小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

金色の目

INDEX|35ページ/48ページ|

次のページ前のページ
 

「はぁ!? 何だそりゃ」
「和馬声でかい。もう、昨日といい今日といい、こんな目にあってばっか」
 ぼやきながらも、彼は昨晩聞かされた話を相棒に伝えた。今、戻っていないことは確かめられたため、伶がどこかへ行ってしまったということは、本当のようである。
「だから、何も知らない状態で和馬に電話してもらったの。その方がいいでしょ?」
「いいかどうかは置いとこう。とすると何か? あの伶ちゃんは昨日誘拐されて、でもまだ何の要求もないってことか。妙な話だな」
「うん、俺もそう思う。まだはっきりしたこと解んないけど、こうなってくると伶の自作自演説も出てくるよね」
「何でだよ。今の時点での推測はやめとけ。ただのあてずっぽと大差ねぇよ」
「んー。じゃあ、どうしよう」
 首をかしげる渓都に、それは本来お前が考えることなんだよ、と叱る。けれどもすぐに、和馬は行動案を出してきた。
「まずは、何が起こったのかを正確に把握するこったな。伶の家は何も知らなさそうだ。となると手がかりは、お前んちのお隣だけか」
「伯爵ん所も何か知らないかなぁ。伶の周辺を調べてるんだよね」
「お、たまにはいいこと言うじゃねぇか。凛に言って、ちょっくら聞いてこい」
「え、俺が? 和馬が行った方がよくない」
 なぜか頭を拳で殴られる。さほどの痛みはないのだが、理不尽な暴力に渓都は口を尖らせた。
「俺は、お前のお隣さんのとこに行く。聞く奴が変りゃ、別のことが見えてくるかもしんねぇだろ。お前は伯爵の方が適任だ」
「えー。しゃーないか。あ、それと一応、伶んちにも目向けとく? 帰ってくるかもしんないし」
「お前、やる気があんのかねぇのか、どっちなんだよ」
 ため息をつかれたが、渓都にも答えようはない。かの後援者が危機にあるとすれば、救い出すことに不満はなかった。いまひとつ緊張感は欠ける、というのが正直なところなのである。
 そういやあいつ、頼んだことはどうしたんだろ、などと思いついたが、会えたら聞けばいいか、とすぐに考えることをやめ、伯爵家へと連絡をとり始めたのだった。

 突然呼び出され、仕事を申し付けられた樹里は、またか、という思いがわきあがってくることを、隠しもしなかった。
仕事自体が嫌なわけではないのだが、そのたびに物見高い兄弟や両親にからかわれるのである。うっとうしいことこの上ない。あくまで効率の問題だから、となだめる兄に、解ってるよと返答し、彼女は陵宮家へと向う。
 今回はこそこそする必要はない。けれどしばらく事情を知らせないほうがいい、という兄の助言に従い、直接家を訪ねないことに決めている。召使い達はおそらく、訪ねた彼女を上にも下にも置かない扱いをし、もてなしたがるだろう。
(別に、伶の彼女とかじゃないんだけどねぇ)
 雰囲気は嫌いではないのだが、疲れるのである。かの家の外壁が見えた頃から辺りに気を配り、見つからないよう注意した。これでは守っているのか探っているのか解らない。
 樹里の行動は、意外なところで功を奏することとなる。人の気配に注意していたため、普段は気にも留めない町の少女が、首を傾げながら陵宮の家を出る姿を見つけたのである。彼女はひたすら困ったような、今にも泣きそうな顔で、樹里のいる方向へと駆けてきた。
「あっ」
 危ないなと考えた矢先、少女は勢いよく転んでしまう。視界が悪くなっていたためだろう。結構な音がしたが、少女は泣き出すこともなく、砂にまみれた手で地面から立ち上がろうとする。
「大丈夫かい?」
 慌てて近付き手を貸すと、少女は驚きに目を見張った。すぐに、赤くなった顔で恥ずかしそうな笑みを見せてくる。いじらしい姿に樹里は、服と手から砂をはらうのを手伝った。
「危ないじゃないか、泣きながら走ったら。何か、あの家の人に言われたのかい? お姉ちゃん知り合いだから、困ってることがあるなら、助けになるよ」
「いいえ、違いますっ。私が悪いだけですから!」
 少女は大きく目を見開きながら、慌てて首を振る。必死なその様には、樹里も少々面食らった。
「単に御用を間違えたってだけなんです。それが恥ずかしくって、急いで帰ろうと思っただけで。前にも、こっそり中を探検したことがあったんで、それを思い出したら――あ」
「あらら。そうだったの」
 真っ赤になって、自分の失言を悔やむ少女の、実に素直な反応に、年長の女性は微笑みを浮かべた。
「中を探検したくらいじゃ、伶は怒らないよ。私も前にこっそり、家を見て回ったことがあったけど、別に怒られなかったもの」
「それは、ばれなきゃ平気でしょうけど、私が見たのは、女の人とけんかしているみたいなところだったんで、まずいかなって」
「え?」
 彼女は以前、中庭からこっそり伶の様子を窺い見ていた、花売りの少女である。今回の失敗により、気まずい思いとともに当時のことも思い出したらしい。指摘されたらと不安になっているのだろう。
「きれいな服の女の人と伶様が、おしゃべりしてるのを見たんです。伶様は、あんまり楽しそうじゃなくて」
「嫌がってた?」
「というか、帰って欲しそうでした。お話しているのに、蓄音機っていうもので音楽をかけてたらしくて、変だなあって思ったからなんですけど」
 それは妙だ、と樹里も思った。基本的に礼儀正しい彼が、おそらく華族だろう娘と会う際に、嫌な顔をして、レコードをかけっぱなしにするなどと。
「ね、その女の人って、どんな感じの人だった?」
「えっと、どんな、とは」
「私くらいの年?」
「はい」
「私より大きい?」
 立ち上がって聞くと、少女は困ったように首をかしげる。
「じゃあ、伶よりも小さかった? どのくらい?」
「頭が伶様の肩くらいで――でも、高い靴を履いていたかも」
 それはそうだろうなと頷く。普通、人の家に赴く時は、よほど親しい相手でない限り、外出着で訪ねる。その足元がかかとの無いものであることは、まずないことであろう。ドレスを着ていたのならば、なおさらだ。
「髪は何色?」
「黒でした。でも結っていたので、お姉さんみたいなふわふわだったかどうかは」
「じゃあ目の色は? って頭が黒ければ、黒か茶よね」
「はい、茶色っぽい黒だったように思います」
 少女の目が、わくわくとした光をたたえ始めている。ひょっとして、何か勘違いしているのではないか、という予感がした。この年頃の少女は、他人の恋愛に興味を持ち始めるものである。
自分から先に言い訳じみたことを口にすると、逆に誤解を深めかねない。反論せず、質問を続けることにした。
「その女の人、よく家に来てた?」
「いいえ。見たのはその一回だけでした。でも、そんなにしょっちゅうあのお家に行くんじゃないので」
「そっか、そうよね。じゃあ見たのって、いつくらい?」
「前に来た時のことですから、二週間くらい前です」
「ふうん、そうなんだ」
 納得したように頷く樹里を、少女は不思議そうに見上げている。恋敵の情報を探っていると思っているならば、情報を得て笑う彼女の姿は、不思議に思えたことだろう。
作品名:金色の目 作家名:わさび