金色の目
どちらかというと、外国的な音楽よりも、舞の方が彼には似合う気がしていた。柄にもなく、一度見てみたいな、などと思っていると、扉の向こうから人の近付く気配があることに気付く。直後、木の戸を叩く音が聞こえてきた。
「伶だが」
「ああ、どーぞ。早かったね」
応じると扉が開き、家の主である銀髪の男の姿が室内に入ってくる。渓都はそれを、身じろぎもせずに出迎えた。少々目を見張っている。
伶は着物姿で現れたのだ。しかも、いつも無造作にくくっている銀の髪は、女のように結い上げられており、ぼうっとしていると女と勘違いしてしまいそうである。
呆けている渓都に気付いたのであろう。伶は少しだけ首をかしげ、笑いかけた。
「大丈夫か? 俺は伶だぞ。練習着のままですまんが、着替えには少々手間が掛かる。しばらく目を瞑っていてくれないか」
「髪も?」
問いかけられると、不思議そうに首を傾げたものの、すぐに意を得た表情で、頷きを返してくる。
「これは、単に暑かったのでまとめているだけだ。だが下ろしてくればよかったな、それほど手間も掛からんのだし」
「いや、別にだめだって言ってんじゃないから。戻さなくていーから」
髪に手を入れかけた伶を、座ったままの渓都が瞬時に止めた。そんなことで時間を取るよりは、さっさと要件を済ませたい。あれこれと言ったのは、単に珍しいものを見たためという、それだけの理由なのだから。
とりなしから思いが伝わったのだろう、伶は苦笑いのような表情を浮かべつつ、客の前へと座る。程なく召使いが入室し、二人分茶を淹れ戻っていった。
「それで、何の用だ急に。しかもこんな早くに。今回は用がなかったからいいものの、相手がいなければ無駄足だろう。予定くらい確認してから来い」
「だって、手紙ってまどろっこしーし、電話番号知らないもん」
「・・・・・・交わした書類にあったと思うが。だいたい、交換手につなげば、住所名や氏名から調べてもらえるぞ」
「ああ」
ぽん、と手を叩く渓都を、伶は眉間にしわを寄せて眺めたのちに、額に手を当てため息をつく。心から呆れ果てゆえの反応だったのだが、金髪の探偵に応えた様子はなく、いつも通り飄々としていた。
「あの、人を通すのってめんどくさいんだよね。だからめったに使わないの。受けてばっか」
「それでは電話の価値が半減だぞ。もったいないことをする奴だ」
「お前こそ、発想が貧乏臭いよね。ホントに華族?」
「合理的なだけだ。勝手なことを言うな」
むっつりと返答をする姿が、妙に子供じみて見える。心の中でついつい、人の悪い笑みを浮かべる渓都であった。しかし、すぐに我に返ると、依頼人を見返す。
「あらら、だめだめ。お前の無駄話に付き合ってたら、日が暮れちゃうや。話があんだけど」
「――何だ」
何やら言いたげな表情を見せながらも、そうとだけ口にした伶に、渓都が怯む様子はない。相手の悔しさに、気付いていないわけではないのだが、気にしていないようである。マイペースに言葉を続けた。
「あのね、お前と初めて会った場所の近くで、自衛団ってやつらに会ったの。あいつら、上の後ろ盾があるみたいなんだよね。だから、えっと・・・・・・あ、そうそう、お前も行くときは気をつけなよ」
「今更のような気もするが、承っておこう」
伶はすでに貧民街で自衛団に追いかけられている。投げやりな口調にもなろうものだ。けれど話を聞く気は失っていないようで、渓都へと意識を傾け続けている。
「それでさ、こないだもそいつらに因縁つけられて、逃げてたら古い友達に助けられたの。そいつがちょっと、華族と繋がりつけたいらしくて、お前、知ってる?」
「何をだ」
「半年くらい前に、娘が家出した華族の家の人」
「はぁ?」
解りにくかった話を、反論もせず聞き続けていたのは、聞いているうちに理解できるか、と考えていたためだった。結果は逆で、さらに混乱したような様子となり、伶は問い返す。
「い、家出した娘と言われても、そんな家はいくらでもあるぞ。それに普通、華族はそういった醜態は隠すものだ」
「お前も?」
「え、」
「ううん、別になんでもない」
するり、と口から抜け出た言葉は、いい意味を含んではいない。本当に聞こえなかったのか、耳を疑ったのかは定かではないが、ひとまずごまかすことにした。
「じゃあさ、お前が親しくしてて、それっぽい人は? それなら、話くらい聞けるでしょう」
「聞けることは聞けるが、その古い友人というのは何者なんだ? そして、目的は何なんだ? 妙な相手に知人を紹介することはできん」
「俺の友達ってことで、信用できない?」
青年華族は苦味をこらえるかのような、乾いた笑みを浮かべる。不快感を誘う態度なのだが、本人に怒らせようという気はないらしい。渓都にもそれが解っているのか、腹を立てる様子はなく、少し眉をひそめたのみである。伶は続けた。
「俺のことであれば、会うくらいのことはする。けれど、知人となるとな。あちらは俺と違って、社会的地位も高いわけだし」
「つまり、心当たりはあるわけだ」
「顔見知りは多いからな。いろいろな事情も知っている。だが、そちらにも事情はあるのだろう? その友人は、なぜ華族と渡りをつけたいんだ?」
「んー」
渓都は頭をかく。華族に渡りをつける約束をしたものの、どこまで話すかを確認していなかった。相手は一応任せると言ったため、全てを話してもいいということだろうが、迷いはどうしても生じてしまう。本人を連れてくればよかった、と今更ながら後悔した。
「まあ、つまるところ、付きまとってくる家出娘をどうにかしたいってのが、本音なんだろうね。放り出すわけにはいかないけど、今のところ貰うつもりもない。自分がかどわかしたと思われるのは、嫌だって言ってた」
「・・・・・・」
伶は複雑な表情で眉をひそめている。彼も現在、男女関係の複雑さを実感しているところなのだ。押しかけ恋人は、今の所音沙汰はないものの、またいつ来るかと考えると、気が気ではない。そろそろ特定の相手を、と言われていればなおさらであろう。
「相手が相手だし、一方的にこっちが悪者にされるかもしれないんで、これまで手も足も出なかったんだけど、伶だったら悪いようにはしないよね。いい奴だもん」
「見え透いた世辞は、気味が悪いだけだぞ」
返論しつつも、悪い気はしていないようだ。単純だなと思ったが、特に裏なく言った渓都は、たたみかける。
「とにかく助けると思ってさ、ちょっと動いてみてよ。娘にしても家にしても、いいことだと思う。いつまでもこのままじゃいられないしさ」
「そう、だな」
伶は、ずいぶんと真剣に聞いているようだ。お互いに、相手の名前を出さないやり取りであるにも関わらず、きちんと対応しようとしている。渓都にとっては、思いがけない収穫であった。
「考えといてよ。気長に待ってるから。あいつだって、これまで何にもなかったんだし、急いではないと思う。っと、そうだ」
イスに背を預けつつ、くつろぎかけていた渓都は、もう一つ伝えなければならないことがあったことを思い出す。崩れた姿勢を直し、改めて相手を見つめた。