金色の目
「あはは、ごめんごめん。でも、回りくどくしたところで、意味ないでしょ。お互いにね」
「そう思うんだったら、さっさと進めてよ」
入り込んできた渓都は、腕を組む。
「そいつは何を知りたがってたの? くそ親父のこと? それとも伶関係?」
「お、おい、渓都」
「黙ってて和馬。これで何かあったとしても、隣にいるんだもん。いくらだって妨害できる。まあ、逆もしかりなんだけどね」
意味ありげなふるまいに、和馬は戸惑い真幸は目を丸くする。
「君の父親の家? 訳ありっぽいけど、聞いてもいいのかな」
「別に隠すことじゃないし。俺は庶子で、親父の家の厄介者なんだよ。今の家を貰って、別々に暮してる。好き勝手にやってるんで、いつか本家をのっとられるんじゃないかって、勘違いした輩が時々、ちょっかいかけてくる。親父も、いなくなればひとつ火種が消えるって、放置してるみたい」
まあ積極的に消す気は、今はないみたいだけど、と渓都はソファの背に体を預けた。和馬は、苦虫を噛み潰したような表情を見せている。
「君のお父さんは、華族?」
「そうらしいね。詳しくは知らないし、興味もない。けど古い家なんだってさ」
「ああ、なら大丈夫。僕に依頼をしてきたのは、新興の華族だから、君のお父さんじゃないよ」
「じゃあ、伶の方か」
身を乗り出す和馬に、真幸は肩をすくめた。そのしぐさは、伶が誰だか解っていないので、明言を避けるためのものだろう。どんな事情にしろ、口を割らせなければならない。彼らは仕事のためにここへ来たのだ。こちらの内情が知られたとなれば、せめて相手の素性の、手がかりくらいはつかみたい。
「それは、その伶さんに聞いてみたほうが早いんじゃない? ひょっとしたら知り合いかもしれないし。僕はただ、男爵のパーティにいた金髪の探偵につながりをつけるように、頼まれただけだから」
楽しそうに微笑む男の前で、二人の招かれざる客は、揃って目を丸くする。和馬はまず相棒を窺ったが、当の『金髪の探偵』は、真幸を睨むように見据えるのみ。
「華族だね。新興の。若い奴か」
「そうとも限らないよ。遅咲きの人もけっこういる。むしろそっちの方が主流だね」
「そういう奴は、人脈もある。お前みたいのには頼らない」
「どうして、僕がその人脈じゃないって言い切れるんだい」
「胡散臭いから」
あまりといえばあまりな理由である。が、渓都は自信満々だ。
「俺、あのパーティで何人かと話した。あからさまに探りいれてくるような奴はいなかったけど、そ知らぬふりくらいは、出来るだろうさ。調べれば素性もすぐに割れる。伶と一緒にいなくなったこともね」
真幸はただ笑っている。だが、先ほどとは微妙に趣が違い、肩の荷が下りたように、安らいだ笑顔になっていた。
「帰るよ、和馬」
相棒をせきたて、あいさつもせずに立ち去ろうとする。多少慌てつつも口を挟まず、和馬も続いた。二人の背に、明るい声がかぶさり見送ってくる。
「またお会いできるといいな」
「俺はごめんだよ。仕事ではね」
そっけないやり取りののち、二人は来た時と同様、壁を越えて去った。
こうして、彼らはそれぞれの仕事を終えたのである。
窓にこつんと何かが当たる音に気付き、伶は顔を上げた。庭に面した窓越しに、手を振る樹里の姿を目にし、はてと首をかしげる。これまでは、こちらから呼ぶことはあっても、呼ばれることはなかった。何かあったのかと一瞬ひやりとしたものの、窓越しの樹里に変わった様子はない。ひとまずほっと胸を撫で下ろす。
「どうかしたのか?」
問いかけると、彼女は音も立てずに窓辺へ寄ってきた。いつものことながら、なぜこんなことができるのだろう、どこで覚えたのだろう、と伶の頭は疑問でいっぱいになる。あえて口に出したことはないが。
「渓都からの伝言だ。今日事務所に来いって。無理ならそう言っとくけど、どう?」
「ここへ来たのか? ならば直接言えばいいものを」
「ばれたくないんじゃないの」
あっさりとした言葉だったが、伶は一瞬息を呑む。そうしてゆっくりと頷きながら、小さな声で続けた。
「今日は特に予定はない。昼過ぎにお邪魔するとしよう」
「解った。じゃあまたその時に」
短いやり取りを終えると、樹里は背を向ける。平静な彼女と違い、伶の胸には再びざわめきが生まれていた。向こうで何事かがあったとしても、今の彼が関わることはない。これから解るだろう、と気持ちを落ち着けようとする。
仮にも依頼人であるため、危険がまわってくることはないだろう。逆に、探偵たちに何かがあったところで、彼に知るすべはない。今更ながらその事実が、重く心にのしかかってきている。伶はひとつ頭を振った。
だとしても、どうだというのだろう。その立場を選んだのは、彼自身である。ならば進んでゆくしかない。
書き物机に戻ると作業に区切りをつけ、後片付けをする。昼食を軽く済ませ、外出のために身仕度を整えたのち、いつも通りに徒歩で屋敷を出た。すぐに、樹里が近付いてくる。
数日間の護衛という名の交流で、伶は彼女のさっぱりとした性格に触れ、好感を持っていた。あくまで仕事という姿勢で関わりつつも、こちらの気まぐれにも応じてくれる。気さくなこの女性には、学生時代の女友達に対するような気持ちで、接しているのだった。
樹里にしても、今の関係は心地いいらしい。二人の雰囲気は、男女のそれや仕事関係者というよりも、若い同性の友人同士のようなのである。
二人が談笑をしながら歩いている姿を、事務所の窓から目にした和馬は、思わずため息を吐き出していた。傍らの渓都が、どうかしたのかと目を眇める。
「いらっしゃったぜ、依頼人と我が妹が」
「あ、二人で来たんだ。すっかり仲良くなってるみたいだね。でも、あの様子なら大丈夫だよ和馬。樹里はこれまで通りだし」
「それはそれで問題じゃねぇかな、とも思うんだよ最近」
いつまで経っても男らしさ全開の妹に向け、苦渋のため息をつく。少しは心境の変化があったか、と感心しながら渓都は相棒を見つめた。妹離れの第一歩。いいことであろう。
「あ、ねぇ曽馬は元気? 前、人形の処分頼んだんだけど、何かなかった?」
「お前、今更何言ってんだよ」
ずいぶん前のことだろ、と和馬は肩をすくめる。渓都も自分で言っておいて、この一家がちゃちな人形の呪いにかかるなど、想像ができなかった。どんな悪意を向けられようと、彼らはあっけらかんと一致団結して、それらを追い払ってしまう。強く、明るく、義理堅い大家族は、おそらく渓都に厄介が降りかかっても、同じように跳ね除けてくれるだろう。
入り口が開き、待ち人が姿を現す。銀の髪と黒い髪の二人連れは妙に見栄えがよく、ひとつの絵のように感じられた。
「いらっしゃい」
珍しく営業用でない自然な笑みを浮かべ、渓都は依頼人を出迎える。
話し合いの場――と言っても事務所にあるイスを集めて、空いているところに座っているだけなのだが――についた伶はまず、あいさつもそこそこに口を開いた。
「それで、何があったんだ? いや、それより先に、これだけは確認したい。お前達に、危険が降りかかったりしていないか?」