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金色の目

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「父が、裕福な商人の娘に生ませた子供で、けれど同じくらいに俺が生まれたため、二人は見捨てられたらしい。のちに商家も傾いて、母子は行方が知れなくなった。俺は、父の死の際にそのことを知らされ、以来その弟と母親を探している」
「お前、父親いないんだ」
「ああ、四年前に母共々病でな。それから一人で探し続けてはいるのだが、いかんせん手がかりが少ない。この街に、俺と同い年の男など腐るほどいるし、町を出られていたら、探す範囲が広すぎる」
「そうなってたらお手上げ、って訳ね」
 ここまでくれば、渓都にも言わんとしていることの予想がついた。けれど、こちらから言ってしまってはいけない。依頼する側とされる側、ルールは守っていくべきなのだ。
「その捜索を、お前に頼みたい。できるだけの協力はしよう。時間はかかっても構わない。報酬も相応のものを用意するつもりだ」
「つまり、また仕事を持ってきたってことだね。和馬にいてもらいたかったのも、そのためか」
 窺うように首をかしげる渓都に対し、伶は生真面目に頷く。後方の男にも驚いた様子はなく、了解済みの依頼らしい。驚きを表に出さないようにしている可能性もあるが、依頼人の真剣さはひしひしと伝わってくる。
「受けてもらえるのならば、ここに俺の知る限りの情報があるので、渡そう。樹里殿ら一家の手を借りるならば、もちろん彼らへの報酬も出す。どうだろう」
「さっき、長くかかってもいいって言ったよね。だったら俺は問題ない。あんたの身元もしっかり解ってるから、たぶん和馬も文句ないと思うよ」
「そうか」
 ほっとしたような表情で息を吐くと、伶は召使いから袋を受け取り、目の前の机へと置く。おそらく弟の情報なのだろう。
「それともうひとつ」
 資料に手を伸ばしかけた渓都を遮るように、再び青年華族の口が開かれた。先ほどよりも、意識して淡々としているように感じられる。
「弟を見つけても、俺のことは知らせないで欲しい。見つけたのちも、できたらで構わないのだが、定期的に様子を見に行き、報告してもらいたいのだ。その上で、また別の依頼をすることもあるかもしれないが」
 渓都は信じられないものを見るように、男の顔を凝視した。
「その依頼って、期限あるの?」
「いいや。ひょっとしたら一生続くかもしれん」
「それって普通、自分の手飼いの部下にやらせるもんじゃない、華族って」
「そうだな。だがあいにく私には、その手の家臣はいない。先々代が、家の維持に必要な者以外、全てを手放したから」
 何でまた、と問いかけようとしてはたと気付く。男の家が政治から離れたのは、祖父の代だ。政治に関わらないというのならば、基本的に調査用の部下は必要ない。
「祖父は徹底的に政治と決別したかったらしい。おかげで今も、社交界では我が家は変人扱いだ」 
 そのことだけが理由じゃないんじゃない、と思ったものの、渓都の口は別の言葉を紡ぎ出した。
「つまり、俺らをその手飼いにしたいって訳?」
「いいや。家に入れるには色々な手続きがいるし、政界に波風を立てることにもなる。むしろ、単に後援者という立場でいさせてくれると、ありがたいんだが」 
 これはずいぶんと話がでかくなってきたぞ、と事務所を預かる探偵は頭を抱えたくなる。女とのデートのために出て行った相棒を、恨みたくなった。
「どうして今日に限って」
 ポツリと小さく呟いたのは、伶への配慮なのだろう、おそらく。
 青年華族は、断られる可能性など全く考えていないような表情で、渓都を見やっていた。















 銀髪の男が、市街地を駆け抜けてゆく。まとめられた髪が、わずかな風になびく様子は、すれ違った娘を振り返らせていたが、それを気に留める様子もない。知り合いですら、声をかけずらい雰囲気は、幸いなことに勇気ある女性の色目をも退けていた。
 男は市街地を抜けると住宅地へと入る。少し歩調を緩め、辺りをきょろきょろと見回した。張り詰めていた空気が緩んだため、人目があれば女性や物売りが近付いただろうが、現在そういった人影はない。
場所柄、現れるとすればこの辺りの家に暮らす人々や、その家に仕える者であろう。彼らの中には年頃の娘もいる。彼の姿を目にして、ときめく者もあったのだが、仕事中ということと、男の発する上品な気配に、しり込みしているようだ。
 おかげで邪魔されることなく進むことはできるのだが、道を尋ねることができない。男は何かを探すように一軒一軒を確かめながら、歩みを進めていた。
「三‐十四。ここか」
 大きめの屋敷が立ち並ぶ、硬く踏み固められた道の一角。この辺りでは中くらいの大きさの洋館の前で、男は足を止める。しばらくまじまじと入り口、庭、上階の造りなどを確認したのち、門を押して中へと入った。
 玄関には古めかしいノッカーがあり、二度ほど叩かれる。人の来訪を知らせる音が、小さく外へも届いてきた。こちらからは小さくとも、中ではきちんと響いているはずである。
 しばし待つ。けれど中からの反応はなかった。
「・・・・・・」
 訝しんだ男は、もう一度ノッカーを叩くが、やはり同じこと。しまいには直接戸を叩き、声を出して呼んでみるも、返答どころか人の動く様子すらなかった。しんと静まり返り、人のいる気配がしない。
(全く、どこに行っているんだ、あいつは。事務所にもいなかったくせに、)
 ぐしゃぐしゃと頭をかき回す男の名は伶。先日、自らの苦境を救った探偵と、その事務所への後援を決めたばかりの、青年華族である。先ほど、心の中で口にした事務所というのも、彼の出資する探偵事務所のことだ。今はその所長(と言ってしまっていいものか、自信はないが)を尋ねたところなのである。
 市街地の裏路地にある事務所には、探偵の相棒である和馬と、その弟である曽馬がいた。彼らには歓迎されたものの、目的の探偵の姿はなかったのである。
「忙しくした私が言うのもなんだが、少々無責任ではないか、あの男」
 二人ともに忙しそうだったため、早々に去ることを決めた。同時に、姿のない責任者に少々腹を立てたのである。
「そうだなぁ」
「けど、いつものことだから」
 兄弟それぞれから、どうでもよさそうな反応が返ってきたため、伶は拍子抜けしてしまう。こういったことは、当事者がもっとも腹を立てることではないだろうか。そう口にすると、兄よりも手早く書類を片付けていた曽馬が、小さく笑いながら答えた。
「あいつも、ここんとこがんばってたんだよ。あいつなりにさ。あんたの気が変わらないうちにって、契約書まとめてみんなの待遇決めて。あんなに机にかじりついてんの、始めて見た」
「いつもこうならいいんだがなぁ」
 しみじみとした口調から、普段の苦労がしのばれる。青年華族は眉を寄せたが、曽馬は平然とした様子で言葉を続けた。
「ま、後はあいつでなくてもできることだからな。もともと机仕事に向いてねーし、多少の骨休めは必要だろ。あ、もっとも依頼ならちゃんと受けるぜ。特にあんたのことならな。うちの兄弟も、なんかしたいって言ってし」
作品名:金色の目 作家名:わさび