金色の目
「だから、そういうこと聞くなって。大体、お前はどうするつもりさ。犯人捕まえて報酬貰ったとしても、後援はしてもらえない」
「樹里もけっこう現実的なこと言うね。人のこと言えんの?」
「生活が掛かってんだよ。伶が生きてたら、考えもしないさ」
電話応対をしていた和馬が、ここで二人の間に割って入ってきた。渓都へと手招きをしている。
「お前にだぜ。伯爵からだ」
「伯爵? 何か解ったのかな」
受けてみると、会って話がしたいという。そちらへ向かうと申し出たところ、会う場所を指定された。
「個室のある店だ。少々聞かれたくない話なので、出来たら一人出来てほしい」
かつて対立していた相手の申し出に、不信感が湧かないこともかった。しかし店はきちんとしたものであり、彼と会うことは和馬に筒抜けである。そんな状況で渓都に手を下すことは、まずないだろう。素直に一人で出かけることにした。
「迷うんじゃないよ」
別の心配をしてくる兄妹に見送られ、事務所を出る。幸い、約束の時間まではずいぶんと余裕があったため、遅れることはなかった。予想通り、彼は迷ったわけである。
店に入った渓都は、すぐに店員に案内されたため、ここでもたつくことはなかった。赴いた個室はずいぶんと狭く、二人が入ればいっぱいである。伯爵はすでに注文を済ませたようで、テーブルには二人分の茶が置かれていた。
「よく来てくれたね。礼を言おう」
「まあ、一応年長者の誘いだしね」
しゃあしゃあと言う渓都に、伯爵はただ頷く。
「それでも、礼を言おう。何か食べるかい?」
「いい。で、話って何? 伶のことでしょ」
「まあ、そうだ。だが行方のことではない。犯人は絞り込めてきているんだが、決定打がないんだ。それについて、君の意見を聞きたい」
「俺の?」
メニューを戻し、居住まいを正した伯爵は、首をかしげる渓都をじっと見つめた。あたりをはばかるかのように、静かに話を始める。
「犯人も、伶さんの行方もつかめていない。けれど、動機のほうはすぐに見当がついた。陵宮家の失脚だよ」
「爵位がないのに? どこからどこに落とすって言うのさ」
「そうだな。正確には、上がってこられないようにする、ということだ。これまでも金の工面を妨害したり、慈善事業を邪魔したりとあれこれしていたらしい」
おそらくこれは、夫人からの情報だろう。
「あの子の活動は、貧民街に向けられているからね。何をしているかを知るためだけに、自衛団なんていうのを作ったりもしている。その筋から人を割り出して行ったんだが、実にさまざまな人物が関わっていてね。ここからだけでは、特定し切れなかった」
「動機は言う通りかもね。けど、それだけで誘拐するってちょっと変じゃない。別にいなくなったからって、失脚しないし。まあ、帰ってこなければ家の存続は出来なくなるけどさ。腹いせくらいにしかならないよ。犯罪を犯してまで、嫌がらせなんてするかな」
「確かに家に当主がいなくなり、跡継ぎもいないとなれば、親族に権利が移る。得をするのは親族のみだ。かの一族はどこも名門であるため、政治的地位のない家を、そこまでして手に入れようとはしないだろう。欲しいのなら、娘を嫁がせたほうが安全かつ確実だ」
「だろうね。あいつ一度娶ったら、よっぽどのことがない限り離婚なんてしないだろうし」
年若い探偵の言葉に、伯爵はなぜか柔らかく笑う。渓都が不審気に眉をひそめると、彼はすぐに咳払いをし、言葉を続けた。
「私もそう思うよ。だがそれは、浅い付き合いの相手には解らない。社交界では外面と内面が食い違うことなんてざらだから。第一、あの子はまだ結婚する気はなさそうだし。おそらく犯人は、首のすげ替えを考えたのだと思う」
「当主を変えるってこと? 誘拐して? いったい誰とさ。それに、そんなやり方じゃ、よっぽどのことがない限り、うまくなんて行かないと思うけど」
「そう。こうして私達も動き出していることだしね。けれど、可能性は0じゃない」
「・・・・・・何が言いたいの?」
渓都は探るように首をかしげ、伯爵を下からねめつける。テーブルには茶しかないため出来る芸当だったが、二人のカップは揃って手をつけられた様子がない。伯爵はただ青年探偵を見る。
「伶さんに、異母兄弟がいるということを、知っているかい? 彼を使うつもりなんだよ」
渓都の動きが止まった。不意を突かれたと言ってもいい。
考えてみれば異母弟という存在は、うってつけの人物だ。家から捨てられた形である彼ならば、伶の代わりに主になることを望むかもしれない。誘われれば、積極的に動き出す可能性も大いにある。
「あの子の周辺で、このところ異母弟を探る動きが多いことは、少し前から解っていた。今関わっている人物は、三人に絞られている。――君が、彼らを知っていないかと思ってね」
「どんな奴ら?」
手がかりになるならば、と身を乗り出すと、伯爵は三人分の資料を並べ始めた。写真こそないが、特徴などは詳しく書いてあり、そこそこ名のある家のものばかりである。
渓都は彼らに対し、これといって思うことはない。ゆっくりと資料を眺めながら思いついたのは、別のことであった。
「ねえ伯爵。用件って、これを見せたかっただけなの? だったら別に、俺だけを呼び出さなくてもよかったじゃない。どうせなら、皆で見て話し合ったほうが早いと思うけど」
「その前に、君に聞いておきたいことがあったんだ」
伯爵はじっと、渓都を見つめる。
「君は私生児だそうだね。しかも伶さんと年も近い」
「う、ん」
「さらに、君と伶さんは同じ町の出身。まあ、見た目こそずいぶんと違うけれどね」
「何。ひょっとしてあんたも、俺があいつの弟だとでも言うつもり?」
「違う、と言うのならば、根拠を示して欲しい」
力強い口調に、やや気おされた様子で渓都は言葉を詰まらせた。伯爵は畳み掛ける。
「君にとっても重要なことなんだよ。最近、身近に妙なことは起きてないかい? 誰かに探られているとか、見知らぬ者がうろついてるとか」
「・・・・・・」
「少なくとも、私が調べた限りでは、君と伶さんの弟には共通点が多い。夏生まれだとか年のころだとか、母親の家が豪商だったが、先代で傾いたとか。何より――」
伯爵は目の前の青年を見やる。特に、その切れ長の瞳を。
「目の色だ。金色の目というのは、珍しいんだよ。特に平民の間ではね。華族の中とて陵宮や小早川などの、古い血筋の者に見られるくらいだ」
「・・・・・・」
「あまり知られていないことだけれども、華族がその気になって調べれば、すぐに解る。まだ確信はないが、君の身辺を探れば、必ず陵宮へと繋がるだろう。調べてみるかい?」
「――少なくともこいつらは、そう思ってるわけでしょ」
テーブルに並べられた資料を手で示す。しぐさは投げやりであったが、わざとしているようにも見えた。もっとも伯爵に、普段との見分けはつかないのだが。
「この人たちだけではないよ。その気になれば誰にでも解る。むしろ、調査が仕事であるはずの君が、なぜ気付かなかったのかと思うくらいだ。まあ、誰しも自分のことは、解らないものだからな」