ナイトメアトゥルー
雨上がりのすっきりした空気の中に映える夕焼けがやけに眩しかった。
※
旧暦の17日の朝がやってきた。
体中の痛みはもう完全にひいている。
昨日、スーパーで材料を買って作った切干大根をパック一杯に詰め、学校に向かう。
今日は朝飯を食ったのに昨日と同じ時間に登校してしまった。
昼時が待ち遠しく目が早くに覚めてしまったからだ。
徒歩通学で片道20分の道は何故かいつもより短く感じた。
最も旧暦15日の朝はその道のりは遠くに感じたものだが…。
下駄箱に着くと2人の影があった。
「ですから、もう一つクラスのポストを作っていただきたいの。」
「え…でも、そんな急に…それにウチのクラスだけてのも…」
昨日の朝、教室で分厚い本を読んでいた待瀬 清麗が、担任の星野 香美ちゃんに何かを嘆願していた。
担任の先生なのに(ちゃん)付けしたのは、俺達と年齢が近いし可愛いからだ。
入学して1ヶ月も経っていないのに、みんなそう呼んでいる。
こんな場所で大事そうな話をするのも変な話だが、おそらく待瀬がここを通り過ぎる香美ちゃんを捕まえたのであろう。
この高校は職員玄関から職員室に行くのにこの昇降口を通らなければならない。
でも、俺が関わる案件ではないことは明白であるので、その2人の横を通り過ぎ足早に教室に向かった。
そこから4つの授業のコマは長く感じたが、ようやく昼休みとなった。
カバンの中から例のパックを取り出す。
取り出すと視線を追浜の席に向ける。
その席には誰も座っていない。
肝心な所だが本日追浜はちゃんと登校している。
昨日のこともあり、まさか欠席してしまうのではないかという懸念もあってちらちらと午前中追浜の席に目線をやってしまっていた。
しかも運悪く、その度に追浜と軽く目が合ってしまう。
またその度に追浜はすぐ目線を逸らしていた。
追浜は昼休みになるなりすぐに教室の中から消えたようだった。
追浜を探す羽目になる。
あてが無くともパックを持ったまま教室を出なければならない。
こういった時に情報無しはきつい。
ネットが無かった時代の謎解きゲームをやっているみたいだ。
脱線するが、名作と言われたゲームも、情報が氾濫した現在に産み落とされていたらどんな評価を得ていたのであろうか…。
昔のゲームは難易度が高かったのか、はたまたやり手のレベルが相対的に低かったのか、ゲーマーは間違い無くクラスの人気者だったしとあるメーカーの(名人)は神だった。
これは考察のしがいがありそうだ。
まぁ、でもゲームをみんなでワイワイやっていたのは良い思い出だった。
くにおくんシリーズは友達の家で盛り上がったし、マルチタップを持っていた奴の家は溜まり場確定だった。
やっぱ、昔のゲームは神作揃いだったのか、または、感受性が高い時期にやったから変に記憶に残っているだけなのか…。
そんな昔のゲームの事と言った、全く関係のないことを考えていたら答えにぶつかった。
{もっとも、(今日は花曇りの日だから日焼けの心配はそんなに無い…だから外で食っているはず)と大体の見当はつけていたけど。}
追浜は校庭の芝生の上にいた。
一緒にいるのは、佐藤 麻里と工藤 ユキだった。
こうなりゃ、後は勢いだ。
ずんと三人グループの中に顔を突っ込む。
そして、切干大根が詰まったパックを差し出した。
「ほら、夢の中で変な味がしたんだったら、これ食ってみろ。
俺が作ったんだから文句は言わせねぇぞ。
あ、後、ごちそうさま。美味かったぜ、弁当。」
有無を言わせないタイミングで追浜にパックを渡し、突き返される可能性をゼロにするため、追浜の表情を確かめることなく、その場を足早に去った。
教室に向かう途中、クラスメートの奴とバッタリ遭遇したのだが、
「あれ?伊達。もう振られたの?」と興味津津の表情で聞いてきた。
当然、軽く流した。
お前らは女子か!?
勝手に噂広めているんじゃねぇだろうな?
これはあいつに対するお返しに似た仕返しであって、恋愛ドラマのような筋書きとは一線を画すものだからな。
「まぁ、おまえらの期待に応えられるほど面白い人間じゃないさ」
「ふーん。いいね。イケメンは」
クラスメートの野郎共は悪い奴では無いが、これ以上語ると話のネタにされてしまうので足早に去ることとする。
そう言えば、俺自身の昼飯を用意するのを忘れていた。
どうしようかと思案を広げる。
学食→クラスメートの奴らがいる可能性がある。
購買→全商品売り切れ。
コンビニ→昼休みに校外に出るのはご法度。
………。
……。
…。
昼抜きが確定した。
でも、とにもかくにもやるべき事はやった。
追浜が教室に戻ってきたら感想を聞こう。
だから、席に座り、追浜達の帰りを待つことにした。
だが、しかし、追浜達は5時間目が始まるタイミングギリギリで帰ってきたので、感想を聞きにいけなかった。
女子同士のお喋りとトイレの時間は詮索してはいけない。
追浜に向けていた視線を窓の外へ向ける。
外は先程にも増してどんよりした空模様となり、5時間目が始まった頃には雨が降り出した。
5時間目が終わり、休み時間に追浜に聞きにいこうとすると、待瀬が授業でわからなかった事があったらしく問題を聞いてきたので解説してやった。
手短に済ますつもりが、つい説明するテンションが上がってしまい、すぐに休み時間は終わってしまっていた。
思えば、キレが悪くオチの無い話の連続ではあったし、解説とはほど遠い物ではあったが、待瀬はそんな説明をしっかりと聞いてくれていた。
六時間目はもう始まっている、授業の内容よりもつい窓の外へ目がいってしまう。
雨の強さは弱まっており、いくばくか光が差し込んでいるように見える。
そして、雨は六時間目の終わりごろには止む寸前ぐらいにまで弱まっていた。
六時間目が終わった。
帰り支度をして追浜に声をかけようと追浜の席に目を向ける。
追浜は工藤 ユキと話をしている。
追浜は座っていて、工藤は立っている。
でも高さはほぼ一緒だ…。
工藤…。
お前、どんだけ背小さいんだよ…。
さて、追浜に感想を聞きに行くか。
カバンに教科書を詰め立ち上がった。
すると、弱い力でブレザーの裾を引っ張る感覚がしたので振り向く。
「ごめん、さっきの授業のノート見せて。
私、目が悪いから板書をしそこねっちゃったの…。」
待瀬 清麗が申し訳なさそうな表情で立っていた。
「いいけど。
メガネが合ってないじゃないかなぁ?だったらコンタクトにすれば?
それにその方が似合ってると思うし。」
特に考えも無い正直な感想だった。
「え…。」
待瀬は鳩が豆鉄砲をくらった顔をしているが、それに構わず待瀬に見せるノートをカバンの中から探し出す。
ノートを取り出すとそのまま待瀬に渡した。
待瀬は何も言ってこなかった。
とにかく今は追浜に感想を聞きたい。
もう一度視線を追浜に戻す。
しかし、すでに教室の中には追浜の姿は無かった。
早く追浜と話がしたい。
その一念だ。
だから、
「あ、待瀬。ノートが書けなかったなら、貸してやるよ。俺、ちょっと急がなきゃ。」
と言い残し、教室を後にした。