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偶像の愛

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 ぼうっと天井を見つめながら、そろそろ自分の中から何かがぬけおちるだろうと思っていた。何なのかは私もわからないけれど、わかっている。結ってくれた三つ編みも、爪に入った青い絵の具も、彼女の好きな赤色も。きっと、私には関係ない思い出なんだろう。
「そういえば、いつはじめて会ったのかなあ」
 未だに思い出せない彼女との出会い。彼女とは「はじめて」が二回あるから、頭の中で混ざり合ってこんがらがっているのかもしれない。彼女との記憶の「はじめて」と本当の「はじめて」。もくもくと考えて、私は三つ編みをじりじりと触っていた。三つ編みのように入り組んだ愛はどこへ行ったんだろう。外の世界のばけものがあんぐりと口をあけて、食べてしまったのかもしれない。
「あーあー、ぬけおちる」
 ずるり、ぼとん。私のなかから大切なものがぼうんと爆発して、なくなってしまった。彼女が決めてくれたこと、彼女が教えてくれたこと、もう全部。火花がちかぱかと目の前であがって、私の体は急に不調を訴える。早く交換してとか、もう寿命が近いよ、とか。私のばかな体はわかっていることを訴える。
「いたい」
 痛覚なんてあるはずがないのに、私は体が痛い気がした。四時五十分の時計。秒針はとうとう止まっていて、もう秒針の音はしなくなっていた。彼も、もう死んでいる。
「かなしい」
 涙なんて出ないのに、なんだか出そうになってガラスの目を押さえた。手を動かすと、ぎいぎいとにぶい音が出てさびついたようになっている。多分もう、この体は動かないのだろう。
「さみしい」
 ベッドがぎしぎしと泣き、私はぴーぴーと泣いた。胸がぴーぴーと泣いている。警告音だ。
「どうか、帰ってきて」
 機械的な声。今まで彼女はこの声を聞いて、笑っていたのだろうか。あの人ではない私を作って、あの人ではない私を愛して。彼女は笑えていたのだろうか。
「ねえどうかお願い」
 外へ行ってしまった博士。機械の私を作った博士。最後の人間になった、はるみ博士。私のたった一人の創造者。
「かえってきて」
 自分の愛のはけ口がほしいと博士は言った。未知の物質のせいで自分の体が老いなくなっても、自分の愛のために私を作った博士。博士の愛は不老だった。
「はかせ、かえってきて」
 ぴー、ぴっぴ、ぴっぴ。胸で鳴っている電子音の速度が速くなってきた。もうすぐだめになるんだと思う。多分。ぴっぴ、ぴっぴ。
「はかせ」
 えりちゃん、という博士のやさしい声が耳の奥でまだ記憶されていて、私をこそこそとくすぐった。幻聴みたいで、とても不思議な気分。ただ私は機械であって、えりさんではないのだから、この声は私のものじゃない。博士がずうっと昔から愛していたあの人を模して造られたのが私。ただの機械。
「……あー、あー」
 警告音が、ぴっぴっぴとまた速くなる。まるで心臓の鼓動のみたいで、どくんどくんとオイルが音に合わせて逆流する。喉の部品たちがさびついて、声はもう出ない。
「はか、せ」
 ぎぎ、と体中からきしむ音がする。もう体が言うことをきかない。博士の言うこともきけない。私は博士との世界のなかで壊れるのだろう。
 泣くことなんてできないのに、なんだか胸の管がつまったみたいに苦しくて、私は低く呻いた。ういーん、ういーんというモーター音。ぎしぎし、がしゃり、ぴっぴ、ぴぴっ、ぴぴっ。博士と私の世界がいやな音でいっぱいになる。あの人だった私は、死ぬ。
 博士にインプットしてもらった記憶が、ぐちゃぐちゃのこんとんになる。博士に作ってもらったこと、博士に教えてもらったこと、一人でさみしかったと泣いた博士の顔、博士のえりさんになった私。それらが全部ミックスジュースみたいにミキサーでごりごりとつぶされて混ざる。こんとん、こんとん。
 ぴぴっ、ぴぴっ、とだんだんと速くなる電子音で満たされた世界のなか、私の意識はぼうっとしていく。私が私でなくなったら、つみきがくずれたみたいになっている外の世界とこの世界はいっしょくたになっちゃうんだろうなあ。博士がずうっとずうっと愛してきたのに、一瞬のまたたきになってしまうんだろう。博士、はかせ。愛はやっぱり、すぐ死んじゃうの? 死なない愛はあるよと言ったはかせは戻ってくるの?ねえ、はかせ。はかせ。はるみはかせ。

 私はぴぴっ、思うよ。ぴぴっ。きっとねぴぴっ、博士のぴぴっ愛はぴぴっ永遠に、つぴぴっ、づ、ぴぴっ、い
ぴぴいーーー。

作品名:偶像の愛 作家名:べす