小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

金色の目

INDEX|17ページ/48ページ|

次のページ前のページ
 

 依頼人を直接見たのは初めての和馬は、目を見開いて肩をすくめると、からかうように渓都に目配せをする。呆れも混じったしぐさに、向けられた方は、軽く睨み返したのち、改めて伶へと向き直った。
「心配してくれんのはありがたいけど、それが俺らの仕事だから、平気。それよりお前は、自分のこと考えてよ。厄介ごと背負ってんのは、お前の方でしょ?」
「それはそうなのだが、どうも実感がなくてな。お前や樹里殿に言われなければ、狙われていることにも気付かなかっただろうし」
 あっさりと語られる青年華族の言葉に、ため息をこぼしたのは樹里だ。依頼人に不安を与えないよう、口に出したことはなかったが、彼女は護衛の間中、毎日のように仕掛けられてくる嫌がらせを、ことごとく潰してきたのである。
 呪いの人形に始まり、剃刀封書、家に投げ込まれる石、誹謗中傷を書いたビラ、悪いものになると、動物の死骸が庭に置かれることすらあった。彼女から見れば、子供のいたずら程度のものだったが、青年華族には大変な衝撃となるだろう。
 気付かれなかったのは、仕事としてはいいことだ。けれど危機意識を希薄にさせてしまったのは、失敗だったかもしれない。と、考えた末のため息だった。
「じゃ、今からでも自覚して。お前、狙われやすそうなんだもん」
「だろうな」
 イスの背にもたれ、諦めたかのように息を吐く華族の青年に、探偵社の面々は、揃って眉をひそめてみせる。
「解ってるんなら、ちゃんと注意しな。何かあってからじゃ遅いんだから」
「そうだよ。いくら俺らが守ってるとはいえ、お前が協力してくんないなら、だめじゃん」
 樹里と渓都、それぞれからの言い分に、伶は目を丸くし、背もたれから身を起こした。
「いや、すまん。そういう、今回のことで気を抜いていたつもりはない。ただ、な」
 申し訳なさそうに言葉を濁し、幼い子供のように辺りを見回す様子は、まるでいじめを受けた者のようだ。とみにその雰囲気を感じ取ったらしい最年長の和馬は、乱暴に自分の頭をぐしゃぐしゃとかき回している。
「ま、これまで何にもなかったから、いいとしようか」
 渓都はちらり、と困惑している相棒に目をやり、様子を確かめた。仕事上の説明をするのは、毎回彼の役目であるため、いつまでも戸惑っていられてはたまらない。幸いにして、有能な探偵助手は、相棒の視線に気付くと、すぐに自制を取り戻した。
「あー、あれだ、とりあえず伶ちゃん。今日来てもらったのは他でもない。仕事の話をするためなんだが」
「は、い」
「別に硬くなんなくてもいいぜ。ちょっと聞きてぇことがあるだけなんだ」
 伶は緊張したわけではない。初対面の男に突然「ちゃん」呼ばわりをされたことに、怖気付いただけである。和馬が気付くことはない。妹と同僚に冷たい視線を向けられつつ、彼は話を続けた。
「お前、慈善事業してんだってな」
「それほどたいそうなことではありません。暇人の道楽ですよ」
「へぇ、そうかい」
 伶の態度がわずかに硬くなる。和馬は苦笑いを見せた。この若い男は、自分のしていることを咎められるとでも思っているのだろうか。悪事を働いているわけでもないというのに。
「それで、その道楽をするためには、人の力も要るわけだよな。老若男女、身分も問わず、協力者を持ってるらしいじゃねぇか」
「よくご存知で」
「こちとら仮にも探偵だからな。隠そうとしなきゃ、こんくらいのことはすぐ解る。俺らじゃなくてもな」
 和馬の口調が微妙に変わった。回りくどい言い方は好かない男だが、こうしたやり方がうまく行くことが多い。伶にも、言わんとしていることは伝わったようだ。何かを考えるように眉を寄せたのち、慎重に口を開く。
「それはつまり、私に反感を持つものにも、情報は伝わってる、ということですか」
「あるいは、それを知ることによって、敵意を持つ奴もいるってことだ。今回は、こっちに該当する奴が、何かやらかしてんじゃねぇかなって思う。やってること小せぇし」
「別口から、その相手が新興の華族だってことが解った。ねぇ、そういう奴で恨まれる――というかむしろ、嫌われてるって方が近いかな。って覚えある?」
 横から入ってきた渓都を、今気付いたというように伶は見る。彼の金の目には、まず戸惑い、そして理解、次いで思慮、最後にはひらめきの色が順々に浮かんでいった。
そういえば、こいつらは目の色が同じなんだよな、と傍らで男たちのやり取りを見ていた樹里は、場違いに思う。
「いる、が。いや、彼女とは思えん。思えんが、条件は合っている」
「女か。新興の華族なのな」
「ああ、華族とは思えぬほど庶民的な人だ。俺の話も真剣に受け止め、貧民街の事業にも協力してくれた。だが、それは彼女ひとりの話であって――」
「家族は解らんって訳か。なるほどね」
 伶はきょとんと和馬を見上げた。疑問を湛えた目を向けられた男はというと、一つ咳払いをしたのち、言葉を続ける。
「こっちもめぼしはつけてたさ。今のは確認だ。おっと、言われなくともお前の交友関係をかき回したりはしねぇ。頼まれない限りな」
「兄貴」
「頼まれたら、お前が一人でやってよね。俺、そういうどろどろしたの嫌いだから」
 茶化したような口調の冗談は、二人がかりで咎められた。しかし本人に気にした様子は見えず、むしろ得意気に周りを見回している。
「ばーか。今はそういう話なんだよ。政争じゃねぇぶん、いいじゃねぇか。話し合いで解決できそうなんだから」
「どういう、ことです」
 伶の鋭い問いかけに、和馬はにやりと笑う。どんなに不幸な出来事でも、他人から見れば笑い話となる。自分自身も含め今の状況を楽しんでいるような、人の悪い笑みであった。
 不安と共にわずかな信頼も感じつつ、伶は眉間にしわを寄せて男を眺めたのである。


































 伯爵家の夫人は、美しい。
 常に明るい表情を浮かべ、きびきびと動きよく働く、ということも美しさを作る要因のひとつであろう。彼女は嫁いでから今日まで、召使いを始めとした者たちや親類から親しまれていた。下働きの者にも優しく微笑みかけ、出会ったら必ずあいさつをし、ねぎらいの言葉をかける。そんな女主人に、誰もが少なからず好意を持っていた。
 おかげで、この家の雰囲気は常に明るい。主人である伯爵にも、美しい夫人が来てからは、笑顔が増えたようである。
 彼らには子供がいなかった。夫婦はどこから見ても仲がよかったが、ままならないこともあるのだろう。爵位を持つ者として、成すべきことの一つが出来ない夫婦には、時と共に多少の歪みが生じてくる。夫人が外に目を向け始めたのだ。
社交界に積極的に出てゆき、友人を作り、彼らとの交流を深める。それ自体は悪いことではない。人脈が広がり、話題が増え、家が良くなった部分もあった。だが、友人の中の一人と、しかも男の友と、より交流を深めているとなれば、話は違ってくる。
作品名:金色の目 作家名:わさび