り顔で笑う顔を前に、渓都は資料を投げ出し、イスの背にもたれかかる。ため息をついて天を仰ぐと、腕で額を覆ったのち、目を閉じた。
これまで、あえて調べることはしなかった、調査が迷走するからと。今になってみれば、ずいぶんと言い訳がましい理屈である。手がかりがあるならば、そこから手をつけたほうが早道であったろうに。
まさか、目の色が決め手になるとは思わなかったな、と小さく笑う。自分の体の特徴となれば、ごまかすことも隠すことも出来ない。生まれてから死ぬまでついてまわるのだ。
心の中で、ぼやきともつかない考えをまとめる渓都に、伯爵はそっと言葉をかけた。
「嫌かい、伶さんが兄では」
「――」
「君の事情では、陵宮家を嫌うのも無理はないと思う。でも、伶さんは父親とは違うよ。慈善事業をしているのも、少しでも弟への罪滅ぼしをしたいがため、らしいし」
夫人から聞いたのだろう、情報を口にする伯爵の言葉に、渓都はくつくつと笑い声を立て始める。
「まあ、そんなことだろうとは思ってたよ。うん、俺も伶個人のことは、嫌いじゃない」
「ならば、それでいいだろう。私はこのことを伶さんに言うつもりはない。君が決めたまえ。彼を助けたらね」
「解ってるって。俺だってこんなおいしい後援者を、失うつもりはないし」
気分の揺れはあるだろう。しかし渓都はすっぱりとそれに決着をつけ、探偵行に集中し始めたようである。背もたれから身を起こし、放り出した資料を改めて眺めだした。
この中で陵宮の関係者は? などと問い始めた青年に、伯爵も表情を引き締め、身を乗り出したのだった。
子供の笑い声が聞こえてくる。二人分の楽しそうなものだ。
金と銀の髪をした子供が、ふざけあう。銀の子供がちょろちょろと動き回り、金の子供はたまに相手をしてやっているようだ。一見すると銀の子供が主導権を持っているようだが、金の子のしぐさで行動を変えているため、事実は逆のようである。
こんなことも、あり得たかもしれない。
ふと、そんなことを思った。
目覚めると涼しい風が頬を撫でている。見回した周囲は明るく、家具が整然と並べられていた。夢を見ていたようである。自身の願望か思い込みか、どちらにしろ夢の内容は、あまり気分のいい目覚めに繋がるものではなかった。
ゆっくりと体を起こすと、間接が軋む。服を着たまま寝かされていたため、締め付けによる不快感が残っていた。頭を振り、改めて辺りに目を向ける。
「ここは」
伶は一人呟く。見覚えのない場所であったため、なぜこんな所にいるのだろうと記憶を辿った。すぐに、師の家からの帰り道、突然何者かに周りを囲まれ、捕らえられたことを思い出す。
「なぜ、だ?」
答える者はいない。もう一度注意深く辺りを見回すも、連れてこられた理由や居場所を示すものは、何も見つからなかった。
部屋には窓がない。立派な造りではあるが、おかげで閉じ込められているような印象を受け、息が詰まりそうになる。
誘拐でもされたのか、という推測が頭の中に浮かぶ。これまでも、さらわれたり狙われたりしたことはあったのだが、いずれも幼い時のことだ。成長し、さまざまに力をつけた現在は、狙われることこそあれども、手を出されたことはない。それだけに、今回やけにあっさりと捕まってしまったことに、ふがいなさを感じている。
気が緩んでいたのか、改めて注意しなければ、と決意を固めなおした。
部屋の隅にしつらえられていた扉から、人が動くような音がする。気付いた伶が扉に目を向けると、ゆっくりと開いていった。
「あら、お目覚めになられたのですね。お加減はいかがでしょう」
「月菜、殿?」
現れたのは、十七、八ほどの若い女性である。ゆったりとした服を身につけ、軽快な足取りで歩を進めてきた。伶は瞠目する。彼女は最近、何かと理由をつけては、頻繁に家に出入りしていた娘であった。
「なぜ、あなたがここに。いえ、そもそもここはどこなのです?」
問いかける言葉は、慎重さを装いながらも、どこか棘を含んでいる。このために家に来ていたのか、と思いついたのだ。
伶の含みに気付いているのかいないのか。月菜と呼ばれた女性は、ゆっくりと微笑を浮かべた。
「ここは当家の別荘ですの。私がいても、別におかしいことはありませんわ。貴方はおじ様によって、ここに連れてこられたのです」
「おじ様?」
「この別荘の直接の所有者ですわ。親族のよしみで、よく使わせていただいていますの」
「そのおじ、とはどなたのことです。私をこんな所に連れてきたのは、一体」
「存じ上げませんわ」
遮るように言ってから、月菜はふふっと笑う。小さな子供をなだめるような、余裕のある笑みに、伶の顔が紅潮した。照れたわけではない。手玉に取られたような扱いに、屈辱を感じたのだ。
「運ばれてきた貴方のお世話をするよう、言い使っただけですので。あ、お目覚めになられるのですか、伶様。敷地内であれば、私がご案内いたします」
「起きはしますが、その前に件のおじ、とはどこにいるのです。勝手にこんなところまで連れてきて。話をさせてください。でなければ」
「おじ様はいらっしゃいません。いつ来られるかも知らされておりません。でも、しばらくすれば戻ってきますわ。それまで貴方は、ゆっくりしていらしてくださいな」
「しかし、私は」
「まあ、そろそろお茶の時間ですわ。今、用意させますね。これほど早くお目覚めになられるとは、思っておりませんでしたので、ご一緒はできませんが、お楽しみくださいな」
「月菜殿!」
言葉が聞こえていないはずは無いにも関わらず、はぐらかすような言動ばかりを見せる月菜に、伶は気味の悪いものを感じる。
彼女は、同じ学校の友人の紹介、という縁で知り合った。出会った当初は、きちんと会話が出来ていたはずである。この変わり用は、どうしたことなのだろう。
月菜が去ってしまうと、程なく侍女が茶と菓子を運んできた。主の奇行を目にしたために、召使いや何の変哲もない菓子にさえ、警戒心をかきたてられる。一瞬ためらったのち、思い切って声をかけてみた。
「あの、侍女殿。ここはどこなのだ。どうして、私がいなくてはならん?」
「旦那様のご命令です。そして、ここは帝都郊外の避暑地でございます」
思ったよりもまともな答えを返してきた侍女は、淡々と茶を入れると伶に差し出し、風光明媚なことで有名な、田舎町の名を上げた。もといた帝都からはそう遠くもないが、帰る道筋を彼は知らず、移動手段もない。進展はあったものの、動けないことも解ってしまった。ひとまず茶を受け取ることにする。
「その旦那様、とはどなただ。俺に何の用があると言うんだ? それに、いないと言うのはどういうことなのだ」
「旦那様は、藤綱家のご当主様です。そしてあなたは、ここにいるために連れてこられました」
「何?」
「理由はいずれ察することでしょう。私には、これ以上のことは申せません」
では、と女は一礼をし、部屋を出て行ってしまう。とっさに追いすがりかけるも、起き抜けのためかよろめいてしまった。殴られた腹が鈍く痛む。
「っ・・・・・・くそ!」